第209話 吸血鬼崇拝

 食事を終えて、私たちはハンターズギルドに向かっていた。声をかけてきた先輩ハンター曰く、他人に仕事の内容を聞かれたくないとのこと。

 ちなみに先輩たちは六人パーティーで、全員がBランクと聞いて腰が抜けるかと思った。そんな高いランクのハンターは今まで接点が無かったからねえ。

 アザリーさんたちとは店で別れた。しばらく王都にいるようなので、いつでも遊びに来いと言ってたなあ。

 店を持たないアザリーさんは商業ギルドで間借りしているとのこと。まあ、なにか欲しいものがあったら頼ってもいいだろうか。

 あ、海の魔物のことを聞くのを忘れてた。まあ、あとで先輩ハンターさんに訊けばいいかな。

 それはそれとして。

「あの、話は長くなりそうですか?」

「君が手伝ってくれるとなれば、それなりに長くなるだろうな」

「じゃあ、少し待っててください」

 そう告げて屋台に足を向けた。

 さすが王都。夜も更けてきたというのに人の往来は途切れず、屋台も遅くまでやっている。焼きたてのでっかい串焼きを五本ほど買って、ヨナに渡した。

「ご馳走はまた作ってあげるから、今はこれで我慢してね」

「はい、楽しみにしてます」

 串焼きにかぶりつくヨナの頭をなでなで。ずっとお腹を空かせていたヨナを、これ以上我慢させるわけにもいかないからね。

 あ、ちなみに。店のメインディッシュは鹿の腿肉の輪切りが出てきて驚いた。大きさもさることながら、表面はパリッと、中はジューシーでとても美味しかった。う~ん、あれは再現できるだろうか。

 まあ、それは後にして。改めてハンターズギルドに……え、先輩がた、なんですかその微妙な目は。

「いや、なんというか……。主従というより姉妹みたいだな、と」

「本当に。こんな微笑ましい主従関係は初めて見るかも」

 先輩たちは私とヨナのやりとりを見て戸惑い、ホッコリしたらしい。まあ、今さらヨナとの関係を厳格にできないし、これでいいよね。誰に迷惑をかけるでなし。

 そうこうするうちにハンターズギルドに到着。三階建ての要塞のような建物だ。ケイモンのギルドとは規模が違う。

 中も当然広く、カウンターの数も多い。しかも依頼人用のカウンターと、ハンター用のカウンターに分けてあるのは当然として、ランクごとにカウンターがあるようだ。ケイモンだとCランク以上のカウンターとDランク以下のカウンターにしか分かれてなかったのに。やはり規模に比例してハンターの数も、そして依頼も多いんだなあ。

 先輩は個室を借りた。秘密の話をする時に使用される部屋だそうだ。

 室内には大きなテーブルがあって、一度に十人は座れそうだ。私たちは先輩たちと対面で席についた。

「まずは自己紹介させてもらおう。Bランクハンターのパーティー【火竜の爪】だ。俺はリーダーを務めさせてもらっているゲイルだ」

 ゲイルに続いて全員が自己紹介をしてくれた。男性四名、女性二名。戦士二、盗賊一、弓兵一、魔法使い一、神官一と、バランスもよさそうだ。

 しかし、全員Bランクかあ。まさかそんな人たちから声をかけられるとはね。内容が気になるな。

 私たちも自己紹介して────私の外見に身構えられたけれど、アルビノだと説明すればなんとか納得してくれた────、さっそく本題に入った。

「最初に。こちらのお願いを聞く、聞かないは君たちの意思に委ねるが、ここで話したことは他言無用だ。いいかい?」

 緊張しつつ私たちは頷く。一体、どういう話をされるんだろう。

「突然だが、君たちは吸血鬼崇拝を知っているかい?」

 ……え゛?

