第219話 カール
錬金術ギルドの本登録にはテストがある。もっとも初歩のポーションを、職員が見ている前で作るというもの。
学園で事前にその情報を得ていたので、学園の図書館にある本で手順を勉強して挑んだテストは無事に合格。晴れて錬金術ギルドの末席に名を連ねることとなった。
まあ、アリバイ作りのための登録だから、ガンガンとランクを上げるつもりはないんだけどね。
とはいえ、ハンターズギルド同様、たまに仕事しないと登録抹消されちゃうらしい。まあ、最低限の仕事だけしておきますかねえ。
◆ ◆ ◆
アンシャルさんたちと予想外の再会をしてから数日。
魔法学園の上空を舞う謎の影は出現していない。
セーラさんの仲間と認定されてしまって、生徒たちから微妙に距離をとられてしまったから、聞き込みもうまくいっていない。
幸い、会長さんは気さくに話してくれるので、会った時にさりげなく訊いてみたけれど、噂以上の情報は持っていないみたいだった。
しかし、会長さんって向こうから話しかけてくるんだよね。
そういえば、初めて会った時、なにかしら理由があって私を探していたはずだ。うーん、今度会ったら訊いてみよう。
「紫電! ……あいたたたっ!」
放課後、訓練場で自主訓練に励む。ヨナも一緒に。
奴隷は授業での発言権や訓練の参加は認められていないけれど、放課後の自主訓練なら魔法の訓練に参加させても大丈夫。
まあ、身の回りの世話をさせるためだけの奴隷は訓練には参加しないけれどね。
訓練スペースは一人分しかもらえないので、二人して魔法をガンガン撃つとかはできないんだけど、ヨナが訓練できる場所があるのはいいことだね。
さて。電撃で火傷した手が回復するのを待ってから、授業で学んだことを参考にして────。
「
バチィッと。右手が激しい電撃に包まれる。
「どうですか、マイ様」
「……うん、我慢できない痛みじゃないね」
今までなら必ず火傷と痺れをもらった【紫電】の魔法。それが学園の授業でいくらか改善された。やはり知識は大切だなあ。
この世界では、なんとなくでも魔法は使える。
もちろん、そんな魔法は効率が悪かったり、今までの【紫電】のように自爆したりする。
『魔法はイメージです。ですが、そこに詠唱を加えることで魔法の方向性を示し、安定させることができるのです』
とは、授業での先生の言葉。
今までの自分は、某アニメのノリで手に電撃を纏っていたんだけど、どうやら単純に手に電撃を落としていただけらしい。そりゃ痛いよ。
電撃を纏う手のイメージの詠唱を加えると、言葉によって電撃に敵だけを攻撃する方向性を示し、自分の手は保護するよう促せる。
なるほど、詠唱が重要なわけだ。
「次はヨナ、やってみよう」
「は、はいっ。……妖狐の炎を借りて、我が敵を滅する。狐火!」
瞬間、ヨナの突き出した掌の先に私の頭くらいある火球が出現、発射される。かなりの速度で的に命中し、揺らした。
訓練場の的には何重にも対魔法防御がかけられているので簡単には壊れない。だけど、見ただけで今までの【狐火】より威力が上なのはすぐにわかった。
「マイ様、できましたっ!」
「うんうん、いい感じだね」
ピョンピョン喜ぶヨナをなでなで。
もちろん、私もヨナもすんなりと成功したわけじゃない。詠唱すればいいとはいえ、その内容は試行錯誤して言葉を少しずつ修正していった結果なのだ。
『魔法使いは一生、詠唱を修正し続ける』
そんな言葉があるくらいなんだって。
「マイ様は、まだ手が痛いんですよね」
「そうだね。今のままでも使えるけど、まったく痛みを感じないようにしないとかな」
「私は、少しマナの消費が増えた感じで……」
「おい」
「「!?」」
ヨナと話していたら横から声が。
見れば、金髪の男子生徒────どうやら二年生────が不機嫌そうにこっちを見ていた。
「相談なら脇でやってくれ。的を使わないなら使わせてもらうぞ」
「ああ、これは失礼」
訓練場は広いとはいえ、全員が一斉に訓練できるわけじゃない。マナも有限だし、交代しながら訓練するのが普通だ。
彼に場所を譲り、訓練場の端にある休憩用ベンチでヨナと詠唱について話すことにした。
「風よ────」
視界の端で彼が魔法を放つ。しかし、的はさほど揺れない。見るからに威力が低い。
「くっそ……」
「危ないっ」
数発、魔法を連続で放った彼の体が傾く。
男は苦手だけど、好色な目を向けてこない彼ならまだ大丈夫。とっさに飛び出して体を支えた。
「余計なことをするな」
「一人で立てないのに、なに言ってるんですか。ほら」
