第204話 貴族を殺す方法

「それで、ペンゼル伯爵様。なぜ、無関係の私を暗殺しようとしたのか、お聞かせ願えますか?」

「む……」

 私の問いに伯爵は難しい顔をして黙り込んだ。

 先ほどのやりとりで、私と伯爵は、


『今、目の前にいるマイは伯爵の知るマイとは別人で、伯爵の勘違いから暗殺されかかった』


 という建前をお互いに確認し合った。

 遠回しに、「過去、伯爵が私にしたことは口外するつもりは無い」と宣言したわけで、伯爵もそれを了解したはずだ。だからこそ私を人違いと認めたわけだし。

 でもそうなると、私は理由もなく暗殺されかかった被害者という立場になるわけで、伯爵に説明を求めても不自然ではない。だってそうでしょ。勘違いから暗殺されかかったら理由を知りたくなるでしょ?

 つまりこれから、お互いのことを知っているにも関わらず、知らないふりをしながら三文芝居をやることになるのだ。

 伯爵としたら、慰謝料を積んで返答を拒否することもできるだろう。だけど私はお金じゃ納得しない。多分、それを伯爵もわかってる。

 乗るよね、伯爵。乗らないと過去の仕打ちを話すよ……セーラ嬢に。

 侍女さんが言っていた。伯爵は娘のセーラ嬢にだけは冷酷な一面を知られないようにしているって。娘に知られたくないからこそ、私を口封じしようとしたんじゃないの?

 伯爵はちらりと、座り込んだ暗殺者を見、私の位置を確認した。

 私は伯爵の執務室に入ってすぐのところに立っている。私と伯爵の間には、伯爵の執務机、そしてソファーとテーブルがあって、一足で距離を縮められるような位置じゃない。納得しない私が伯爵に斬りかかろうとしても、その前に隠れている護衛が間に合うだろう。普通なら。

 伯爵を迷わせているのは、私の言いなりになっている暗殺者の存在だ。私の能力がわからないからこそ、はぐらかした時のリスクを考えているはずだ。

 沈黙はどれくらい続いただろう。やがて伯爵は顔を上げた。

 ……ん? 上げる直前に笑ったか?

「口外しないと約束してもらえるかね?」

「また暗殺者が襲ってくるようなことがない限り、口外はしませんよ」

「君が口外しない限りはな。では説明しよう。あれは、そう、二年と少し前になるか……」

 気持ち悪いほど穏やかに、伯爵は語りだす。

 内容は、だいたい私の想像と違いはなかった。

 今から二年と少し前。伯爵は商人マンヴィルの悪事を暴き、彼を投獄した。だがマンヴィルは何者かの手引きによって脱獄し、地下に潜伏した。

 マンヴィルの行方は杳として知れなかった。しかし裏社会の情報網から、マンヴィルが伯爵の一番大事にしている人物────セーラ嬢に危害を加えるつもりでいる。そんな情報が伯爵の耳に入った。

 すぐさまセーラ嬢周辺に護衛を配置した伯爵だけれど、セーラ嬢は魔法学園に入学が決まっていた。魔法学園は王都にある自治区に近い場所であり、貴族といえども自由に部下を配置することはできない。考えようによっては逆に安全なのだけれど、自分の部下を配置できないことに伯爵は焦った。

 そこで伯爵は考えた。


 マンヴィルが見つからないなら、おびき出せばいい。


 そこで伯爵は各地にある孤児院に、セーラ嬢と似た背格好の子供がいないかを探らせた。寄付という名の情報料を支払い、似た子供を探してもらうことすらしたようだ。そして見つかったのが……私だ。

 なるほど。ここ伯爵領から私がいた町まではかなり遠いけれど、徐々に範囲を拡げていったからか。ご苦労様だね。

 伯爵はセーラ嬢が孤児院の慰問に向かうという情報を流し、マンヴィルがそれに食いついた。その後は私が体験した通りだ。

「……というわけだ。あの時、死んだと報告を受けたマイが実は生きていて、復讐にきたのかと思ったのだよ」

「本人確認や交渉を飛ばして暗殺とは穏やかではないですね」

「交渉? セーラに過去を暴露すると脅して強請ゆすられるだけだよ。相手に脅しの材料を揃える時間を与える前に、口封じした方が早くて後腐れもない。

 非道だと思うかね? だが、貴族の世界はどこも同じだよ。陽のあたる華やかな表舞台の陰で多くの血が流れている。それが普通だ。

 だが、娘にはできるだけ、醜い世界を見せたくないと思っている。……笑うかね?」

「……いえ」

 犯罪者が家族には優しかったり、子煩悩な親だったりするのは前世でもたまに聞いた話だ。笑ったりはしない。

 だけど、勘違いから無関係の人を殺してもどうとでもできると、言外に権力を誇示されるのは腹が立つな。まあ、貴族にはその力があるのは事実だけれどさあ。

 にしても、予想外によく喋ったね。もっと核心部分はボカして話すかと思っていたけれど、最初から私を身代わりにする予定だったことも正直に話してくれたし、孤児の命を軽く見ていることも隠さなかった。口封じに暗殺も厭わないとも。

