第218話 早い再会
慌ただしい転入初日から数日が経った。
学園生活には慣れたが、順調とは言い難いなあ。
初めての休日。商店街の片隅にあるという錬金術ギルドを目指しながら、この数日を思い返す。
魔法学園通信と寮の食堂での会話によって、私とセーラさんが他人のそら似だという情報は学園中に広まった。
問題は、遅きに失したということだ。
「マイとセーラ・ペンゼルは他人のそら似だってな」
「縁戚関係でもないそうだ」
「そうなのか。だけど……あの二人は仲良しだよな」
生徒の多くが、その認識で意見の一致を見てしまったようなのだ……。
他人のそら似だ。だけど仲間だろ。
そういうことらしい。なんてこったい。
もちろん、セーラさんと普通に話してしまった私のミスなので誰も責められないんだけどさあ。
はあ……。非情になれない性格が災いしたなあ。
「私が引き受けたのは、お二人が縁戚関係ではなく他人のそら似。無関係だという記事でしたからね」
そう言ってドヤるマール先輩に返す言葉もない。
確かに先輩は約束を守ったのだから。
まあ、記事には、セーラさんの事情を私は知らなかったと記載されてはいるけれど、焼け石に水だったなあ。
「マイ様、後悔してますか?」
「後悔とまではいかないけれどね。もうちょっと、うまく立ち回れなかったかなあ、と」
幸い、という言い方は変だけど、クラスメイトたちは積極的に私と関わろうとしないだけで、実技などで同じグループになればちゃんと話してくれる。腫れ物扱いではあるけどね。
敵対的な態度じゃないだけマシか。
まあ……約一名、そうでもないんだけど。
「あら、そこを行くのはセーラ・ペンゼルの仲間、マイじゃありませんか」
「……ごきげんよう、クラス委員長」
「あなたに会ったのだから、機嫌がよいわけないですわ」
だったら話しかけてくるなよ……。
声をかけてきたのはマリーニュ・スクエア伯爵令嬢。魔法科1-Aの最大派閥のトップであり、クラス委員長でもある。
ついでにドリルさんだ。
異世界でドリルヘアーを拝めるとは思わなかったな。
いつも数人の取り巻きを連れているのだけれど、休日の今日も二人の取り巻きを連れている。そして、男の狼獣人奴隷が一人。
隣でヨナが唾を飲み込むのがわかる。
なぜだか知らないけれど、その獣人の奴隷────名前は確か……ああ、イーラだ────はヨナが気に入らないらしくて、会うたびに睨んでくるんだそうだ。今もマリーニュさんの背後に控えつつも、ギラギラした瞳をヨナに向けている。
そっとヨナをかばうように前に出て、マリーニュさんと対峙する。
「なにかご用でしたか、クラス委員長」
「あなたが錬金術ギルドに向かうと聞いたものでね、心配になったのよ。……錬金術で、なにをするつもりなのかしら?」
「私が錬金術ギルドに所属しようとしまいと、クラス委員長には関係ないと思いますが」
マリーニュさんの後ろで取り巻き二人が「なんなのよ、その答え方は」とか「ちゃんとマリーニュ様と呼びなさいよ」とか言ってるけど無視。
そも、最初から嫌悪感むき出しで接してきたのはマリーニュさんの方だ。こっちが譲歩することはないよね。
最初はわからなかったけれど、今ならわかる。マール先輩情報だけど、スクエア伯爵家はペンゼル伯爵家と犬猿の仲であるらしい。
当然、彼女はセーラさんも嫌っている。犯罪者の妹だからと、さらに嫌悪感もアップしているようだ。
そして……。私がセーラさんと友人である、と認識しているんだこれが。
孤立しているはずのセーラさんに友人がいるのか気に入らないらしい。だから事あるごとに嫌みを飛ばしてくる。
その熱意を魔法の訓練や研究に向ければいいのにね。そのドリルだって戦闘に使えるんじゃないか?
