第217話 食堂にて
「……なんだかすごかったですねえ」
「そうだね。……だけど、まさか意味があるとは」
自室で荷物の整理をしながらヨナと驚きを共有してる。
寮内で女の子同士の熱烈なキスを目撃してしまった。
いや、お前も複数の女性としているだろっってツッコミが入りそうだけど、他人のキスを見るのは初めてで、なんかドキドキしたのだ。
まあ、さすがにガン見するわけにはいかないので、見つからないうちに退散したんだけど。
ちなみに驚いたのは、マール先輩曰く「珍しいことじゃない」そうで。
そういえば先輩は特に動揺はしてなかったなあ。
『魔力循環の訓練、やりました?』
『ええ、今日の実技で』
『実はですね、魔力循環は、お互いの粘膜を接触させた方がマナの移動がスムーズで効率がいいんですよ』
なんですと? って感じだよね。
マール先輩が言うには、いくら効率がいいとはいえ、学園が生徒同士のキスを推奨するわけにはいかないので、授業では手を繋ぐ方法なんだそうだ。
だけど、粘膜接触の方が効率がいいのは公然の秘密になっていて、男子は知らないけれど、女子は結構軽い気持ちでキスする子がいるとのこと。
ちなみに、それで本気になってしまうカップルも珍しくないらしい。
気づいても知らないふりをしてあげるのが礼儀だとかなんとか。
それはそれとして。
「ねえ、ヨナ。ヨナのマナってどれくらいの数値?」
「ええと……。二百を超えてます」
魔法を専門にしていないヨナで、それは多いなあ。
私のマナの数値は生命力を兼ねているとはいえ、それも結構な勢いで上限が増えていたように今さらながら思う。
それに……私とヨナは頻繁にキスをしてる。
特に夜は激し……げふんげふん。
ひょっとして、私とヨナは無意識のうちに魔力循環をやっていたのかもしれない。それならヨナのマナ量も納得できる。
いや、そうなると、ライラックさんとかアンシャルさんとか、クロもマナの量が増えているんじゃあ……。
もしかしたら精霊もかなあ。訊くのが怖いけれど。
荷物整理にそれほど時間はかからなかった。なにせ重要な物は【マイホーム】の中だしね。
アリバイ作りの荷物しか送っていなかったから簡単に終わった。
「夕食はどうしようかな」
「私、食堂を見てみたいです」
「わかった。じゃあ、ヨナの分を用意するよ」
寮の食堂も学食と同じで、奴隷の食事は主が用意する決まりだそうだ。
学食と違って自由に使える調理スペースがあるので、そこで奴隷用の食事を用意することもできると聞いた。だけど今日は時間がないので、簡単だけど肉を挟んだサンドイッチにしよう。まあ、見た目は汁気の少ないイタリアン・ビーフなのだが。
それをヨナに持たせて部屋を出ると、二つ隣の十号室のドアが開いた。
「セーラさん!?」
「あら、マイさん。同じ階だったのね」
十号室から出てきたのはセーラさんだった。侍女も奴隷も連れずに一人で。
「セーラさんも赤竜寮だったんですね」
「ええ。休学前は黒竜寮でしたけど、飛ばされてしまいましたわ。……うるさい人の隣の部屋だったので気が滅入っていたけれど、マイさんが近くなら悪くもないわね」
冗談めかして笑う。その表情に影は見えないように思う。もうお兄さんのことは割り切ってるんだろうか。
しかし……セーラさんが今年から赤竜寮に入ったということは、マール先輩の部屋の両隣が空いていたってことだよね。
偶然? それとも……。いや、考えない方がいいか。
「もしかして、これから夕食かしら。よければ一緒にどう?」
「……ええ、そうですね」
できれば距離をとりたいと思っていたんだけど、どうしてこんなに接点が。
誰かと約束しているわけでもないから断る理由もないし、しょうがないな。
……伯爵の耳に入らないといいんだけど。
一階に下り、食堂に向かって歩いていると、多くの生徒が露骨に避けるのがわかる。だけどセーラさんはそんな生徒たちを無視して歩いていく。
非好意的な視線を受けても気にしない。貴族の娘はこれくらい肝が据わっていないと駄目なんだろうか。ある意味すごいな。
しかし、一緒に歩いていたら縁者まではいかなくても友人関係と思われるだろうなあ。学園通信の効果がどこまで期待できるのやら。
そうこうするうちに食堂についた。
「広いですー」
「軽く百人は座れそうだねえ」
ヨナの感嘆に同意だ。高い天井を支えるために何本もの柱があるけれど、それが気にならないほどに広い。窓は無いけれど、多くの照明が食堂内を明るく照らしている。
