第213話 魔法学園通信

 登場しただけで教室の空気をどんよりさせた先輩は、そんな空気を無視して教室を見回す。

「お」

「……あ」

 やばい。こっち見た。

 さりげなく視線を逸らせたけれど、先輩は楽しそうにこっちに────明らかに自分に向けて歩いてくる。おかっぱにした茶色い髪の両サイドで、フウチョウの飾り羽を思わせる髪飾りが、歩みに合わせてピョコピョコと揺れる。

「やあやあ、そこのフードをかぶったきみ~。きみが噂の転入生だね」

 マジか。マジで私をロックオンしてたのか。

 先輩が目の前に立つ。同時に教室の空気も変わった。

 ホッとした空気と、私を気の毒に思う空気だ。

 一年生は入学してまだ数日なはずだ。その数日でここまで嫌がられる先輩は何者なのか。

「っ!?」

 先輩は無遠慮に顔を覗き込んできて……固まった。やめろ、頬を赤くするんじゃない。

 仕方ない、完全にロックオンされてるんだ。用件がなにかは知らないけれど、早めに終わらせよう。

「どちら様でしょうか?」

「お、おおっと、これは失礼。予想外に可愛かったから見惚れてしまいましたよ。この私ともあろう者がね」

 あっはっはっと笑いながら一歩下がる先輩。動作がいちいち大袈裟というか、わざとらしいというか。

「自己紹介させてもらいましょう。私の名はマール。マール・シャメ。魔工科2ーB所属、そして学園通信の編集長です。以後よろしくね!」

「転入生のマイです。……よろしくです」

 テンション高く、バチーンとウィンクするマール先輩に反比例して、自分のテンションは下がっていく。多分、疲れる相手だ。

 色々と訊きたいことはあるけれど……。

「貴族の方なんですか?」

「ああ。遡れば建国の時から王家に仕える伯爵家だそうだけど、今の家長は父上です。別に私が偉いわけじゃないので敬語はいりませんよ」

 へえ……。貴族でありながら立場を誇らないとか珍しい人だなあ。

 少しだけ好感度が上がる。少しだけね。

 今はそれよりも。

「それで、私になにか御用ですか? さっき、噂がどうとか言いましたけれど……」

 そう。クラスで自己紹介しただけで、まだなにもやらかしてはいないんだ。なにも。

 え? ゴーレム凍らせただろうって? あ、あれは私がやったとバレていないはずだからノーカンだ、ノーカン。

 なのに噂になるとか、どこからどう……。

 その問いにマール先輩が、なにを当たり前な、みたいな笑顔を見せた。

 あ、これ、訊かない方がよかったかもしれないやつだ……。もう遅いけど。

「なにを言ってるんですかマイ君は。推薦状を貰って編入し、四つの属性を操る期待の新星じゃないですか。教員室でもその話で持ちきりでしたよっ!」


 ざわっ……。


 マール先輩の言葉に教室がざわつく。四属性の使い手なんて数えるくらいしかいないって話だもんね。そりゃざわつくよね。

 まあ、いずれわかることではあったけれど、こういう形で暴露されるとはなあ。

 ああ、視線が集中して痛い。あまり注目しないでほしい。

 これは間違っても全属性使えるのをバレるわけにはいかないな。

「……適性があるだけで、操れるわけじゃないですよ。だから学びに来たんです」

「適性があるだけ凄いんですよ! だから、そんな期待の新星にインタビューさせてくださいな!」

「インタビューって……」

「これですよ、これっ!」

 バサッと、どこからともなく取り出した紙束を押しつけられる。これは……新聞か? 上部に『魔法学園通信vol.36』とある。

 ……ん?

「小さく『学園非公認』って書かれてますが……」

「そうなんですよねえ。学園長も学生会もお墨付きをくれないのですよ。なにがいけないのでしょうか……」

 芝居がかってうなだれる先輩は置いておいて、ざっと学園通信なるものに目を通す。えーと?


『消えた触媒。地下で行われる怪しげな実験で使用!』

『学生会長と副会長。繰り返される密会!』

『彷徨う召喚獣の被害。ついに教員にまで!』


 やたらと『!』が多用された見出しが躍る紙面は、なぜか胡散臭さに満ちているなあ。

 ……いや、というか。よくよく見ればすべての見出しの最後に小さな字で『~か?』とか、『なのか?』と書かれているじゃないかっ。

 これは、あれか。某スポーツ新聞じゃないか!? 一面にUFOがどうとか書いてしまう、胡散臭いあの新聞!

