第201話 ペンゼル伯爵領へ

 どうしてこうなった……。

 馬車に揺られながら内心で頭を抱える。

 毎日でも雪は降るものの大雪はなく、珍しく街道も賑わう今年の冬。馬車はケイモンから南、山の麓の街道を南下している。

 そういえば、ここらへんに土の封印があるんだなあ、見てみたいなあ……。

 はい、現実逃避してるよ!

 だって、目的地はペンゼル伯爵領。そう、私が吸血姫になるキッカケを作ってくれた貴族様の土地だ。

 ……順を追って話そう。

 まず休憩所の出来事だけど、私とクロが助けに入った時、セーラ嬢の侍女が、遠目とはいえお嬢様と髪の色が違う私を見て見間違いかと思ったそうな。なので、仲間の葬儀の際、護衛さんに確認してもらったと。つまり、あの時の護衛さんの驚いた顔はそういうことだったわけだ。

 で、戻ってセーラ嬢にその話をしたところ、「ぜひ会ってみたいわ」という流れに……。

 そこまではいい。誰だって自分にそっくりな人物がいたら会ってみたいと思うだろうし。だけど、

「我が領に戻るまで護衛をお願いしたいのですわ」

 ケイモンに戻るなり、セーラ嬢からまさか指名依頼が入るとは想像できなかった。

 セーラ嬢からしてみれば護衛が二人も亡くなって不安。

 そして私はクロと一緒だったとはいえ、たった二人で大量の雪の邪精と渡り合う実力を見せてしまった。

 ケイモンで足止めくらうくらいなら、あの二人を雇いましょう。そういう流れは自然で理解もできる。でも、だからってねえ……。

 ちなみに、護衛さんは気絶していて私の強さを目にしていなかったから、強さを確認する意味で模擬戦を挑んできた。

 ……うっかり勝ってしまった。正直やってしまったわ。負けておけば、まだ依頼を断れそうだったのに。

 しかも、行き先がよりにもよってペンゼル伯爵領ときたもんだ。

 伯爵に恨みがないと言えば嘘になる。言いたいことは山とあるし、殴りたい気持ちもある。

 だけど、貴族相手に喧嘩するのは得策じゃない。だから、今は関わりたくないという気持ちの方が強い。行きたくなーい。

 自分がEランクだったなら、まだ断ることもできたんだろうけど、Dランクになっちゃったからなあ。

 それに、指名依頼はよほどの理由が無い限り断ることは難しいらしい。

 まず、ギルドが指名依頼には前向きなことだ。指名されるほど有能な人材がいるとアピールできるので、先約やよほどの事情が無い限り契約できるように頑張ってくれる。……頑張るなよ。

 それに、依頼主はハンターの実力と依頼料の相場を調べてから依頼してくることがほとんどで、条件で折り合いがつかないことはほぼないとか。

 ええ、はい。私にも破格の金額で依頼がきましたとも。貴族のマネーパワーはんぱねー。

 せめてもの抵抗で、ヨナとアンシャルさんはパーティなので別行動はしたくないと訴えたけれど、まるで追加のパンを頼むくらいの気安さで二人分の追加料金を上乗せされて敗北した。マネー……。

 そういうわけで。私たちはセーラ嬢の護衛として、他の乗り合い馬車、商人たちと一緒にペンゼル領を目指しているところだ。

 ちなみに、出発前に、なぜだかリモさんがギルドマスターからの伝言をくれた。


『大人しくしてろよ』


 どういう意味だ。

 私がなにかやらかすとでも……。

 ……善処しよう。

 ごほん。さて、馬車の中は賑やかだった。

「まあ、そんな事件があったのですね」

 セーラ嬢は旅の話を聞きたがった。もちろん、最初の犠牲者は私だ。対面に座るセーラ嬢は楽しげに私の話に耳を傾け、笑う。自身を守るため、目の前の元孤児が犠牲になったことは知らないようだ。まあ、伯爵がわざわざ聞かせるはずもないか。

 しかしこの馬車、でかいなあ。中は向い合わせの席があり、六人は座れる。テーブルがあり、走りながらでも給仕できるように、多分魔法の道具が設置してある。

「揺れ軽減の道具のお陰で給仕しやすくなりましたわ」

 そう侍女さんが言っていたので、板バネが導入されているのは間違いないけど、それ以前からも給仕してたのは呆れるというか。移動中くらいお茶を我慢しなさいよ。

 ちなみに馬車の中にいるのはセーラ嬢、護衛さん、侍女二人。そして私とアンシャルさんだ。

 護衛が馬車の中でのんびりとお話ししていていいのか?

