第208話 延期……。

「それじゃ、再会を祝して」


 カンパーイ。


 アザリーさんの音頭で乾杯。

 テーブルには人数分のパンにサラダしかないけれど、コース料理のように出来上がり次第運ばれてくるようだ。

 うん、パンは柔らかい。ナッツ類が混ぜ込まれていて香ばしく、なにもつけなくても十分に美味しい。サラダは冬を越した野菜が中心で、おかげでかなり甘みがある。オリーブオイルのような香りのある油をかけて食べるんだけど、さてこの油はなんだろう。あとで聞いてみようかな。

 あと驚いたのは、飲み物が豊富なことか。各種果物を搾ったジュースを見たのは今日が初めてだわ。今まで水かミルクくらいだったもんなあ。まあ、アザリーさんはお酒一択だけどね。それもかなりキツめのやつだ。

 食事を進めながら、まずはアンシャルさんとクロを紹介する。

「へえ、マイが恩人ねえ」

「ええ、マイさんが助けてくれなければ、私は女性として死んでいたところです。だからお礼に力になりたくて」

 さすがにアンシャルさんは心得たもので、私に同行する理由を誤魔化しつつ説明してくれる。ありがたい。まあ、アマスの大司教から見張るよう命じられました、なんて言えないもんね。

 クロに関しては完全に創作。迷子の獣人で、旅の途中で出会って懐かれたことにする。本人がニャーしか言わないからボロが出ることもないだろう。

 エマさんはクロを見つめて、だらしない顔をしている。だけど目が合うとクロが威嚇するので、ははは、しょんぼりしているよ。

 救いを求めるようにヨナを見るけれど、ヨナもさりげなく距離をとるもんだから、美味しい料理があるのにエマさんはさらに落ち込む。自業自得とはいえ、哀愁漂うなあ。

「そういえばぁ、ハンターのお仕事は順調? ランク上がった?」

「あ、はい。お陰さまでDランクに」

「へぇ~、D……D!?」

「はあっ!? もうDランクだあ!?」

「ええ、まあ……」

「え……もう追いつかれたの、私たち……」

 フラウさんの問いに、よく考えずに答えたらエマさんとフラウさんが愕然としていた。

 しまった、私の昇格はかなり異常な速度だったのを忘れてた。だけど、依頼とか受けたらいずれバレるしなあ。

 でも、そうか。二人はDランクだったのか。一年ちょっとで追いつかれたら、そりゃショックだよねえ。なんかごめんなさい。

「「一体、なにをどうやったらそんな早く昇格できるの!?」」

「あ、あー……。なんか、まったく偶然に、ピンポイントに重要な仕事をしちゃった結果と言いますか……」

「「詳しく!」」

 ええ~……。

 エマさんとフラウさんがステレオ状態で圧をかけてくる。わ、わかった。話すから少し落ち着いてくださいっ。

 まあ、そんなわけで。吸血鬼の城の調査とか、ケイモンから帰る途中に瘴気汚染された悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーを倒したことなどを話すことに。

 私の予想以上の活躍に、エマさんとフラウさんは絶句していた。

 お、話している間にスープが来た。

「……変わった味だ」

「なんか、海のものが入ってるらしいぞ」

 ああ、それで。しかしこれは、和洋折衷というか、ひょっとしたら昆布のような海藻で出汁をとってないだろうか。

 う~ん、聞いても教えてくれないだろうし、機会があれば市場を見てみようかな。

「そういえばマイ、親戚には会えたのか?」

「ほえ?」

 スープから市場調査に意識を飛ばしていたら、アザリーさんから質問が。はて、親戚……?

 ……あ! ああっ! そうだ、王都の親戚に会いに行くって設定だったわっ! いかん、忘れてた。

「あ、あー。王都には親戚を頼って来たわけじゃなくてですね。色々あって、魔法学園に入ることになったんです」

「魔法学園に? いや、王都は初めてなんだろ、試験はどうした。それに、すでに入学式は終わってるはずだが」

「あー、実は色々あって推薦状をもらってしまって。あと、先月のうちに王都に入りたかったんですけど、ペンゼル領に続く海沿いの橋が封鎖されてて遠回りに」

「推薦状って……」

 ああ、フラウさんがまたショック受けてる。

「ああ、橋の封鎖……そんなことがあったな。入荷が遅れて頭を悩ましていた同業者がいたよ。新年祭の直前だったからなあ……」

 アザリーさんがどこか遠くを見た。そうか、タイミング的に大問題だったんだな、あの一件。

 と、遠くを見ているアザリーさんに代わって、フラウさんが口を開いた。

「魔法学園といえば、私、学費の関係で断念したのよね。マイちゃんは学費、大丈夫なの?」

「大丈夫だろ。私からデザイン料がたんまり振り込まれているはずだしな」

 答えたのはアザリーさん。遠くを見ていたんじゃなかったんですか? あ、というか。

「確かに振り込まれてましたけど。そういえば、あのデザインの服はどこに売れたんですか? 結構な数が売れた額だと思うんですが」

 格安で契約させてもらったけれど、少なくとも数百単位で売れている額が振り込まれている。どこにそれだけ売れたんだろうか。珍しいデザインだとは思うけれど、少なくとも社交界などで着れるような服じゃないんだけどな。

