第214話 学生会長とマール先輩
声をかけてきたのはセーラ嬢だった。
かつての自分と同じ顔が同じ制服を着ているのは、なんだか奇妙だ。
「……セーラ様」
「ふふっ、同じ学生なのですから敬称は不要ですよ。さらに言えば、休学していたので私は二回目の一年生です。同級生ですよ」
「わかりました。では、セーラさんで」
セーラ嬢、もといセーラさんはにこりと微笑んだ。
(へえ……。身分にこだわらない人なんだ)
意外に感じたけれど、よくよく思い返せば護衛を引き受けた時も割りとフレンドリーだったなあ。
顔がそっくりだから親近感を覚えてのことだと思ったけれど、もともと身分にうるさくない人なのかもしれない。
(父親はあれだけどな)
そのセーラさんは向かいのベンチに腰かけた。
「私より先に王都に向かったのに、入学式にいないから心配したわ」
「ああ……。王都に続く橋が封鎖されていたので迂回したんです」
「ああ、あれねえ。私も────」
会話しながら視線だけで周囲を窺う。
セーラさんが一人────奴隷もいない────なのも気になるけれど、なによりセーラさんが来てから周囲の視線が厳しくなった気がする。
ヒソヒソ話も増えた。しかも、あまり好意的でない感じの。
当たり前だけど、当事者が気づかないはずもなかった。
「言いたいことがあるのならば、堂々と言えばよろしいのにね」
セーラさんが目を向けると、ヒソヒソ話をしていた者たちが目を逸らしたり、離れて行ったりする。
一体、なんなんだ?
訊いていいものかどうかわからない。と、セーラさんが私の背後に視線をやり、立ち上がった。
「ごめんなさいね、楽しい話ではないので。ですが、誰でも知っている話なので、いずれ耳に入るでしょう。でも……そんな物を作っている人の言葉には耳を傾けない方がいいかもしれないわね」
ちらっと学園通信に目をやって、セーラさんは優雅に中庭を出ていく。入れ違うように二人分の足音が背後から近づいてきた。
「ありゃりゃ、逃げられましたねえ」
うわ、聞きたくない声だ。
振り返ると、マール先輩ともう一人、背の高い美形の女の先輩がこちらに歩いてくるところだった。
目が合うとマール先輩がニカッと笑って駆け寄ってきた。
……ああ、中庭の人たちが一斉に離れていく。巻き込まれたくないんだな。
「やあやあマイ君、偶然だねえ!」
「なにが偶然か。探してたじゃないか」
「スクープはいつでも探してますともっ」
なんだか微妙に二人の会話がかみ合ってないな。
お、美形先輩は三年生か。紫がかった銀髪に整った顔立ち、涼しげな目元……うん、美形だ。髪が短いからスカートじゃなければ美男子で通りそうだ。
そして背が高いなあ。少しわけてくれないだろうか。
その先輩はニコリと笑った。ああ、男装していた時のライラックさんと同じだ。女子のファンが多いだろうな。
「きみが噂の転入生だね。会いたいと思っていたから、会えて嬉しいよ」
「ほらあ~、会長も探してたんじゃないですか。私ばかり悪者にしないでいただきたい」
「少なくとも私は、休み時間の度に教室に突撃するような無粋な真似はしないけれど?」
「なに言ってるんですか、情報は足で稼ぐんですよっ」
「主観や妄想が入ったものは正しい情報とは言えないんじゃないかな」
私を探していたという割に、私を置いて言い合ってるな。
ヨナに目で合図を送り、二人で静かにその場を離れ────。
「ああっと、マイ君、どこに行くんですかっ」
「くっ、気づかれた」
「こっそり去ろうなってひどいじゃないですかっ」
「いや、私のことは気にせずに、お二人で気が済むまで議論されるといいかと思います」
私の言葉にマール先輩は軽く憤慨するが、会長と呼ばれた女性は苦笑しつつ頭を下げてきた。
「いや、すまない。どうにもマール君と話すと言い合いになってしまってね。君を探したと言いながら放置するなど失礼だった。このとおりだ」
「……謝罪を受け入れます。じゃあ、二人でお話ししましょう」