いい匂いが充満していて、メニューが楽しみだ。
「食費は学費に含まれるから代金は必要ないわ。外食も認められているけれど、そちらは代金が必要だから注意してね」
ふむ。どうやらメニューは決まっていて選択の余地はないみたいだ。
なるほど、外食したい生徒が出るわけだ。
厨房に隣接するカウンターに並べば、さほど待つこともなく夕食の乗った盆を渡される。焼いた魚がメインで、あとはパンにサラダ、スープか。
貴族っぽい生徒は奴隷に運ばせているけれど、セーラさんは自分で夕食を受け取る。
「見て、あれ。奴隷を用意できないくらいに落ちぶれたのよ」
「当然でしょ。犯罪者の家族ですもの」
そんなヒソヒソ話が聞こえる。
聞こえているだろうに、それをスルーするセーラさんはすごいな。
二人して空いているテーブルにつく。いや、ここで自分が別のテーブルに行くのもなにか不自然かな、と。
呼んでくれる友達もまだいないしね……。か、悲しくなんかないもん。
「どうしたの? ……ああ、外野のこと?」
「ええ、まあ。よく平気ですね」
「……どうやら、私が忌避されている理由は耳にしているようね」
「噂レベルでなら」
優雅にスープを口に運ぶセーラさん。今も聞こえるヒソヒソ話も完全無視だ。
自分はまずサラダを口にする。あ、塩とオリーブオイルみたいな油がかかっているだけだけど、結構美味しい。
「ふむ。……ヨナ、それ貸して」
「? はい、マイ様」
ヨナが食べようとしたサンドイッチを受け取り、そこにサラダの野菜を追加サンド。多分、美味しくなるはずだ。
ちらちらとこっちを見ていた奴隷持ちの生徒たちがざわついたような気がする。
「いいのですか?」
「主が食べたくないものを代わりに食べるのも奴隷の仕事じゃないかな?」
「……はい。いただきます」
嬉しそうに頬張るヨナをしばらく愛でて視線を戻すと、セーラさんが楽しそうにこっちを見ていた。
「本当、主と奴隷っぽくないわね」
「まあ、奴隷をどう扱おうが主の自由なので」
「それなら、私が平然としているのもわかってくれるのではないかしら」
それだけ言って食事を再開するセーラさん。
ふむ。確かに、周囲の視線を無視するという意味では同じだよね。
私は別に悪いことをしているわけじゃない。奴隷をどう扱いうかは主の自由なんだし。ただ、それがこの世界の基準から少しズレているだけで。
セーラさんはお兄さんの無実を信じている。だから周囲の悪意を無視して毅然と振る舞うことによって、兄の名誉を守ろうとしているんだろうか。兄は罪を犯してなどいない、と。
悪意に屈すれば、兄の罪を認めることになると思っているのかもしれない。
あくまで私の想像だけどね。
しばし無言で食事が進む。私たちのテーブルには誰も来ない。
うーん、これ。私とセーラさんが親しいと勘違いされるの間違いなしだよなあ。マズッたなあ。
「あー、ここ空いてますねえ」
わざとらしい言葉とともに私の隣に腰を下ろしたのはマール先輩。
この人も他人の視線を気にしないな。まあ、今はその無神経さがありがたいかな。セーラさんは嫌な顔をしたけれど。
「そういえば、お二人は顔がそっくりですが、血縁者ではないんですよね?」
え。ここでもそれをやります?
確かに周囲の視線は集中している。私としては願ったり叶ったりだけど。
セーラさんはちらりとマール先輩を見た。あまり好意的な目ではない。
だけど私に視線を移して、なにか納得したように小さく頷いた。
「相変わらず無遠慮な人ですね。私とマイは他人のそら似でしてよ。初めて会った時は驚いたものです」
「おや、そうなんですか。姉妹とかでしたら面白く記事にできるかと思ったんですが」
「それはあなたが面白いだけでしょう? ある事ない事を勝手に書くのはおやめなさい。……お先に失礼」
食べ終えたセーラさんは席を立ち、いくらか早足で、だけど優雅に食堂をあとにした。
それを見送ったマール先輩が、行儀悪くパンをスープに突っ込んでかぶりついた。
「いやあ、セーラさんも乗ってくれましたね」
「無茶しますね」
「約束ですし?」
そう言って笑う。
私とセーラさんが無関係だという噂を広める。そのダメ押しに来てくれたのか。
意外と義理堅いのか、それとも恩に着せるつもりなのか。
「いやあ、楽しみですねぇ。……これから」
あ、後者だこれ。
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