第210話 いざ魔法学園
んー、予想外の展開になったなあ。
魔法学園に通って魔法の効率的な使い方や、新しい魔法を学ぼうと思っていただけなのに、まさか吸血鬼崇拝者がいるかどうか探ってくれとは。しかし吸血鬼崇拝ねえ。そんなのいるのね。
「アンシャルさんは吸血鬼崇拝者は知ってたんです?」
「聖職者は基礎知識として邪教や吸血鬼崇拝について学びますから、存在は知っていました。実際に会うことはなかったですけれども」
なるほど、それもそうか。聖職者としたら敵対する信仰について調べないわけがないものね。
宿はとったものの、料理の準備がしたかったので今は【マイホーム】にいる。下ごしらえが済んだ肉の塊を持ち、話しながら【マイホーム】の中庭に。中庭の片隅に氷室が用意してあって、そこに肉を一晩寝かせるためだ。倉庫だと時間が止まってしまって熟成ができないんだよねえ。だから常に精霊がいて時間が流れる中庭を利用するのだ。
ちなみにこの肉はヨナのためのご馳走だ。さっきの店で出た鹿肉の腿の輪切り、あれと似た料理が地球にもあったのを思い出して再現しようとしてる。うまくいってくれよお。
「あ、マイ様ー! 来てくださいーっ」
と、肉を氷室に入れたところでヨナの声が。見ると、ドリアードの樹の下でブンブンと手を振っている。すぐ隣でドリアードが小さく手招きしている。はて。
橋を渡り、輝く精霊樹の横を通って近づくと、すぐに理由がわかった。フェアロレーテだ。
「おお。しばらく来てなかったから気づかなかったけれど、ずいぶんと増えたね」
ドリアードと知り合うキッカケとなったフェアロレーテの花。あの時は数本だったけれど、一年で一気に数を増やしたなあ。まだ蕾で固いけれど、数で言えば小さな花畑だぞ、これ。種が全部発芽してるんじゃないか?
『我ら精霊が管理し、精霊樹の恩恵も受けているのだ。増えるに決まっておろう』
ドリアードが胸を張る。うん、もっともだ。この環境下で増えないはずがない。川にも魚や水生昆虫とか増えてるしね。増えすぎても困るけど……。
「ドリアードさんの恩人の、エルフさんに見せてあげたいですね」
「縁があれば見せられるんじゃない? 言付けしてあるしさ」
愛おしげにフェアロレーテの蕾をツンツンしているヨナに答える。旅の途中だっていうし、人間とは時間の感覚が違うエルフだ。会えるかどうかは運だろうなあ。
◆ ◆ ◆
当たり前だけど、推薦状があるからといって、すぐに入学とはならない。魔法学園に推薦状を受けた旨を告げると、面接と簡単な試験の準備が必要とかで二日ほど待たされた。学園も新入生を迎えたばかりで忙しいだろうから、私ひとりのために時間をとるのが後回しになってもしょうがないよね。
その間に私の誕生日が来たので、ヨナとアンシャルさんが祝ってくれた。ハッピーバースデートゥーミー。これで私も十三歳。
この世界に転生して一年半かー。濃ゆい一年半だったなあ。のんびりと生活したかったけれど、吸血姫となってしまってはそれも叶わぬ願いか。
あ、アンシャルさんは来月が誕生日だそうだ。ヨナと同じ月とは、一緒にお祝いしてあげないといけないね。まあ、会うことができれば、なんだけど。
「それでは、私たちはアマス様の教会に向かいますね」
「はい。クロをお願いしますね。『クロ、アンシャルさんの言うことをちゃんと聞くんだよ?』」
『わかってるニャー』
クロは私の使い魔だけれど、やはり伝説上の魔物を連れているとなると大騒ぎになるので、残念ながら別行動だ。形だけとはいえクロまで奴隷にしたくなかったし、そもそも奴隷を何人も連れて行ったらそれはそれで目立ってしょうがない。
そこで、申し訳ないけれどアンシャルさんに任せることにした。アンシャルさんは魔法学園に入る理由がないので、王都の教会に住み込みで仕事を手伝うことになっている。
コミュニケーションに不安がないわけじゃないけれど、アンシャルさんはサイサリアからずっとクロに共通語を教えようとしてくれていたので、身振り手振りも加えればそこそこクロと会話ができるようになっていた。
「教会で小さな子供に言葉を教えていた経験が活きました」
そう言ってアンシャルさんは笑った。
ちなみに、ヨナが変に対抗心を燃やしてクロとコミュニケーションをとろうと奮戦したのは別の話。
さて、お話ししていないで行きますか。
ヨナを連れて賑わう大通りを東に向かう。昨夜のうちに雨が降ったようで石畳もしっとり濡れている。まあ、昼には乾くだろうけど。
突き当たりに見えてくるのが東の城門……ではなく魔法学園へと続く巨大な門だ。
もっとも、この門が開くことは秋の魔法大会を含めれば年に数回しかないらしい。通常、人の往来は脇にある小さな扉で事足りるとか。で、その扉の横に窓口があって守衛が常駐している。そこに来訪の目的を伝えると、守衛が魔法学園に確認をとってくれる。
「許可が出た。通っていいぞ」
待つことしばし。許可と同時に二枚のプレートを渡される。どうやら私とヨナの分のようだけど?
