第221話 寮対抗戦
白の月が終わりに近づいたころ、赤竜寮で寮生総会が開かれた。
「毎月末に行われる、寮対抗戦について説明する。新入生は初めてだろうからよく聞いてほしい」
なにそれ、知らないんですけど。
寮長の言葉に内心で突っ込んだけど、どうやら知らないのは転入した私だけらしかった。説明しといてよ。
話を聞くと、なんと魔闘技場────あのコロシアムみたいな建造物────はもともと過去に英雄が使っていた要塞で、地下深くには過去の遺跡が眠っているらしい。
らしい、と言うのは、地下二階に続く扉が開けられないから。扉を開く合言葉がわからなくて探索できていないとのこと。
まあ、それでも。地下一階は英雄たちの訓練場だったようで、そこで実戦を想定した訓練を行うと能力の上昇が見られるとかで、寮長の言うように毎月末に寮対抗戦がそこで行われる。
なぜ月末ごとなのかは、理由はわからないけど月末にしかその訓練場が機能しないから。
あと、実戦を想定しているので、そのまま訓練すると死人が出る。なので魔工科がダメージを身代わりするアイテムを毎日せっせと作っているのだけど消耗品なため、全生徒分を作るのに時間がかかるから月一開催しか無理らしかった。
しかし模擬戦ではなく実戦か。魔法学園もなかなか武闘派だったのかな。
「あとは現地で説明した方がいいだろう。他の寮も現地を見ているはずだ、うちの順番が来たら移動するぞ」
そして、赤竜寮の面々は魔闘技場へと移動した。
魔闘技場は、まんまローマのコロッセオみたいだった。ローマのコロッセオの大きさは知らないけれど、魔闘技場は少なくとも野球場より大きい。
闘技場にはなにもなかったけれど、秋にはここで魔法大会が開かれるのか。闘技場をぐるりと囲む観客席は、軽く万単位の人を収納できそうだ。
関係者立ち入り禁止の扉は生徒証で通れる。地下に下りると、そこも地上と同じくなにもない空間だった。天井に魔法の照明が設置してあるからか、地下でも結構明るい。
いや、なにもないことはなかった。広大な広場に点在するのは、台座に固定された水晶だ。高さは二メートルほどもあり、重さも相当ありそうだ。しかし、これはなんだ?
「これは寮対抗戦で使う自陣水晶なんだが……まずはルールを説明しよう」
一年生全員の疑問の視線を受けて、寮長が説明してくれる。寮対抗戦のルールは次の通りだ。
・自陣水晶は各寮五つ所有する。
・自陣水晶を設置した地点から一定距離の範囲内では、寮生の能力がアップする。
・目には見えないが、地下一階の床には各種能力がアップする場所があり、その場所に自陣水晶を設置して能力アップを図り、自陣を拡大していくのが目的。
・設置された自陣水晶は、敵から攻撃をうけて機能を停止させられると、自動的に自軍のスタート地点に戻る。そして機能を回復するのにいくらかの時間を要する。
・自陣水晶がスタート地点に戻る時には、効果範囲内の者もランダムにスタート地点に戻される。
・設置された自陣水晶は、機能を停止しないと移動させられない。自陣水晶は、自軍の者ならば自由に機能を停止させられる。この場合はスタート地点に戻らない。
・スタート地点にある水晶から、各自陣水晶に自由に転移できる。
・魔工科の生徒は戦闘が苦手なため、魔法の道具の持ち込みによって貢献するものとする。
ふむ。つまりは陣取り合戦みたいなものか。
どうやら自陣水晶の効果範囲に長くいると、対応した能力が上がるらしいので、これも訓練の一つと言えるかな。
自陣水晶を設置して防衛線を張り、後方の自陣水晶を少しずつ前に出して前線を押し上げていく戦い方が要求されるのかな。チームワークが問われそうだなあ。
「月末になると、このなにも無い空間に壁や橋といった障害物が出現する。毎回地形が変わるので、地形の把握と部隊の配置が問われるな」
「能力アップの場所もですか?」
「いや、能力アップの場所は固定だ。だからこそ、今年は皆に奮起してもらいたい」
ん? 寮長の悲痛な言葉は一体……。
寮長は広い地下空間を指さす。
「見てくれ。すでに設置されている自陣水晶を。赤色が俺たち赤竜寮のものだ。これは昨年末の状態のままなんだ」
悔しそうに語る寮長、そして苦い顔の二~三年生たち。一年生だけがきょろきょろと点在する自陣水晶に目を向ける。
う~ん……? そういえば、赤い水晶はスタート地点から近いところに密集してるな。それに比べて黒、青、白の自陣水晶はそのすぐ向こう側に……まさか!?
