第211話 トラブル発生
アザリーさんに売った自分の服が魔法学園の制服になっていた。誰がそれを予想できるというのだ。
たまたま、アザリーさんに売ったデザインの服を着ていたので余計な疑惑をもたれてしまった。覚えていろよ、アザリーさん。
幸い、基にしたゲームの制服は二次元の嘘のせいで実用的でないデザインが目立つ。それを私は無理やり再現しているので機能美には欠けるのだ。機能的に改変された魔法学園の制服とは、よく見れば違う服だとわかる。
アザリーさんに買い取ってもらった服が量産され、それが魔法学園に売り込まれたのだろう。その可能性を含めて説明すると、少し時間はかかったけれど、目の前の女性は追及をやめてくれた。
納得したからじゃない、時間がもったいなかったからだ。
「後ろの者は?」
「あ、私の奴隷です。一人なら問題ないですよね?」
ペコリと頭を下げるヨナを見て「一般人が奴隷を連れているなんて……」などと口の中でもごもご言っていた女性だけれど、ヨナについてなにかを言うことはなかった。
「では、まずは試験を受けてもらいます。予定時間を大幅に過ぎています、ついてきなさい」
私のせいじゃないよねえ。
女性を追って、ようやく魔法学園に足を踏み入れる。
背後から二体のゴーレムに睨まれているようで、なんだか落ち着かない。
「パスを持っている限りは大丈夫です。あと、説明の必要はないでしょうが、犯罪行為は慎むことです。ゴーレムと追いかけっこをしたいのならば止めませんが」
「犯罪を働きにきたわけじゃないです」
なにが悲しくてゴーレムと戦わねばならないのか。
ちらりとゴーレムを振り返り、すぐに女性のあとを追った。
「……広いなあ」
「広いですねえ」
最初の感想はそれだ。建物で左右は見えないけれど、まっすぐ続く通りはかなり遠くまであるみたいだ。小さな町くらいはあるな。
西の門から入って最初に目に入ったのは、道の両脇に並ぶ様々な店だった。雑貨屋、飲食店、食料品店に……お、商業ギルドの看板まで。学園から出ずに生活できるってのは大袈裟じゃなかったんだな。
「よお、先生。いい酒が入ったよ」
「頼まれていた化粧品、入りましたよ。寮まで届けましょうか」
まるで商店街のようなそこを歩いていると、店先の人たちが次々と声をかける。みたいじゃなくて商店街だわ、これ。
そんな声に「のちほど」とか「そのように」とか短く応えながら、ずんずんと彼女は進んでいく。ついてこれなければ置いていく、と背中が語っている。なんて人だ。
彼女を追って、所々水たまりが残る通りを進む。【オートマッピング】に描きこまれていく地図が少しずつ広がっていく。ふむ、通りに面した店以外の建物も多いなあ。
やがて商店街を抜けると十字路に出た。突き当りには柵に囲まれたなにかがあるようだけれど、あいにくと【オートマッピング】の描写外だ。なにがあるんだろうな。
右、つまり南側には丘の上から見えたコロシアムのような巨大な建造物が。……う~ん? 遠目じゃわからないけれど、外壁は岩とか煉瓦じゃなそうだなあ。なんかツルツルしてる。
先導の女性────商店街でかけられた声からすると先生らしい────は左に曲がった。左、つまり北には巨大な校舎らしき建物と、校舎を囲むように四方に建てられた塔が見えた。
「でっかい」
「高いですねえ」
いかにも異世界って感じの塔は直径も大きく高い。窓の数からして十五階くらいかな。なんかワクワクする。
少し離れたところにはグラウンドのような空地があって、体操着だろうか、動きやすい服の学生らしき人たちが一列になって走っている。塔が無ければ普通に学校に見えるんだけどなあ。
「校舎と塔は、あとから建てたのかな」
「よく見ていますね。その通りです」
明らかに背後のコロシアムっぽい建築物と、前方の校舎と塔は素材が違う。コロシアムは素材が不明だけど、校舎や塔はこの世界じゃ一般的な石材作りに見える。だから校舎の方が後からだと思ったんだけど、独り言に反応した彼女の言葉から正解だったらしい。
「正式に入学が決まれば説明もあります」
前を向いたまま告げて、彼女は足を速めた。余計なことは訊くなってことね。
そんな時だった。
「マイ様、あれ」
「ん? おお、さっきのゴーレムかな?」
グラウンドとは通りを挟んで反対側。倉庫のような建物が並んでいて、そこに門で見たゴーレムと同じような鎧が片膝をついて待機しているのが見えた。鎧の周囲を学生らしい者たちが忙しく歩き回っている。
と、そのゴーレムが立ち上がって動き出した。歓声があがる。
「うわ~~~~っ!」
……いや、歓声じゃないな、これ。悲鳴だ!