 なるほど、学園が公認するはずもないわー。

 視線を上げると、メモ帳を手にした先輩が瞳をキラキラと輝かせて待っていた。

「それでインタビューなんだけど」

「お断りします」

「なにゆえ!? 私とマイ君の仲じゃないかっ」

「初対面ですよね!?」

「それではまず、出身はどこかね?」

「聞けよ!」

 漫才やってるんじゃないぞ。

 この先輩が避けられてる理由がわかった気がする。終始このテンションで、うっかり関わると胡散臭い新聞になにを書かれるかわからないとなれば、誰だって避けるよ。

「出身地は秘密……と」

「勝手に書かないでください。そんなだから公認されないんですよ」

 どうやって切り抜けようか……。

 と、そんな時、鐘が鳴った。授業が始まる合図だ。

「仕方ない、一時撤退です」

「永遠に撤退してください」

 教室を飛び出していく背中に声をかける。

 廊下から「マール・シャメ! 早く魔工科棟に戻りなさい!」と、お叱りの声が聞こえてきた。

 やれやれ、濃い先輩がいたものだなあ。


         ◆  ◆  ◆


 午前中は座学がメインだった。魔法に関する授業もあったけれど、計算や国の歴史なんかもあった。魔法だけ使えればいいというわけではないらしい。

 どうやら魔法の授業、というか実技は午後に行うようで、午前は地球の学校のように一般教養を学ぶようだ。そのあたりの勉強の流れというのは授業を受けながら覚えることになるだろうなあ。

 さて、今は昼。昼食の時間だ。

 学園には学食があって、数百人もの生徒が一度に食事ができるようになっているとか。地味に凄いな。

 商店街の店に行く者もいるようだけど、多くの学生は安い学食で済ませるらしい。

 まあ、一部の貴族様は寮に戻って侍女などに食事を作らせることもあるらしいんだけどね。

 で、私とヨナは中庭にいる。学食では奴隷に食事を出してくれなかったからだ。奴隷の食事は主の仕事ってことらしい。

 なので、【マイホーム】に作り置きしておいた肉たっぷりのサンドイッチを持ち出して、中庭のベンチでヨナとお食事タイムだ。

「マイ様、いいのですか?」

「いいのいいの。気にしない」

 中庭には他にも生徒の姿がある。どうやらお弁当持参らしい。寮で作れるのかな。

 ヨナが気にしているのは、彼ら彼女らの視線だ。

 どうやら彼らは、私がヨナと一緒にベンチに腰かけて食事をしているのが気になるらしい。顔だけ出した学食でも、奴隷は食事する主の背後に控えていたので、一緒に食事しているのが不思議なんだろう。

 いいの。私はヨナと一緒に食べたいんだから。中庭のベンチはまだ余裕があるんだし、ヨナを座らせても問題なしっ。

 サンドイッチを齧りながら、例の魔法学園通信を拡げる。

 結局、休み時間の度にマール先輩が襲来したため、昼になってもクラスメイトと満足なコミュニケーションをとれないでいたりする。なんて迷惑な先輩だ。

 その先輩が置いていった魔法学園通信に、なにか役に立つ情報でもないと割に合わないな、と思いつつ拡げてみたのだけれど……。

「見出しがわざとらしいですね」

「大半の記事はでたらめか、尾鰭をつけまくってるね、これは」

 ざっと斜め読みしてみたけれど、大半の記事は信ぴょう性が疑わしい内容であったり、未確認情報だったり、多分先輩の願望記事だったりしている。だけど、気になる記事がないわけでもなかった。


『消えた大海魔!? 討伐隊は無駄足か』

 王都から望む海。その沖に巨大な魔物が出現し、漁師たちが漁に出られずにいた事件は本学園通信で紹介し、皆の記憶に新しいところだろう。

 国は軍船二隻に騎士団、そしてハンターを乗せて、新年祭が終わると同時にその討伐に向かわせた。

 しかし、目撃情報があった海域には魔物の姿が確認できず、討伐隊は魔物を探して海原をさまよっているとの情報があった。

 一体、魔物はどこに消えてしまったのだろうか。新しい情報が入り次第、本紙で紹介していきます。



『魔物の襲来か? 闇夜に舞う怪しい影!』

 昨年末から王都の夜空を舞う謎の影が目撃されている。

 大型の夜鳥と言われているが、その正体は判明していない。

 実害が無いため目に見えて警戒はされていないが、我が魔法学園上空でも確認されている。正体がわからぬ以上、生徒諸君は警戒を怠らぬがよいだろう。


 特に二つ目の記事は依頼に関連している。マール先輩がどこまでこれに関する情報を持っているのか……。

「あら、ここにいたのね」

 記事に集中していたら、聞き覚えのある声が降ってきた。

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