第202話 遭遇
お帰りなさいませ、お嬢様。
並んだ全員が、まるでコーラスのように同じタイミングで発声し、同じタイミングで頭を下げる。うっわー、壮観だわ。
ああ、ほら、ヨナなんか驚いて固まってるよ。アンシャルさんは慣れているのか平然としているけれど。クロは……退屈そうだ。欠伸してる。
「出迎えご苦労様。こちらの方たちはケイモンで雇った護衛です。報酬を払わねばなりませんので、客間にお通しして」
「はい、お嬢様」
セーラ嬢の言葉に、執事らしき初老の男性が恭しく礼をする。
「あと、残念ですがミシェルとカーラが亡くなりました。家族への連絡と見舞金の用意を」
「はい、すぐに」
執事を連れ、次々と指示を出しながらセーラ嬢は屋敷に入る。
少し遅れて屋敷に入ると、私たちは侍女らしき女性にセーラ嬢とは別の方に案内される。客間って言ってたし、多分そこだろう。
しかし、思ったより派手さがない屋敷だね。玄関の扉は重厚な、だけど飾りっけの無いシンプルなもの。玄関ホールも無駄に広いけど、過剰な装飾は見当たらない。質素倹約なのか、機能美重視なのか。まあ、数少ない美術品は高級なんだろうけどさ。
「お茶をご用意いたします。しばらくこちらでお
案内された部屋も、広くはあるけれど華美ではなかった。これは伯爵の方針なんだろうな。
『クロ、置いてある物を触らないようにね』
『これ、爪研ぎにいいニャ』
『やめい』
分厚いカーテンをてしてししているクロを連れ戻す。
そのカーテンに目を止めたアンシャルさんが、手触りを確かめながら難しい顔をした。
「どうしました?」
「いえ、カーテンも実用的なのかと」
不思議なことを言うな。
そう思ってカーテンを触ってみると、なるほどこれは……。
「分厚いですね」
「それに織り方にも特徴があります。素材によっては……刃を通しませんよ、これ」
ふと視線を室内に戻す。柔らかそうなソファーに囲まれているテーブルは、一枚板の立派な物だ。厚みもある。使い方によっては……盾にできそうなくらいに。
「……詮索しない方がいいですね」
「そうですね」
セーラ嬢の命が狙われていたし、それで警戒しまくってるのかな。
姿は見えなかったけれど、庭にも何人か潜んでいたのが【索敵】でわかってる。寒い中ご苦労様。
……まだ誰かと揉めてたりしないよね?
カーテンから離れるとノックがあり、茶器を乗せたワゴンを押して侍女さんたちが入ってきた。私たちに席を薦めてお茶の準備を始める。
ちなみに、奴隷であるヨナのお茶は無い。ハンターでもないクロが客として扱われているのに。
「マイ様、私は大丈夫です」
「……うん」
私の背後に控えるヨナの声に頷くしかできない。
くっそー。早くヨナを解放してあげるぞ!
「お嬢様は所用を済ませてからお越しになります。なにかありましたら、私たちにお申しつけくださいませ」
紅茶とお菓子を用意すると、侍女さんたちは壁際に控える。そのまま彫像のように動かなくなるのは大したものだなあ。
『ご主人様、食べていいかニャ?』
『いいけど、一個ずつ静かにね』
クッキーを一個ずつ、両手で持って齧るクロの姿は控えめに言って癒しだった。……あ、壁際の侍女さんたちもホッコリしてるわ。
当たり前のように置かれている砂糖壺から適量を紅茶に入れ、ひとくち。……うわ、香りが立ってて美味しいな。淹れ方がうまいんだろうなあ。
(クッキーも美味しい。ヨナの分を持ち帰りたいけど、さすがにみっともないか)
そんな、どうしようもないことを考えながらお茶は進む。
会話はない。いや、壁際の侍女さんたちの視線が気になって会話に花を咲かせる気にならないのよね。
それに、ヨナを置いてお茶を楽しむことができないのだ。クロはそんなこと気にせず『美味しいニャ♪』を連呼してるけど、他の人には「ニャー」としか聞こえないからいいか。
アンシャルさんは、私の葛藤を知ってか苦笑するだけで、やはり多くを口にしなかった。
とはいえ、こんなお通夜みたいなお茶を続けていると息が詰まる。あ、そうだ。
「失礼。主の伯爵様はどのような方でしょうか?」
侍女さんに訊いてみる。孤児院訪問時は多分に余所行きだっただろうから普段の様子を知っておきたい。いや、最悪遭遇してしまった時の対応のヒントとかないかなって。
侍女さんたちは……実に楽しそうに話してくれた。
簡単にまとめると、セーラ嬢を溺愛している親馬鹿伯爵のようだ。普段は貴族らしい貴族なようだが、セーラ嬢に危害を加える者には容赦しないらしい。権力持った親馬鹿ってタチ悪いなあ。
「特にヒューイ様を亡くされてセーラ様が引き籠られた時など────」
「しっ!」
先輩の方の侍女さんが慌てて止める。どうやら楽しく話しすぎて口が滑ったか。
しかし、ヒューイか。誰だろう、セーラ嬢の恋人だろうか。
「え? よく聞こえなかったのですが」
「いいえ。なんでもございません」