 そう思う人もいるだろうけど、ケイモンを出発して早々に【索敵】で雪の邪精の襲撃を察知してしまったお陰で、私を馬車に乗せていても大丈夫、という判断に至ってしまったのだ。そのせいでセーラ嬢の話し相手をさせられているんだよね。とほほ。

 クロは最初、馬車の中にいたけど、堅苦しい空気が肌に合わなかったようで、見張りも兼ねて外に出た。ヨナは御者の隣に座っている。

 ヨナが外にいるのは、セーラ嬢も護衛さんも奴隷であるヨナを中に入れることを、やんわりとではあったけれど拒否したからだ。

 一瞬、徹底抗戦してやろうかと思ったけれど。

「残念ながら、貴族ではよくあることです」

「マイ様、私なら平気です」

 アンシャルさんの援護は期待できなかったし、ヨナ自身が引いたので戦う以前に終わってしまった。

 そう、私はヨナを家族と思っているけれど、世間からしたら私の方が異質なんだよねえ……。早くヨナを解放してあげないと。

 ああ、そうだ。ヨナを奴隷から解放するために王都に行く予定だったし、魔法学園の件もある。ペンゼル伯爵領までの旅費が浮いたと思えばいいか。

「まあ、王都の魔法学園に通うのですか。偶然ですね、私も一年ほど休学しておりまして、春から復学するのです。学園でも仲良くしていただきたいですわ」

 ぐはっ、マジかっ!?

 話の流れで魔法学園に通う話をしちゃったんだけど、セーラ嬢もそこの学生だったとは。あまり親しくしたくないんだけど、これは無理かなあ……。なんてこったい。

 まあ、伯爵がしたことをセーラ嬢は知らないみたいだから、それを理由に彼女との交流を拒むのはまた違う。それはわかってるんだけどねえ。

「マイ様、なにか疲れてますか?」

「そうですね。セーラ様とお話ししている間も辛そうでした」

 うぐっ。休憩所で宿泊の準備をしていたら二人に心配された。顔には出さないように気をつけていたつもりだけど、ヨナとアンシャルさんにはわかっちゃうかあ。

 どう誤魔化そうかと考えていたら、ヨナから予想外の言葉が。

「そういえばマイ様、ペンゼル伯爵をご存じなのですか?」

「え。なんで?」

「ケイモンの孤児院で話題に出しましたよね?」

 ……あ。あー、確かに、孤児院の寄付金が打ち切られた件で名前を出した。よく覚えてたな、ヨナ。

 いや、でもそうか。

「私がいた孤児院にも寄付してたみたいだからね。名前だけ知ってたよ」

 そう誤魔化しつつ思う。伯爵は私が死んだと報告を受けているだろうし、名前が一緒だからといって今の私を見て同一人物と考える可能性はないんじゃないか。うん、きっとそうだ。

 そこ、願望とか言わない。

「ありがとう、ヨナ。少し気が楽になった」

「え? あ、はい」

 それに仕事で行くんだし、邸宅まで送り届けたら報酬もらってさっさとおいとますればいいだろう。そうしよう、うん。

 前向きに考えると随分と気が楽になった。ウザかったセーラ嬢の「ハンターのお話し聞かせて」攻撃も気にならなくなり、楽しく話ができたと思う。魔法学園についても話が聞けたし、今回の護衛は案外悪くない仕事だったかもしれない。

 それに、ひとつ楽しみもできた。ペンゼル伯爵領は、一部だけど海に面しているそうだ。

 海。つまり、塩!

 海産物も気になるけれど、やはり塩でしょ。【クリエイトイメージ】で海水から大量の塩を創って備蓄するのだ。

 それに昆布のような海藻が採れれば料理にも使えるし、鰹に近い魚がいたら鰹節が作れるかもしれない。我ながら現金だが楽しみになってきた。

 それから数日。私たちはペンゼル伯爵領領都に到着した。

 二回ほど雪の邪精の襲撃を受けたものの、【索敵】でいち早く私が気づくものだから同行していた他の馬車たちにも被害は出なかった。めっちゃ感謝された。

 領都はケイモンと違って防壁に囲まれているわけではなかったけれど、周囲が平地なので見晴らしがよく、さらに川に挟まれているので奇襲は難しそうな土地だった。

 その町の外れ、小高い丘の上に伯爵家はあった。

「でっか」

 それが正直な感想。当たり前なんだろうけど、サイサリアで見た貴族様の別荘より大きい。庭も広い。季節柄樹木は寂しいけれど、よく手入れされているんじゃないかな。

 小雪が舞う中、セーラ嬢の帰宅を知った使用人たちがずらりと並んで彼女を出迎える。あー、貴族なんだな、やっぱり。

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