第215話 悪魔と契約した気分
お話し中に失礼とは思ったけれど、学園通信に目を通す。ヨナが覗き込んできたので一緒に。
会長さんはなにも言わずに待ってくれている。できるだけ早く読もう。
……………。
……。
ふむ。やはり魔工科に在席していたヒューイ・ペンゼルはセーラさんの兄で間違いないようだ。仲の良い兄妹だったと、ちゃんと書かれている。さすがに血縁までは勝手に偽造しないと思う。
「どうしたんですか、私をじっと見て」
「いえ」
偽造しないと思う。うん。
で、そのヒューイが、なにやら禁断の実験に手を染めて処刑されたらしい。
いきなり処刑とは穏やかじゃないけれど、どうやらその実験は国レベルで禁止されているなにかのようだ。
「……なんの実験なんです?」
「いやあ、さすがに私でもそれは記事にできませんねえ」
なるほど。マール先輩ですら書けない実験となると、本当にヤバいなにかなんだろう。書けるなら面白おかしく書く人だろうし。
……まさか吸血鬼絡みか?
吸血鬼崇拝者の話を聞いたばかりだから、つい考えてしまう。
だけど、本当に吸血鬼関連の実験だとしたら書かれないのもわかるし、処刑もあり得る気がしてきた。
記事によるとペンゼル伯爵とセーラさんはヒューイの無実を訴えていたそうだけど、処刑は執行されてしまったとある。そしてセーラさんはショックから学園を長期欠席することになった、と。
なるほど。禁断の実験に手を出して処刑された人物の妹となれば、セーラさんの学園での立場は微妙になる。周囲のセーラさんへの厳しい視線はそういうことか。
どうりで会長さんが私をペンゼル伯爵の縁者かどうか気にしたはず……あれ? セーラさんと外見が似ていて、しかも親しげに話していた私はどうなるんだ?
あれ? ひょっとしなくても立場悪くなってる?
あれえ??
ヨナが他の記事も読みたそうにしているので学園通信を渡して、ドヤッってるマール先輩はとりあえず無視して会長さんに話しかける。
「あの……会長さんが私を探していたのは、セーラさんの身内だと思ったからですか?」
「それだけじゃないけれど……。うん、教員室でも似ていると持ちきりだったからね。アルビノだとは話に出ていたけれど、直に見ると双子と思ってしまうね」
やっぱりかーっ!
いや待って。会長さんですら確認したいくらいだ、直接訊いてこない人たちは私がセーラさんの縁者か、下手すると双子だとか勝手な噂をしてるんじゃない?
このままだと友達もできないんじゃない!?
マズイんじゃないっ!?
「うおっほん!」
横からわざとらしい咳払い。
わかってる。私の焦りを察知したマール先輩がドヤ顔で胸を張ってるに違いない。
あまり関わりたくない先輩だ。だけど、夜空を舞う影の情報は欲しい。そしてなにより────。
「マール先輩、私がセーラさんとは縁も所縁もないってことを宣伝してもらえません?」
「おっと、記事掲載の依頼ですかな。ただ、紙面の都合もありましてねえ、スペースを空けるとなるとそれなりの……」
「……インタビュー受けていいですから」
「はい、契約完了ってことでいいですねっ! 任せなさい、しっかり無関係だとアピールしてあげますからねっ!」
なんだか悪魔と契約した気分だ。
だけど、すでに私がセーラさんの関係者だと噂が広がりはじめていると思った方がいいだろう。早めに手を打っておかないと。
「いいのかい? マール君に頼んでしまって。なんなら私が会長として、マイ君とセーラ君が無関係だと証言してもよかったけれど」
「さすがに会長さんが、その立場を利用して私とセーラさんについて言及するのはよろしくないんじゃないですか? 聞き手によっては、会長がセーラさんを要注意人物扱いしていると受け取りますよ。会長も貴族でしょう? セーラさんはともかく、娘を溺愛している伯爵が耳にしたら揉めません?」
「ふむ……。ないとは言い切れないね。気を遣ってもらったのは私の方だったか」
「その点、学園通信なら問題にもならないと思いますし」
「ちょっとーっ! 聞き捨てならない発言なんですけどっ!?」
「ふふふ。悔しいならマイ君については正確な情報で記事を書いたらいいのではないかな」
「ぐぬぬ……」