「ちょっと、私を忘れないでくださいよっ」
「会長さん、なにか聞こえましたか?」
「いや、なにも」
「ですよね。じゃあ、どこで話しますか?」
「ああっ!? 待って、私も謝罪しますから置いてかないでぇっ!」
会長と連れ立って歩き出すと、慌ててマール先輩が追いかけてきた。
やってきたのは学食に続くテラス席。
マール先輩を無視して歩き出したけれど、ゆっくり話ができるような場所を私が知ってるはずもないのよね。
なので会長さんに訊ねてみたら、最初に提案されたのは学生会室だった。鍵もかかるし安全だと。
ああ、学生会長さんだったのか、と今さら。
さすがに学生会室に入られては困ると、マール先輩が必死に休み時間の度に来訪したことを謝ってきたので、今回は許した。だが、次は無いぞ。
そして次に提案されたのがテラス席だった。食事だけでなく、お喋りにもよく使われるそうだ。
私たちが近づくと、テラス席にいた生徒たちの反応は割れた。
会長さんを認め、黄色い声をあげて席を譲ろうとする女生徒たち。
マール先輩を認め、そそくさと席を立つ人たち。
私とヨナを認め、「会長と一緒にいるあの一年生はなんなの!?」と、敵愾心をむき出しにする人たち……。
おかしいな、目立ちたくなかったのに、初日でずいぶんと目立ってしまっているぞ。
とりあえず、会長さんが譲ってもらった席に一緒に着いたけれど、遠巻きに見られていて落ち着かない。気にした風もない会長さんは大したものだな。
ヨナも座らせてあげたかったけれど、ギャラリーが多すぎる。後で奴隷の扱いであれこれ言われても困るので断念。
「遅くなったけれど、自己紹介させてもらうよ。私はマルレーネ・ユーレイア、三年生だ。学生会長をさせてもらっている。よろしく」
「すでにご存じのようですが、改めて。転入生のマイです。この子は奴隷のヨナ。よろしくお願いします。訳あってフードを外さないことを許してくださいね」
「ああ、知っているよ。大変だね」
「私はマール。マール・シャ────」
「「知っている」」
会長さんと一緒にマール先輩の自己紹介をバッサリ。おや、意外と気が合いそうだな。
ショボーンなマール先輩は置いておいて、会長さんとお話しする。
「学生会長として、我が校の生徒は把握しておきたいんだ。教員室が君の話題で持ちきりだったからね、どんな子かと思って」
「お耳汚しでしたね」
「悪い話ではなかったよ、念のため。ただ、そうだね……君はペンゼル伯爵の縁者なのかい?」
おっと、外見だけでそこまで話題になってるのか。
ただ、伯爵の部分だけ声を潜めたのが不安だな。
「セーラさんとは他人のそら似ですよ。ハンターの仕事で助けたことはありますが、伯爵とは縁も所縁もありません」
ちょうどいい、ここで気になっていることを訊いておこう。
身を乗り出し、声を潜める。察した会長さんも身を乗り出してくれたけれど、ギャラリーから黄色い悲鳴があがった。
こらギャラリー、キスしているわけじゃないぞ!?
だからヨナも袖を引っ張るんじゃない。
「つかぬことをお伺いしますが、セーラさんは在学中になにかあったのですか? なにやら皆から距離をとられているように見えたのですが」
「ああ、知らないのか。それは────」
「そこで我が学園通信ですよっ!」
バサリと。私と会長さんの顔の間に学園通信が突っ込まれる。
マール先輩、空気が読めないというか、マイペースすぎるというか……。
受け取った学園通信は……一年くらい前のか。って、一面に!?
『ヒューイ・ペンゼル伯爵令息、処刑さる!』
処刑って、学園通信の紙面を飾っていい言葉じゃないでしょ?
それにこの名前って……。
『特にヒューイ様を亡くされてセーラ様が引き籠られた時など────』
ペンゼル家の侍女さんの言葉を思い出す。
ひょっとしなくてもヒューイって、セーラさんのお兄さんなのでは!?
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