「三つの寮に包囲されてる?」
「はやや、理解が早いですね、マイ君」
気がつけば隣にマール先輩がいた。周囲の生徒が微妙に距離をとるのを笑えばいいんだろうか。
微妙に距離をとられているのはセーラさんもだけど、彼女は寮対抗戦に興味がないのか、明後日の方向を見ている。なにを見ているんだ?
彼女の視線の先には……大きな扉がある。位置的にどこかの寮の出入り口ではなさそうだけど、さて?
「マイ君の思った通り、我が赤竜寮は極めて劣勢なのですよ」
おっと。マール先輩の声に意識を引き戻される。
その後、寮長が説明してくれたけれど、赤竜寮はけっこうヤバい状況らしい。
昨年末の寮対抗戦は、四寮がそれなりに拮抗していたそうだ。だけど、赤竜寮の最前線の自陣水晶が攻撃を受けて機能停止。その隙を狙って三寮が、前線の穴に一斉に攻撃をしかけてきたとか。
打ち合わせたわけではなく、どの寮も隙を逃さなかったということらしいのだけれど、困ったことにここで三寮の思惑が一致してしまった。すなわち。
『互いに潰し合うより、赤竜寮の陣地を奪う方が効率がいい』
ということらしい。
今までお互いに牽制し合って一進一退を繰り広げていた寮対抗戦は、その瞬間、
『黒竜寮、青竜寮、白竜寮の連合軍VS赤竜寮』
という図式に変わってしまったのだ。
いきなり敵が三倍。勝てるはずもない。
結果、昨年末の寮対抗戦は、赤竜寮がスタート地点ギリギリまで追い込まれて終了した。
そして今年は、この追い込まれた状況からスタートなわけだ。
……籠城戦でもないのに三倍の敵と戦えと? マジ?
「一年生はまだ戦闘を意識した授業を受けていないだろうから、今月末の寮対抗戦では後方支援になるだろう。だが、劣勢を覆すための作戦や意見は大歓迎だ。思いついたことはなんでも言ってくれ」
作戦会議は寮に戻ってから、ということになった。
ただ、ふと一つ気になったので挙手。
「なんだ?」
「地下二階に続く扉はどこにありますか? 合言葉とか見てみたいんですが」
「……まあ、いいだろう。ついでだしな」
そう言って寮生全員がぞろぞろと移動する。おっと、行き先はさっきセーラさんが見ていた扉じゃないか。
扉を開け、寮長に続いて一年生だけが並んで階段を下りる。二~三年生はすでに知っているからだ。
やがて階段を下りた先に、シンプルだけど重厚な扉があった。
扉には文字が刻まれている。これが合言葉なんだろう。
『同士よ、この先に進むならば我らが主の名を叫ぶがいい』
「これは……過去の英雄の名前なのでは?」
誰かが呟く。
うん、この魔闘技場が過去、英雄が使っていた要塞だというなら、主はその英雄だろう。誰もがそう考えそうなんだけど?
しかし、寮長は首を振った。
「英雄の通り名『一閃の英雄』はよく知られているんだが、名前はあまり知られていない。なにせ吸血鬼が世界を支配した時代より前のことらしくてな、資料がほとんど残っていないんだ」
おのれ吸血鬼め。
まあ、ここより地下が勉学や、ましてや私が探らなきゃいけない闇夜の影と関係しているとは思えないし、扉が開かなくてもいいんだろうけど。
「ただ、ヒントはある」
あるのかい。
「図書室に一部だが、『一閃の英雄』についての資料が残っている。そこに英雄の名前らしきものが書かれているんだが……謎の文字で誰も解読できていない」
謎の文字、か。【自動翻訳】で読めるかもしれないなあ。
まあ、読めたら読めたで面倒なことになるだろうけど。
でもまあ、見に行くくらいはしてもいいかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます