第220話 無責任な応援

「弟さん……」

「血は繋がっていないんだけどね」

 会長さんは自嘲する。いつもの王子様然とした姿はどこにもない。

 なかなか衝撃的な告白だけれど、さて、この先を私が聞いていいものだろうか。会長さんの家庭の事情にまで踏み込んでしまいそうなんだけど……。

 でも。なんというか、会長さんの雰囲気は、悩みを抱え込んでいた同僚と似ている。

 あの時、誰かに話せていたら、同僚は死を選ぶことはなかったのかもしれない……。

 会長さんが死を選ぶとは思えないけど、話すことで少しでも心が軽くなるならば、耳を傾けるのがいいんだろうな。

 だから……黙って待つことにした。先を促すでもなく、ただ話してくれるのを。

 もし「忘れて」と言われるなら────。

「……義弟は、父の親友の子供なんだ」

 ちらりと会長さんを見る。会長さんは真っ直ぐ前を向いたまま、私に見えないものを見ているかのように淡々と言葉を続ける。

「私が一歳の時に、生まれて間もない義弟が我が家に引き取られてきた。非業の死を遂げた親友の忘れ形見を、父は捨て置けなかったみたいでね。私はといえば一歳ということもあって、本当の弟だと思って無邪気に喜んでいたらしいよ。私たちは本当の姉弟のように仲良く育ったんだ。本当……仲良くね」

 過去を懐かしむ会長さんの表情は穏やかだ。きっと本当に仲のいい姉弟だったんだろうな。

 だけど、その表情が曇る。

「……私が魔法学園に入る直前だったな。ひょんなことからカールは、自分がユーレイア家の者ではないと知ってしまった。隠すつもりもなかったのか父は私とカールを呼んで、カールが親友の忘れ形見で、血の繋がりがないことを告げたんだ。

 もちろん、父はそんなことは関係ない。カールはユーレイア家の子だ、と言ってくれたんだけどね……」

「……」

「カールが、自分がユーレイア家の者ではないと疑ったのは、自身の魔力の弱さだったんだよ。

 自慢じゃないけれど、ユーレイア家は代々立派な魔法使いを輩出してきた名家でね。両親も、私も……魔力には自信がある。ただ、カールだけが弱かった……」

 先ほどの訓練の様子が思い返される。

 確かに、カールの放つ魔法の威力は低かった。数値が出るわけじゃないけれど、的の揺れ方や音で大体わかるものだしね。

 それにマナの量も少ないんだろう。単発の魔法であれなら、範囲魔法とか使ったらすぐに倒れるかもしれない。

 自覚できるほど魔法の才がないのに、優れた魔法使いを世に送り出してきた貴族の家の子となれば、その重圧はすごかっただろうなあ。

「私は……カールを本当の弟のように思っている。

 ただ、カールと本当の姉弟ではないと知らされたあの時は、恥ずかしながら動揺してしまってね。今まで普通に話していたのに、急にカールとどう話していいのかわからなくなってしまった。そしてカールと落ち着いて話す時間もとれないまま、私は学園に通うことになったんだよ。

 長期休暇で家に久しぶりに戻った時には、もう私とカールの間には大きな溝ができてしまっていて……それからはずっと先の通りさ。笑ってくれて構わないよ」

「笑いはしませんけれど……」

 ふう。つまり、魔法の才能が無く、コンプレックスの塊になってしまったカールと、そんなカールとどう接していいかわからない会長さん。そういうことか。

 隣では会長さんが、膝を抱えて小さくなってしまっている。普段の会長さんからは想像もつかない姿だ。

「正直、カールが魔法学園に通い出すとは思っていなかった。……カールなりに、ここで魔法について学び、鍛えれば、それなりのレベルの魔法使いになれると考えていたのだと思うのだけれど……」