不運にもゴーレムの足元にいた生徒を蹴り飛ばし、ゴーレムは駆けだした。……こっちに向かって。
「誰か止めてくれーっ!」
「え、暴走?」
「くっ。命令を入力する前に誰が起動していいと教えたのですかっ! 離れていないさいっ」
魔法の準備をしながら、彼女が私たちを追い払うように手を振る。犬じゃないんだから……。
とはいえ、トラブルはごめんだ。ヨナと一緒に数歩、通りを戻る。ん? ……ゴーレムが進路を変えた?
「…………」
数歩下がる。……ゴーレムが進路を変える。
数歩下がる。……ゴーレムが進路を変える。
「え。私を狙ってる?」
「入場許可プレートを認識していないというのですかっ!?」
慌てて彼女が私たちを守るように前に立つ。キツイ物言いをする人だけど、受験者のために身体を張れる人なんだな。
「私が足止めします。あなたたちは走って外に出なさい」
む。教師らしい彼女ですら足止めするのが精一杯な強さなのか、ゴーレム。
いやまあ、一人の魔法使いに破壊されちゃうようなゴーレムは意味ないけどさ。
グラウンドにいた生徒たちも騒ぎに気づき、何人かがこちらに向かってきているけれどまだ遠い。
仕方ない、受験生は先生の言うことを聞いておきますか。
「大地の枷よ、我が意に従い目前の脅威を捕らえてみせよっ!」
ヨナと一緒に駆けだすと、背後で彼女の詠唱が聞こえた。ちらっと見てみると、おお、土が意思あるようにゴーレムの足に絡みつき、その動きを封じようとしている。
「くうっ!」
「あっ!?」
走るゴーレムの勢いが勝ってしまった!
まとわりつく土を蹴り砕き、ゴーレムはそのまま駆け抜ける。目標は私だ。
マズイな、これは。足で負ける気はしないけれど、走り回れば被害が増えるだけだろう。となれば……。
「目立ちたくないんだけどなあ」
「その割に楽しそうですよ」
「ソンナコトナイヨ」
ヨナと話している間にもゴーレムは距離を詰めてくる。しょうがない、やるか。
「水!」
【クリエイトイメージ】発動! 対象は濡れている地面や水たまり。集めた水をゴーレムの頭上に出現させ、落とす。
「氷!」
バシャアアアアッ! とゴーレムが水を被った瞬間、その水を一気に凍らせる。一瞬でゴーレムが凍りついた。
ギ、ギ、ギ……と。ゴーレムはまだ動こうとする。だけど関節が凍っていて完全に動きが止まった。ふう、なんとかなったか。
大騒ぎになったけどね。
◆ ◆ ◆
「ようこそ、マイ。私が学園長のフォルマです」
初老の女性が柔らかく微笑んで、入室した私を出迎えくれた。
ゴーレム騒動で予定がさらに遅れたけれど、試験は危なげなくクリアした、と思う。
本来、試験は地球と同じように一限目は○○、二限目は●●、みたいにやるそうなんだけど、私だけだったので全教科がまとめてやってきた。その分時間が長かったけれど、どれから手をつけるか悩んだなあ。
文法や計算は問題なかったけれど、歴史が少しだけ危なかったかもしれない。ケイモン・ハンターズギルドの資料室で本を読みまくっていなかったら答えられなかった問題も多かった。
案内してくれた彼女がずーっと監視してくれていたので緊張感が凄かったし、目の前で採点されるのは非常に落ち着かなかった。
だけどこうして面接を許されたんだ、試験の結果は問題なかったはずだ。採点しながら変なものを見るような目で見られたこともあるけれど、理由は訊かない方がいいだろう。怖いし。
「推薦状は拝見しました。先のゴーレム騒動での活躍も聞いておりますよ」