まあ、詮索するのも野暮だろうから聞こえないふり。侍女さんもホッとしたようだ。まあ、後から後輩さんはお叱りを受けるかもだけど。
なんとも微妙な空気になりかけたけれど、扉の開く音で換気された。セーラ嬢が護衛さんと侍女を連れてやってきたのだ。
「お待たせして申し訳ありませんわ」
「いえ、大丈夫です」
セーラ嬢が私たちの対面に腰を下ろすと、即座にお茶が出される。うーん、主を待たせない侍女の鑑か。護衛さんはセーラ嬢の後ろに控えた。
セーラ嬢は出された紅茶の香りを楽しみ、ひとくち飲んで頷いた。どうやら及第点らしい、侍女さんたちがホッとしてる。
「こちらが今回の護衛の報酬となります。お確かめを」
セーラ嬢に目配せされて、ついてきた侍女が恭しく手にした四つの袋を差し出す。受け取ると……うん、重い。
「失礼します」
一言断って、袋の中身を取り出す。破格の報酬だったからわかっていたけど、普通に大銀貨と銀貨がザララッと出てくるのは怖いな。
「大銀貨ばかりですと使いにくいと思いまして、一部銀貨にしましたの」
「お気遣いありがとうございます」
確かに、庶民が大銀貨を使うことは少ない。両替する手間を考えれば助かるのは事実だね。
ちなみに、クロはハンターではないけれど、ちゃんと私たちと同じ額が支払われている。
一応数えるけれど、うん、間違いない。
ヨナもアンシャルさんも問題なさそうだ。クロだけは数える気がなくて私に丸投げしてきたけれど。
さて、報酬も受け取ったし。
「それでは、そろそろ失礼します」
「あら、急ぎますのね。先ほど急に吹雪になりましたし、もう少しゆっくりされては?」
早々に帰りたいのに、なんですと!?
思わず窓に目をやれば、予想外に激しく雪が窓を叩いている。どうして急に……まさか雪の邪精、仲間を倒されまくった腹いせか!?
視線を戻せば、ワクワクを隠せないセーラ嬢が。意外にも歳相応の表情もするんなだな。自分と同じ顔でワクワクされると背中がムズムズするけど。
「もう少しお話しにつき合ってくださいな。魔法学園の話もできますよ」
うぐっ、それは確かに聞きたいかもしれない。
仕方なく腰を下ろすと、セーラ嬢はさらに爆弾を投げてきた。
「できればフードを外してくださいな。鏡の自分と会話するようで楽しいですから」
うおい!
面倒くさいことになりそうだからフードは外したくないんだけどなあ。だけど拒否して更に面倒なことになっても嫌だ。
はあ。ため息ひとつ。
観念してフードを外すと、侍女さんたちが一斉に息を呑むのがわかった。うあー、見ないでくれ。って、そこの侍女さん、頬を染めて熱い視線を送ってこないっ! 私にその気は……いや、あるけど、ステイ!
「それで、魔法学園について」
「ええ、そうでしたわね」
侍女の反応を楽しんでいたセーラ嬢に問いかける。
そして色々と魔法学園の話を聞かせてもらった。魔法学園は学園都市と呼ばれるほど大きく王都に隣接しているとか、学園都市の自治は学生が担っているとか、四つの寮があってそのどれかに所属することになるとか。
興味深かったのは、魔法を学ぶ『魔法科』と魔法を用いた道具を作成する『魔工科』があるということで、『魔工科』は錬金術ギルドの管轄であるということ。そういえば錬金術ギルドに本登録しなきゃいけないんだったな、私。となると進路は『魔工科』か? いやでも、普通に魔法も学びたいしなあ。
そんな新年からの生活について話していると、突然扉が開いた。げっ、ノックもなしに扉を開けられる人物なんて────。
「おお、セーラ。戻ったか、大変だったらしいな」
「お父様!」
やっぱりいぃぃぃっ!
くそう、ノンビリしすぎた。
後悔しても遅い。クロには念で指示を出し、私たちは立ち上がって頭を下げる。神様、願わくば頭を下げたまま退室できますように。
「お父様、こちら、休憩所で私たちを助けてくれた恩人ですのよ」
「ああ、話は聞いたよ。よくぞ娘を助けてくれた、顔を上げてくれ」
神は留守だった。
仕方なく、それでもいくらかうつむき加減で顔を上げる。そこにセーラ嬢の楽しげな声が重ねられる。
「見てくださいお父様。こちらの方、マイとおっしゃるのですが、アルビノで髪と目の色以外は私にそっくりですのよ!」
や、やめろおおおっ!
伯爵は「おお、これは珍しい」としか言わなかったが、反応するまでに少し時間があった。目を見開き、驚きを押し殺そうとしているのがわかってしまった。
「お父様?」
「……ああ、なんでもない。吹雪がひどくなった。恩人たちを吹雪の中、帰らせるわけにはいかん。離れの客間を用意しよう、遠慮なく我が屋敷に逗留してくれ」
セーラ嬢の声に我に返った伯爵は、親切という名の迷惑な提案をしてくれた。
帰らせて……。
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