「これは?」
「入場許可のプレートだ。それを持っていないと大変な目に遭うから注意するように」
なんだか物騒だな。
そうこうするうちに扉の鍵が開いて通れるようになった。
扉をくぐると、奥にまた扉。二重扉なのか、厳重だな。
二つ目の扉をくぐってようやく魔法学園の敷地に入ると、最初に目に飛び込んできたのは……扉を挟むように立つ巨大な二体の鎧だった。
「でかっ!?」
「な、なんですかこれっ」
「警備用のゴーレムですよ」
あ、ゴーレムに気をとられて気づくのが遅れたけれど、一人の女性がいた。
陽光を思わせる金髪を短くカットした、キツイ目をした女性だ。フレームの太い丸眼鏡をしているけれど、まったく視線が和らいでいない。睨まれているというより、生まれつき目つきがこうなのかもしれない。
背はけっこう高い。まあ、魔法学園に通うような人は誰でも私より高いんだろうけど。
……んー、でも、背があまり伸びていないのは事実なんだよなあ。今じゃヨナの方が自分より少し高いくらいだ。これじゃ主としての威厳が……いやまあ、最初からそんなもの無かったかもしれないけどさ。
女性は白の前開きのシャツのような服を身に着け、下は膝までの黒いスカートだ。その上から金糸で刺繡がされたローブを羽織っている。耳には赤い宝石のついたイヤリングが光っていた。
「あなたが推薦状を受け取ったという、マイですか」
「はい。よろしくお願いします」
そう答えて推薦状を差し出す。女性は中を確認して、それを懐に収めた。
「…………」
「…………」
な、なんか見られて、いや、睨まれてる? 眉間にシワが寄って、どんどん難しい表情になってるんですけど、えっと?
「顔を見せなさい」
「……ああ」
まあ、そうか。生徒の顔がわからないってのは問題だろうし。ただ、説明は必要だろうけどなあ。
フードを下ろすと女性が驚きで目を見張ったのがわかる。そこに畳み掛けないと。
「日射しに弱いので、フード戻していいでしょうか」
「え? ……え、ええ。アルビノでしたか、失礼したわ」
おっと、説明がいらなかった。アルビノについての知識はあったようだ。助かる。
嘘発見の水晶みたいなのがないとも限らないからなあ、説明しなくても理解という勘違いをしてくれるのは助かる。
「同じ顔……」
小声で呟いたのはセーラさんと比べたんだろうけど。
と、女性は背筋を伸ばして咳払いをひとつ。そして表情を改めた。立ち直りは早いらしい。
「……どこで手に入れたかは知りませんが、転入前に我が学園の制服を着るのは関心しませんね」
「……は?」
「推薦があるとはいえ、テストや面接の結果によっては転入は許可されません。制服を着ていれば入れるとでも思ってのことですか?」
「ちょ、ちょっと待ってください。制服? この服がですか?」
転生前、学園ものゲームの変わった制服を元に何種類か私服を創ったけれど、どれもこの世界のデザインにはなかったものだ。それが魔法学園の制服とか、一体なにが……。
『すぐにわかるさ。ふふっ、マイが魔法学園に通えるのは私のお陰だな』
アザリーさんかあっ!
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