 私の問いに、アザリーさんはニヤリと笑った。

「すぐにわかるさ。ふふっ、マイが魔法学園に通えるのは私のお陰だな」

「他の収入源もありますけどね。お陰でヨナを奴隷から解放できそうです」

 確かにアザリーさんからのデザイン料もあるけれど、板バネの収入もあるのよね。まあ、それは言わないけれど。

 だけど、私の言葉の予想外なところにアザリーさんは反応した。

「ヨナを奴隷から解放するのか?」

「ええ。そのための金も貯まりましたから。それがなにか?」

「あー、いや……。推薦状をもらったのはマイだけなんだろ。それだとヨナは学園には入れないぞ」

 ……ああっ!?

 い、言われてみればそうだ。推薦状をもらったのは私だけ。推薦状もなく、今年の試験も受けていないヨナは魔法学園に通えないじゃないか!

 思わず振り返れば、ヨナも顔色を無くしている。

「マ、マイ様……ど、どどど、どうしましょう」

「お、おお落ち着くんだヨナ。な、なにか方法があるはず……」

 お前が落ち着け?

 わかってるよっ!

 しかしどうしよう。当たり前のようにヨナと通えると思っていただけにショックが大きい。うまく頭が回らないぃ。

「アザリー様もいじわるですね。見ていないで教えてさしあげればよろしいのに」

「いやー、いつも落ち着いてたマイがここまで動揺するとは思わなくてね。ちょっと楽しんでしまった」

 動揺する私とヨナを見たアンシャルさんがアザリーさんに言う。

 え、なにか方法があるんですか? 教えてっ!

 視線で訴えると、アザリーさんが少し困ったような顔で答えてくれた。

「マイが早くヨナを奴隷から解放したいのはわかるが、一緒に魔法学園に通いたいなら奴隷のままにしておけばいい」

「え? どういうことです?」

「わからないか? 奴隷は主の所有物。つまり、物だ。一人くらい同行させるのは可能だ。実際、身の回りの世話をさせるために奴隷を連れている貴族の学生もいる。まあ、貴族によっては無理を通して侍女を寮に住まわせる者もいるらしいがね」

 その言葉に思わずヨナと顔を見合わせる。奴隷は物……それはそうなんだけどさ。奴隷解放目前で、それを断念しなきゃいけないなんて……。

「マイ様、私は構いません」

「ヨナ……」

「解放されるのが先延ばしになるだけです。それなら、マイ様と一緒に学園に行きたいです」

 あー、もう、本当にこの子は。

 まあ、私も一人で学園に通うとなると、正直寂しい。ヨナがこう言ってくれるのが素直に嬉しいな。

 複雑だけど、今回はお言葉に甘えようか。

「……わかった。奴隷からの解放は、もう少し待ってね」

「はいっ♪」

 嬉しそうなヨナを見ているとこっちも嬉しくなる。

 つい二人でホッコリしていると、咳払いが聞こえた。アンシャルさんだった。

「……私もマイさんの奴隷にしてもらおうかしら」

「はあっ!? なに言い出すんですか!」

「だって……私は同行できませんもの」

 頬を染め、いじいじとスープをかき回すアンシャルさん。す、拗ねてる?

 確かにアンシャルさんは魔法学園に入れないので、クロと一緒に王都で過ごしてもらうことに事前に決めてある。王都には各神の神殿があるので寝泊りには苦労しないからだ。

 だけど、まさか拗ねられるとは……。

 視線を感じて顔を向ければ、ニヤニヤしているアザリーさんたちと目が合った。

「はあ~、まだ子供だってのに、とんでもない女たらしだな、マイ」

「モテモテだね……」

「羨ましいわぁ」

「楽しんでますよね!?」

 楽しんでいる。絶対に三人は楽しんでいる。

 さて、どう反論してやろうか……。

「歓談中、失礼」

 知らない声が割り込んできた。全員でそちらを向けば、鎧を身に着けた戦士風のイケメンがそこに立っていた。

「すまない。聞くとはなしに耳にしてしまったのだが、そちらのお嬢さんはDランク・ハンターで、しかも魔法学園に通うのだとか。少し協力を願いたいのだが、食事が終わってからでいいので、話を聞いてもらえないだろうか」

 突然の申し出に、全員で顔を見合わせた。

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