まあ、学園通信の信憑性は微妙なところだと思う。だけど噂って昔から簡単で最高の娯楽の一つだしね。学生たちの目に触れてくれれば、情報は簡単に広がるだろう。
尾鰭がつくのは防げないけどね……。
と、鐘が鳴る。昼休みも終わりのようだ。
「もっと話したかったけれど、時間だね。また機会があれば話をしよう」
「放課後! 今日の放課後にインタビューさせてもらいますからねっ。予定を空けておいてくださいよ!」
先輩二人を見送り、ヨナと歩き出す。確か午後からは実技のはずだ。
「そういえば、会長さんの用事ってなんだったのでしょう?」
「……そういえば、そうだね」
私を探していたのは、セーラさんとの関係を訊く以外にもあったみたいだったな。
まあ、会長さんならまたお話ししたいとは思う。マール先輩は、まあ……向こうから来るだろうな。
◆ ◆ ◆
午後は実技の授業。
とはいえ、的に向かってドカドカ魔法を撃ち込むような授業じゃなかった。
午前中の魔法の授業で学んだ、瞑想とか、ペアを組んで魔力をやり取りする魔力循環とかの基礎訓練だった。
「基礎を疎かにする者は強くなれません。戦いの経験があろうが無かろうが同じ一年生です、贔屓はしません!」
マリア先生の指導の下、地道な基礎訓練が始まった。
瞑想は集中力を高めるため。魔力循環は本人のマナ量を増やすためらしい。
マナポーションを飲んだりすると、一時的にマナの総量が最大値を超えることがある。その最大値を超えた状態を長く続ければ、身体が少しずつその状態に慣れてマナの最大値が上がるらしい。
魔力循環はお互いにマナをやり取りして一時的にマナの総量を増やし、最大値を超えたマナが消える前に相手に送り、マナの最大値を上げる訓練なんだそうだ。
まあ、マナの最大値が千を超えてる私には誤差の範囲なんだろうけど、やって損はないか。
「あー、ダルい……」
「とりあえず、やってるフリだけでもしてくれません?」
「アタシは別に魔法とかどうでもいいんだよ」
「私は強くなりたいので困ります」
ペアになったのはドロシー・ヴィレッド。目つきのきつい、だけどダウナー系らしいクラスメイトだ。
姓ありなので貴族なんだろうけど、授業態度が極めて悪く、授業中に何度も注意されていた。午後の実技もこのとおり。よくもまあ、マリア先生の前でこんな不真面目な態度がとれるものだ。
そのマリア先生は、一度ドロシーをキッと睨んだけれど、意外にもそのあとはなにも言わずにいる。
んー、これはあれだ。注意するだけ無駄だと判断して、ある時突然、退学させるんじゃないだろうか。
ドロシーが退学になるのは勝手だけど、彼女のせいで授業の評価が私まで下がるのはいただけないぞ。
でもなあ、転入した時点でクラスの中の派閥みたいなものがもうできちゃってたんだよね。なので、どの派閥にも属していなかったドロシーくらいしかペアを組む人がいなかったのだ。さて困ったぞ。
こんなだったらヨナとやった方がいいんだけど、奴隷は授業に参加させられないしなあ。
ドロシーは完全に訓練を放棄してるし……。そもそも、こんなやる気のない子がどうして入学しているんだ。親の見栄か?
ええい、やむを得ん。
「ドロシー、マナ送るよ」
「勝手にすれば?」
言ったな。じゃあ、勝手にするぞ。
ドロシーの手を握ってマナを勢いよく送り込んでやる。
「……おいっ、ちょっ、どんだけ……んおっ!?」
マナを五十くらい流し込んだ時点でドロシーの鼻から血が流れだした。
マナポーションって、地球でいえばエナジードリンクに近いんだよね。過剰摂取は身体に悪いのだ。無論、魔力循環のためにマナを過剰に送り込んでもこうなる。
魔法使いは自身のマナの最大値と、各種マナポーションの回復量を把握しておくようにと、授業で聞いたばかりだ。
「先生、ドロシーさんが鼻血を出してしまったので医務室に連れて行っていいですか?」
「鼻血ですか? ……ああ、確かにひどいですね。仕方ありません、送るのは構いませんが、マイはすぐに戻ってくるように」
「わかりました。……さあ、行こう」
「お前、まさかわざと……」
「さあ、なんのことやら」
ドロシーに肩を貸して、医務室に向かった。
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