第212話 登校初日
「制服、よく似合ってますよ」
「ありがとうございます」
翌日、私はヨナと一緒に再び学園長室にいた。今日から学園に通うのだから挨拶だ。
いやしかし、昨日は忙しかった。
必要な魔法書の購入は問題なし。
転入、入寮の手続きはまあ、手続きが面倒だったけれど、記入項目が多かっただけで特に問題は無かった。学費も一年分、まとめて入金しちゃったしね。まあまあいい金額だったけれど、推薦状があると割り引かれるそうなので、予想より出費は少ない。
問題だったのは制服だ。
学園に保管されている予備制服の中からサイズの合うものを探したのだけれど、これがまたてこずった。
品ぞろえが悪いわけじゃない。私が、背が低いのに胸が大きいのが原因なのだ。合うサイズが見当たらなかったわけで。
制服はちょっと独特な構造で、名前はなんて言ったっけ……。ああ、確かフロッキーオーバースカートコルセットとかいうデザインで、胸元まであるスカートが特徴なんだ。なので、胸のサイズとスカートの丈が合わないと着るのに苦労する。
悲しいかな、私は予想される女生徒の体型から外れていたわけだ。なので服飾関係者を呼んでサイズ調整にかなり時間をとられてしまった。私が忙しかったわけじゃないけれど、なにもせずに調整を待つだけなのは違う意味で大変だったな……。
【クリエイトイメージ】を使えば一発だったんだろうけど、人目があるところで使うわけにもいかなかったしね。
「あなたは魔法科1ーAに編入されます。担任はマリアさんです」
「魔法科1ーA担任のマリアです。顔合わせは昨日で済んでいますが、改めて」
学園長の隣に立っていたマリア先生が、相変わらずきっつい目つきで睨んできた。
いや、ひょっとしたら普通に見ているだけなのかもしれないけれど、睨まれているようにしか見えない。
昨日の商店街の人たちの反応からするに悪い人じゃないとは思うんだけど、目つきでいろいろと損をしていそうだなあ……などと余計な心配をしてしまう。
と、そんな時に学園長が気になることを口にした。
「我が校では基本、生徒に身分の差はありません。誰もが平等に学べる、それが本校のモットーですので、あなたもそのように」
「身分の差……ですか?」
「ええ。貴族も平民も、学生はみな平等です」
……本当かなあ?
本当だったら理想だけど、そも学費という壁があるのは事実だからなあ。誰もが学べるわけじゃない。
「それではマリアさん、あとはお願いしますよ」
「はい、学園長」
退室を促されたので、マリア先生に続いて学園長室をあとにする。そして、相変わらずスタスタを先に行ってしまう彼女を、廊下で待機していたヨナと一緒に追いかける。
奴隷は物扱いなので、寮に待機させておいてもいいし、授業に連れてきてもいいとのこと。なのでヨナも授業に参加させることにした。授業中、奴隷は教室の最後方で待機と定められているんだけど、それってタダで授業を受けられるわけじゃん。
もちろん、ノートをとったりはできないけれど、それが問題とは思わない。ヨナも魔法が使えるんだし、少しでも強くなれるんならお得だ。
「魔法科でよかったのですか?」
「はい?」
「昨日、錬金術ギルドの場所を聞いたでしょう。魔工化が希望ではないのですか?」
前を向いたままマリア先生が訊いてきた。
確かに錬金術ギルドの場所を聞いた。魔工科は錬金術ギルドの管轄だと聞いていたし、ずーっと仮登録のままになっていたから、いい加減に本登録しようと思って。
とはいえ、錬金術ギルドへの登録は【クリエイトイメージ 】でなにか創った時の言い訳というか、アリバイというかのために登録しときたいだけなんだよね。
マリア先生はそのあたりの事情を知らないから疑問なんだろうけど、説明できるわけもなく。
「魔法科で問題ないです」
「……そうですか」
「ところで、学園長が言ったことは本当ですか? 学生に身分の差は無い、と」
「……すぐにわかりますよ」