私の言い方がお気に召さなかったようで、マリーニュさんの顔が不快にゆがんだ。
「あなた、セーラの兄がなにをしでかしたのか知らないわけではないでしょう? セーラの仲間のあなたが錬金術ギルドに登録? 一体、なにをするつもりなのかしらね」
「おっしゃる意味がよくわかりませんが、一つだけわかります」
「なにかしら?」
「それは、私が錬金術ギルドに登録するのを、クラス委員長が止める権利は無いということです」
どうやらセーラさんのお兄さん同様、私も怪しい研究をするのだと。マリーニュさんはそう思っているらしい。
いや、違うか。そうであってほしい、だろうか。
彼女の頭の中では、私は犯罪者の仲間なんだろう。やれやれ。
さて、私の言葉がますますお気に召さなかったようで、マリーニュさんのこめかみに青筋が浮いた。彼女の背後に控えるイーラが、わずかに重心を落とす。マリーニュさんの一声があれば、迷うことなく攻撃してくるだろう。
商店街も近いし、こんなところで騒ぎを起こす気はないんだけどなあ。
だったら煽るようなこと言うなって?
勝手なこと言われっぱなしなのもねえ……。
「……言わせておけば────」
『ご主人様ニャーッ!』
「は?……おぶっ!?」
迎撃やむ無しか! ……と身構えた瞬間、ドスッと。ドスッと横っ腹になにかが突っ込んできて、そのまま押し倒された。
な、なんだ!? 聞き慣れた声が……。
『ご主人様、久しぶりニャー』
『クロ!?』
私の腰に抱きついてゴロゴロと喉を鳴らしているのはクロだった。ご機嫌に尻尾が揺れている。
いや、なんでここに? 確かアンシャルさんと一緒に王都のアマス教会にいるはずじゃあ……。
「まあ。クロさんが突然走り出したので何事かと思いましたが。……お久しぶりです、マイさん」
「アンシャルさん? どうしてここに!?」
クロに続いてやってきたアンシャルさんは穏やかに微笑み、その笑みをマリーニュさんたちにも向けた。
「アマス様に仕える神官でアンシャルと申します。司祭様の命で魔法学園の教会に勤めることとなりました、お見知りおきくださいませ」
「……マリーニュ・スクエアですわ。スクエア伯爵家の一人娘ですの」
「お取り込み中でしたか? 知人の顔を見かけたので声をかけてしまいましたが」
「いえ、もう終わりましたの。これで失礼いたしますわ」
おお、あっさりとマリーニュさんは引き下がった。取り巻きを連れて去っていく。
アンシャルさんすごいー。
「大丈夫ですか、マイさん」
「ありがとうございます、アンシャルさん。喧嘩になるところでした」
「ふふっ、神官が必要になるようなことにならなくてよかったです」
神官が必要になるって、そんなこと……ないとは言えないか。実験の事故とか、訓練中の怪我は割りと多いと聞いてるからね。だから学園内に各神の教会が……って、そうだよ!
「アンシャルさん、いつ学園の教会に?」
「二日前ですね。一人欠員が出てしまって、私に声がかかったんです。なので、これからはお近くにいられますよ♪」
ニッコリ笑顔で。奇妙な圧を感じる。
隣のヨナの尻尾が、ぶわっと逆立ったような……。
な、仲良くしてよね?
「マイさんを驚かせようと思って、寮に伺うところだったんです」
「そうなんですか。私はこれから錬金術ギルドに行くんですが」
「では、ご一緒させてください」
二人の間に立ち、腰にクロをまとわりつかせたまま歩き出す。
せっかく間に入ったのに、ヨナもアンシャルさんも視線で牽制し合うのやめなさいよ。
本当、仲がいいのか悪いのか。はは。
「クロはおとなしくしてます?」
「大丈夫ですよ。お手伝いもしてくれて、教会でも人気者なんですよ」
『クロ、頑張ってるニャー』
『よしよし、偉いね』
なでなで。
「……」
ぐいっ。
クロをなでていたら、ヨナが頭を突き出してきた。わかりやすい子だね。
「ヨナも頑張ってるよね」
なでなで。
「……」
ぐいっ。
どうしてアンシャルさんまで。
結局、錬金術ギルドの到着するまで三人の頭をなで回すことになったんだけど、周囲から奇妙な一団と思われていたと知るのは後のことだった。
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