「現実は非情だった、と」

「うん。このままだと……退学もあり得るんだ」

 確かに、このまま成長できないとそうなるんだろうな。

 でも……大事なのはそこなんだろうか。

「……会長さん、部外者の私の無責任な発言を許してもらえますか?」

「……構わないよ」

「会長さんはどうしたいんですか?」

「私?」

「はい。会長さん自身がどうしたいのか。家とか会長とか、そういうの全部無視して」

 カールさんが養子だとか、ユーレイア家がどうとか、退学の危機だとか。色々と情報が出てきたけれど、一番重要なのは会長さんの気持ちだと思う。

 多分。多分だけど、会長さんの中では答えは出ているような気がする。ただ、誰かに背中を押してもらいたがっている。そんな気がした。

 ……だから会長さんは私に話をしたのだろうか。無責任に背中を蹴り飛ばせる第三者の私に。

 ……自分を持ち上げすぎかな。ははっ。

 会長さんの沈黙は続く。急かさず、こちらも黙って待つ。

 ヨナが不安そうにしていたので、隣に座らせてなでなで。はー、癒し。寮に戻ったらモフろう。……いや、モフるだけじゃ済まないだろうなあ。

 どれほどヨナを愛でていただろう。思考の淵に沈んでいた会長さんが顔を上げた。

「そうだ。私は……カールとまた笑い合いたい。どうしてこんな……単純なことに踏み出せずに……」

 そう語る会長さんは苦笑していた。

 でも、気持ちはわかる気がする。私も会長さんと同じ立場だったら、拒絶する兄弟との接し方を見失ったと思う。当事者になると見えなくなるものってあるもんね。

 さて。なら、やることはひとつだ。

「カールさんと、腹を割って話したことは?」

「いや、ないね。露骨に避けられていたし」

「じゃあ、そこからですね。お互いに本音でぶつかり合って、喧嘩しないとダメだと思いますよ」

「しかし、カールは私と会いたくないみたいだし……」

「そうやって理由を見つけて、先送りしてきたんじゃないですか?」

「!?」

 偉そうなことを言っているけれど、無責任な部外者だから言えることだよねえ。我ながらひどいな。

「大事なのは、会長さんの本気を見せることですよ。それこそ会長権限を使って学生会室に呼び出し、そこで本音をぶつけ合ってもいいんじゃないですか?」

「そ、それは公私混同も甚だしいな」

「仲直りしたいんでしょう? だったら、使えるものはなんでも使わないと」

 無責任にそう言い切ると、会長さんは吹きだした。お、いい笑顔だ。

「ははっ……。使えるもんはなんでも、ときたね」

「ええ、なんでも。私が怒られるわけでもないので」

 もう一回、無責任に言うと会長さんは笑い出した。遠巻きに様子を窺っていた学生たちがビックリして見直すくらいに。

 そんな視線に気づいているのかいないのか、会長さんは涙をぬぐいながら席を立つ。

「今まで、そこまで言ってくれる人はいなかったなあ。でも、気が楽になったよ、ありがとう」

「いえ、無責任な発言なのでお礼を言われるようなことではないです」

「それでも、だよ。ありがとう」

 すっかりいつもの様子に戻り、会長さんはひらひらと手を振りながら訓練場を出ていく。

 ずいぶんと無責任で生意気なことを言ったけれど、会長さんとカールの関係が改善することを願わずにいられないな。


         ◆  ◆  ◆


●カール

「くそっ、どいつもこいつもっ!」

 苛立ちが治まらない。

 気に入らない。あの転入生も、義姉さんもっ!

 転入生め。四つの属性に適性があり、天才だと教員室で話題だとは聞いていたが、奴隷と雑談しながら気軽に魔法を使用する姿は俺への当てつけか?

 しかも、ふらついた俺に肩など貸しやがって。強者の余裕か? ふざけるなっ!

 義姉さんも義姉さんだ。俺を無視して転入生に真っ先に声をかけるなんて。

 そのくせ、俺に気づけば気まずそうに視線を外す。無能な義弟なんて、目に入らないし、見たくないっていうのかよっ!

 どうにかして。

 どうにかして俺を見下す連中に一泡吹かせないと気が済まない。

 俺を馬鹿にした報いをくれてやりたい。

 ……だけど、どうする。俺に魔法の才能は無い。一年努力して今の実力なんだ。見返すなんて、一体あと何年かかるか……。


「力が欲しい?」


 突然の言葉に、ようやく自分の居場所に気づく。どうやら怒りに任せて歩き回り、商店街の裏路地に入り込んでいたようだ。

 そして目の前に奴がいた。

 奴は知っている。関わるべき存在じゃない。

 だけど、奴の言葉に足が止まる。


「無力は罪だね。私も力が無かったばかりに大切な人を亡くしてしまった」


 だめだ。耳を貸すな。

 こいつと話しちゃいけない。

 そう思っているのに。


「でも、力があれば挽回できるの。もう一度、問うよ。……力が欲しい?」


 まるで魔薬のように、奴の言葉が心に沁みてくる。

 ああ、欲しいとも。力が欲しいに決まってるだろうっ!

 力があれば、こんな惨めな想いをしていないんだからなっ。


「じゃあ……。力をあげるよ」


 それはきっと、悪魔の契約なんだろう。

 だけど……。

 俺は……。

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