返答に間があった。
会ってそれほど時間は経っていないけれど、マリア先生は歯に衣着せぬ物言いをする人だと思う。その先生が明言を避けているだけで、もう答えな気がする。
想像だけど、創立当時の理念が残っているだけで形骸化しちゃってるんじゃなかろうか。
やだなあ。貴族に絡まれたくない。
「なにを気にしているか知りませんが、余計なことを考えずに勉学に励みなさい。……例え四つもの属性を操れるとしても、才能が無ければ宝の持ち腐れです。才能が無いと自覚したなら、すぐに退学することです」
激励というにはトゲのある言葉。
誰にでもこうなのかな。それとも私だけ……いや、今は考えまい。学園に通っていればわかるだろう。
教室は大学の講義室のように階段状になっていて、後ろの席が高い位置にある構造だった。
席についている生徒全員と、壁際に立つ奴隷たちの視線を一身に集めるのは、なかなか緊張するな。
お、女生徒は自分が創った制服と同じなのは知っていたけれど、男子生徒はブレザー風なのだな。
というか、一年生と言うには年齢の幅が広いな。明らかにおじさんとかいるぞ。
「皆より少し遅れましたが、新しい仲間を紹介します。挨拶なさい。……フードは外すように」
うげ。
まあ、マスクをかぶった生徒とかが許されるのは創作の世界だけだし、しょうがないか。少し騒がしくなるだろうけど。
「マイと言います。ハンターとして活動していましたが、縁あって本校に通うこととなりました。よろしくお願いします」
フードを下して挨拶すると、予想通り全員がざわついた。男子数人が顔を赤くしているのは多分気のせい。見なかった見なかった。
あ、ヨナも紹介したかったけれど、奴隷の紹介は不要と言われていたので断念せざるをえなかった。持ち物の紹介をするのか? と言われれば返す言葉もない。
挨拶を終えるやフードをかぶる。
教室のあちこちからヒソヒソ話が聞こえる。
「赤い目って、吸血鬼じゃないんですの?」
「あの顔、まさかペンゼル伯爵家の関係者?」
「奴隷を持っているのに貴族じゃないのか?」
「ヤベ……惚れた」
「胸でけぇ……」
内容も大体予想通りか。男子の反応もね……。
というか、これから一緒に学ぶとはいえ、下心丸出しで接してきませんように。ハンターの時みたいに、仕事と割り切ってる相手には普通に応対できるけれど、下心丸出しは身体が拒否しちゃうから。
「静かに。彼女は軽度のアルビノだそうです」
マリア先生の静かな一言。それだけで教室が静かになるあたり、生徒に恐れられているんだなあ。やはり怖い先生らしい。
その怖い先生は、ギロリをこっちを睨んできた。
『自分で説明しろ』
目がそう訴えていたように感じる。
なので一応、お手数をかけました、とだけ言っておく。
席は基本自由ということなので────多分、お気に入りの席がある生徒はいるんだろう────、空いていた一番前に座っておく。ヨナと近くにいられる一番後ろの席がいいんだけど、後ろの方は埋まっちゃってるのよね。みんな前の席は嫌なんだろうな。
私が席につくと、マリア先生は淡々と連絡事項を告げていく。昨日のゴーレム暴走についても口にしたけれど、どうやら起動手順の確認不足が原因だとされたようだ。慣れで手を抜くな、と厳しいお言葉をいただいたよ。
連絡事項を伝え終えるとマリア先生は教室を出て行った。
途端に教室内の空気が弛緩したのがわかる。やはり恐れられてるんだな、マリア先生。
「おっはよーございまーす! やあやあ、1ーAの生徒諸君、元気かねー?」
入口のドアをバーンと開けて、一人の女生徒が足取り軽く入室してきた。ん、胸の校章は二年生のものじゃないか。上級生が何用だ?
「うげっ」
どこからか聞こえてきた声。それに合わせてどんよりと澱む室内の空気。
あ、これ、関わっちゃいけないやつだ。
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