マナの消費が激しいんだろう。ふらつく彼を引きずるようにしてベンチに座らせた。
「…………」
「…………」
しばし沈黙。聞こえてくるのは、他の生徒たちの詠唱と、魔法の炸裂音だけ。
(……そろそろ再開しようかな)
彼はまだ訓練を再開できるほど回復していない。今のうちに的を使った訓練をしよう。
そう思って腰を浮かしかけた時。
「あんた、噂の転入生だろ」
唐突な言葉。少しトゲを感じるのは気のせい……ではなさそうだ。私を見る彼の視線は険しい。
「四つの属性の才能を持つ天才だってな。魔法の才能に乏しい俺が無駄にあがいている姿は、あんたにはさぞかし滑稽に見えているんだろうな」
「……」
返答できない。
確かに、彼の魔法は威力が低いのがすぐわかったし、使用できる回数も少ないと思う。彼がその事実に負い目を感じているのは間違いないかな。ともすれば、二年生の中で肩身の狭い思いをしているのかもしれない。
だから彼が、噂になっている私に敵愾心を持ってしまう気持ちはわかるし、下手な慰めは逆効果だってこともわかる。
それに、私はチートと種族補正で今の力を得ている。なんら苦労も努力もせずに。
だからこそ、努力が報われずにいる彼になにも言えない。言っちゃいけないと思う。
だけど、沈黙が正解ってわけでもないのよね。
「はっ、俺みたいな底辺学生と話す口は無いか」
……どうしたらいいんだろう。
今の彼と同じ状態に陥った同僚を知っている。
仕事で結果が出せず、上司からも同僚からも無能呼ばわりされて、すっかり心が弱ってしまった同僚と目の前の彼が重なる。
その同僚も自分を卑下し、無能だからと自分を嗤った。
『自分はできると思うから辛いんだ。自分が無能だと気づけば、なにを言われても辛くはないさ。事実だからな』
そう自嘲しながら酒を煽る姿を覚えている。
結局、同僚は自分で自分を傷つけ続け、自ら死を選んでしまったのだけれど。
あの時と今はほとんど同じ。かける言葉が見つからないのも同じ。
そもそも彼は、最初から私の言葉に耳を傾けるつもりはないと思うし。
彼に言葉を届けられる人がいるとすれば、同じ悩みをもつ人か、あるいは家族か────。
「……なんとか言ったら────」
「ああ、ここにいたんだね、マイ君」
彼がなにか言いかけた時、聞き覚えのある声がした。
「会長さん」
訓練場内の女生徒の視線を集めながら、歩いてくるのは会長さん。と、会長さんが私の隣にいる彼に気づいた。
……おや? 会長さんは気まずそうに目を伏せて、彼は露骨に顔をしかめた。会長さんを視線で追いかけていた女生徒たちも、なんとも気まずそうな雰囲気。
これは、よろしくないエンカウントだった?
「……ああ、カールも一緒だったんだね」
「……どうせ俺の魔力が低すぎて気づかなかったんだろ」
「また、そんな言い方を……」
「魔力に恵まれた
なんだろう、この空気は。
いつも、誰とでも楽しそうに話す会長さんが、まるで腫れ物に触るかのようにぎこちない。
そしてカールと呼ばれた彼は、会長さんに対して敵意と拒絶の意思を隠そうともしない。わざわざ会長の部分を強調するのは、どういう意味なんだろう。
会長さんが言葉に詰まっていると、カールは私を睨みつけて背を向けた。
「学生会会長殿が直々に天才殿に用事のようだ。俺がいちゃ邪魔者だろう」
そのまま訓練場を出ていく。その背中はあらゆるものを拒絶しているように見えた。
カールがいなくなっても、しばらく訓練場の空気は重いまま。会長さんに視線を向けていた女生徒たちはその空気に耐えられなかったのか、それとも気を利かせたのか知らないけれど、ぱらぱらと気まずさの爆心地から離れていく。
その反応からするに、会長さんとカールとの衝突はよくあることなんだろうな。
「会長さん、とりあえず座りましょう。顔色、ひどいです」
「あ、ああ……。すまない」
会長さんを座らせると、気を利かせたヨナが水汲み場から水を持ってきた。弱々しい笑みを浮かべて受け取った会長さんは、一気に水を飲み干す。
「ヨナちゃん、だったね。ありがとう。……気の利く奴隷だね」
「私の自慢の子です」
「あわわ、マイ様ぁ……」
ヨナをなでなで。
困り顔のまま、だけど大人しく撫でられるヨナ。うん、可愛い。
その様子を、会長さんは微笑ましく見てくれていた。
「……君たちが羨ましいよ」
「羨ましい?」
「ああ。……主と奴隷でも、これだけ親しくなれるというのにね。私ときたら、義弟と普通の関係すら築けやしない……」
え。
義弟!?
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