楽しそうに笑う学園長を前に、自分は苦笑するしかなかった。
他の生徒たちとの距離があったこともあり、ゴーレムを凍らせたのが私だとは知られていないようだった。あのまま走って逃げるふりを続けたし、誰がやったかより、どうしてゴーレムが暴走したのかに注目がいくように、案内の彼女が振る舞ったからだ。
つまり、案内してくれた彼女にはバレていたわけで。だから教師には連絡がいってるんだろう。早々に注目されるのは嫌だなあ。
まあ、ひとついいことがあったとすれば、実技の試験が免除されたことかな。さすがにゴーレムを凍りつかせたとなれば実力は十分だと判断してくれたらしい。
……すみません、魔法じゃないんです、あれ。
そうと言い出すこともできず、今に至っているわけだ。
「あなたは、ここでなにを学びたいのかしら」
「私は……幸いにも魔法の才能に恵まれましたが、魔法の基礎や応用はなにもわかりません。完全な我流でしたから、基礎から学びたいと思います」
「ハンターとして活動していたのですね。当学園に通うとなったら、ハンターの仕事は間はどうするのかしら?」
「学業に差し障るので依頼は受けません」
学園長の質問に考えながら答えていく。魔法を基礎から学びたいというのは嘘じゃないけれど、どこに嘘発見の水晶球があるかわかんないからね。無いとは思うんだけど。
学園長のまとう空気は柔らかい。隣に立つキッツイ彼女の空気をなんとか中和してくれている気がする。あくまでするだけだけど。
だけど、たまーに鋭い質問が飛んでくるから、その空気に油断してると大変だ。
ヨナを奴隷にした経緯とか質問された時は微妙に説明に困った。馬鹿正直に妖狐を倒したお礼、なんて説明できるはずもない。
そんなこんなで質問をいなし続けて、どれくらい経っただろうか。学園長と先生が顔を見合わせて頷き合った。
「マイ、あなたを我が校の学生として歓迎します。立派な魔法使いを目指して頑張ってください」
「これから、よろしくお願いします」
ふう。どうやら面接も無事に終えられたみたいだ。
まあ、よほど不真面目な態度でなければ落ちることはないと思っていたけれど、地球とは基準が違うだろうからね。どこで地雷を踏み抜くかわからなかったから緊張した。
「……ふふっ。しかし四属性を操れる生徒とか。今後が楽しみですね。さて、あとはマリア先生に任せます」
きっつい目の先生の名はマリアというのか。聖母みたいな名前だけど、その立ち振る舞いは聖母というより戦乙女だよねえ。まあ、地球基準だけど。
とにかく。面接は終わった。入学も決まった。あとは準備だ。
学園長室を後にしてマリア先生についていく。
「急ではありますが、明日早朝、鐘四つまでに寮に荷物を運んでもらいます。持ち込む物は念のため検査がありますので、ご禁制の物は持ち込まないように」
「寮はどこですか?」
「学園を取り囲む塔ですよ。あなたは赤竜寮になります」
塔が寮!?
ちょっと、いや、かなーり予想外だったよ。塔はなにかの研究をしているものだとばかり思ってたわ。
ちなみに聞けば、北の塔が黒竜寮。東の塔が青竜寮。南の塔が赤竜寮。西の塔が白竜寮と、それぞれ竜の名前がついているそうだ。なんて立派な。
「今日はこのまま制服の採寸と入学手続きを行ってもらいます。明日から学んでいただきますからね」
そう言ってスタスタを歩を速めるマリア先生を慌てて追いかける。
というか、明日からもう登校かっ。
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