 本人を前にして隠すだけ無駄だと考えたのか、それとも……冥土の土産に聞かせてやるなのか。

 さっきの笑みといい、どうにも後者の気がするなあ。まあ、予想しなかったわけじゃないけど。

「ちなみに、そのマンヴィルはどうなりました?」

「他にも犯罪の証拠が山とあったのでね、即座に処刑されたよ。セーラに危害を加えようとしたんだ、当然の報いだな。……君も、娘におかしなことをしたら無事に済むとは思わないでくれ」

 おかしないこと……。自分が私にしたことを話すなってことか。よほどセーラ嬢には自身の汚い部分は見せたくないらしい。

「セーラ様から話を聞いておられると思いますが、私が救出依頼を受けたのはたまたまですし、そこにセーラ様がいたのは偶然です。セーラ様が私を護衛に雇ったのはセーラ様の意思です。それで復讐に来たと思われるのは、さすがに考えすぎかと」

「さすがに今となっては、君の言う通りだと思うよ。それで……理由はわかってもらえたとは思うが、君はどうするね? 慰謝料なら十分な額を払おう」

「最初に言いましたが、私は事を荒立てるつもりはありません。今聞いたことは胸にしまっておきます。伯爵様も、人違いとわかったのです。今後、私を狙う理由はありませんよね」

 質問に、伯爵は黙って頷く。言葉にしないのは気になるけれど、まあいい。

「それでは、私は失礼します。私は今夜、伯爵様の元を訪れていません」

「ああ。私も君には会っていない」

 定番のやり取りをしてから退室……する前に振り向き、魅了されたままの暗殺者に声をかける。

「あれを」

 暗殺者は握りしめていた水晶球を、私に投げてよこす。それを見た伯爵の顔色が変わった。

「そ、それはっ!」

「綺麗な水晶球ですよね。慰謝料代わりにこれをいただきますね」

 嘘です。これは『記憶の水晶』。

 そう、私をセーラ嬢と間違えたマンヴィルが自慢げに語ったことを、伯爵の部下が記憶させていた魔法の道具と同じものだ。

 実はこれ、暗殺者が持っていたのだ。どうして暗殺者が持っていたのかというと、殺しの証拠を記憶させて依頼主に見せるためだったらしい。私とヨナのベッドに剣を突き立てるところが音だけだったけれど記憶されていたので。殺した後、部屋を明るくして死体の映像を記憶させるつもりだったのかな。

 せっかくなので、ありがたく使わせてもらうことにした。映像はないけれど、先程の伯爵との会話は全部記憶させてある。

 伯爵は獣のように唸った。歯ぎしりすら聞こえてきそうだ。わざわざ私が理由を聞かせてほしいと願ったのが、伯爵の自白を記憶させるためだったのだとわからないはずがない。

「その水晶球、どうするつもりかね」

「どうもしません。何度も言いますが、私は事を荒立てるつもりはないのです。ずっと大切にしまっておきますよ。……

 正直、伯爵が私の排除を諦めたとは思えない。いつ私からセーラ嬢に話が漏れるかわからない状況を、伯爵が放置するとは考えられないんだよね。

 娘が絡むと過激な行動に出るとは聞いたけれど、いきなり暗殺者を送り込んでくるくらいだよ? 私を始末しないと安心して眠れないんじゃないか? 自白する前の笑みも気になるし。

 まあ、今回のような実力行使ならまだ対抗できるけれど、多分伯爵はしないだろう。送り込んだ暗殺者が目の前で言いなりになってるんだしね。

 ただ、貴族様には権力があるのだ。伯爵からすれば、一介のハンターでしかない私を潰すのは難しくないだろう。政治的に攻められるとこちらは対抗できない。

 だから、使えるものは使わせてもらう。

 わかるよね、伯爵。

 今後一切、私にちょっかいをかけるな。

 ちょっかいをかけてきたら、この『記憶の水晶』を伯爵と敵対する派閥の貴族にでも流すぞ。


『貴族殺すに刃物はいらぬ。醜聞ひとつあればいい』


 この世界では有名な言葉だ。

 敵対する派閥の貴族の手に『記憶の水晶』が渡れば、そこから尾ひれや尻びれがつきまくって、深海魚のように社交界の闇の中を泳ぎ回るに違いない。

 それがどれだけのダメージになるかは、わからないけれど、伯爵が避けたい展開なのは間違いないはずだ。

 まあ、貴族の世界に疎い私が、伯爵と敵対する派閥に都合よく接触できるはずもないんだけれど、その可能性があると伯爵が警戒してくれればそれでいい。勝手に難しく考えて、勝手に動けなくなってくれたまえ。


 じりっ。


 室内にいる護衛らしき反応がわずかに動く。だけど伯爵は手をあげてそれを制した。

「それでは、私はこれで失礼します。何事もなかった、静かな夜をこれから楽しんできます」

 軽く一礼して伯爵の執務室を後にする。

 他人の弱みを握って喜ぶのはよくないんだろうけど、私を死なせた張本人の弱みだ、少しくらい喜んでもバチは当たらないだろう。

 後にした執務室からなにかが壁に叩きつけられるような音が聞こえたけれど、無視して足取り軽く、私は離れに戻っていった。

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