 初めて聞く言葉、だけど物騒極まりない意味だと気づいて変な声が出かかった。

 唯一、アンシャルさんだけが「耳にしたことが……」と口にした。

「吸血鬼崇拝とは、かつてこの世界を支配した吸血鬼を、文字通り崇める思想のことだ。それがどれほど危険なことか、わかってもらえるとは思う」

「ええ、まあ。だけど、そんな人たちがいるんですか? 吸血鬼が世界を支配していた時、人間たちは家畜に近い扱いをされていたって本で読みましたが」

 ケイモンの資料室で本を読みまくっていたから、吸血鬼が支配していた時代の情報も一通り目を通している。

 しかし、魔王崇拝とかの邪教はファンタジーの定番だけど、この世界にもあったんだな。

 とはいえ、家畜扱いされるとわかっていて崇拝するのか? まあ、本に記されている内容に、人間側のフィルターがかかっている可能性はあるかもしれないけど、太陽が隠された暗黒の時代だって話だよ。それがいいの?

 え? 私? ま、まあ、太陽の光は苦手だけど、だからって吸血鬼のしもべにはなりたくないな。そりゃあ、実際の吸血鬼に会ったことはないけど、人間の敵なんでしょ? 人間と敵対はしたくないなあ。

 私の問いに、ゲイルは嘆息した。

「色々な者がいるということさ。人生に絶望して自棄になった者。自らの不幸を世の中のせいにして、すべてを壊そうとする者。力を欲する者……」

 あ、ちょっと耳が痛い。山賊どもへの怒りから吸血姫にされてしまった身としては、ね。もし来たのが吸血鬼だった場合を考えると他人事じゃないな。そうだ、怒りから自身を見失い、吸血鬼崇拝に陥る人がいないとも限らないな。

 しかし、そうなると……。

「お話は吸血鬼崇拝者関係ですか?」

「ああ、そうなる。実は表沙汰になっていないが、新年祭の陰で吸血鬼崇拝者たちが大規模な破壊活動を行うつもりだったんだ。大量の血を流して吸血鬼に捧げるつもりだったようだ。事前に阻止したけれどね」

 うわあ。ただでさえ人が増える祭りの最中にテロを実行するつもりだったのか。惨事が回避できてよかった。だけど、これで終わるなら私たちに声はかけてこないよねえ。

「もしかして、残党でもいるんですか?」

「実は新年祭の前後から、夜空を舞う怪しい人影が目撃されていてね。それに連動するような吸血鬼崇拝者の暗躍……。その人影が吸血鬼である可能性は高いと国もギルドも判断している。

 昨夜も目撃されているから、吸血鬼崇拝者の残党がまだ潜んでいる可能性は高い。だから俺たちハンターと騎士団が協力して極秘裏に調査を進めているんだが……一カ所だけ、調査に入れない場所がある」

「まさか、魔法学園ですか?」

 魔法学園は王都内の自治区のようなもので、学園内の治安維持は学生が担っていると聞いている。

 そして、私がハンターで、魔法学園に入学すると聞いて声をかけてきたことからするに、そういうことなんだろうけれど……。

 私の言葉に、ゲイルは重々しく頷く。マジかー。

「あそこは教員と学生以外はなかなか入れない。秋にある魔法大会の際には一般開放されるが、その時に事件が起きたら手遅れなんだ」

「魔法学園に吸血鬼崇拝者がいると?」

「いや、確証はない。ただ、例の人影を何度か魔法学園の近くで見失っている。だから中の情報が欲しい。君にお願いしたいのは、学生として生活しながら、学園内部の情報を集めてほしいということなんだ。これは正式な依頼になる」

「それはマイさんにとっても悪くない条件ですね」

 ここでアンシャルさんが口を挟んできた。目だけで先を促すと。

「魔法学園に通う間はハンターとしての依頼は受けられません。依頼と学園生活を両立できるのは大きいですよ」

 あー、それもそうか。確かハンターは依頼を受けずに一定期間過ぎるとペナルティがあったっけ。この依頼を受ければ、ハンター活動の一時休止申請しなくてもいいわけだ。学園に通うことが依頼なんだから。

「間諜のような仕事はできませんよ?」

「構わない。学生の噂話でもいいので、気になる情報があったら教えてほしい」

「わかりました。やってみましょう」

 その後、連絡方法などを話し合った。

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