第200話 まさかの出会い
ぐんぐんと休憩所が近づいてくる。【索敵】で敵と人間の位置を確認する。
残っていた護衛たちが入り口で雪の邪精を迎撃しているみたいだけど、いかんせん数の差が……って、雪の邪精の反応が一気に休憩所の奥に向かって移動してる!? なにがあったし!
背後の先輩たちは見ていない……と信じて、クロと一緒に休憩所の壁を駆け上がる! そのまま宙に身を踊らせて、眼下を見れば……ああっ、護衛たちが全員倒れてる! 【索敵】に反応があるから生きてはいるみたいだけれど、凍結と裂傷で重体だ。
悲鳴が聞こえた。壁際に追い込まれた人々に雪の邪精が殺到してる。ていうか、なんで二手に別れて壁際にいるのさ。一ヶ所に集まってくれてたら楽だったのに!
『クロ、右の方をお願い。私は左』
『わかったニャー』
休憩所の壁を蹴り、雪の邪精に弾丸のように突撃! なにか気配を感じて振り返った雪の邪精二体をまとめて斬り飛ばす。
「援軍が到着ですっ!」
着地、そして雪の邪精の放った氷の礫を叩き落とす。怪我人を増やしてたまるか。
雪の邪精が私を半包囲する。どうやら先に私を排除しようってことか。オッケー、受けて立ちましょう。
半透明の子供のような雪の邪精が一斉に氷の礫を飛ばしてくる。それをかわし、時には叩き落とす。そして────。
「俺のこの手が真っ赤に燃えるっ」
呟くと同時に一体の雪の邪精の全身に炎が走った。
なんということはない。【操髪】で髪を一本伸ばし、相手に絡みつけると同時に【炎拳】で着火しただけだ。髪だけじゃ精霊には何の意味もないけれど、魔法が付与されれば話は別ね。
【炎拳】は名前に拳とあるけれど、自身の一部ならどこでも着火できる。髪でもオッケーなわけ。まあ、髪も燃えちゃうんだけどねー。
さて、致命傷じゃないけれど、さすがに同族がいきなり燃えたら敵も動揺したらしい。一瞬、攻撃が止まった。
「大地の盾!」
ドン! ドン! ドン! と。避難した人を守るように壁を出現させる。さらにクロが守っている人々にも、クロを通して壁を作る。クロ経由で魔法が使えるって便利だ。
これで非戦闘員を守る必要はなくなった。
『クロ、蹴散らせ』
『任せるニャーッ』
二人して攻めに転じる。攻撃をかわし、叩き落とし、一気に距離を詰めて斬りつける。って、危なっ! カウンター気味に放たれた礫がフードを引き裂く。顔面に当たらなくてよかった。
少し危ないところもあったけれど、クロと二人で確実に雪の邪精を減らしていく。すると、雪の邪精の動きに変化が表れた。じりじりと距離を取りはじめたと思うと、一気に出入り口に殺到しはじめたのだ。不利を悟って逃げるのか?
「逃がすと思ったか!」
「姿が見えてればこっちのものよ!」
お、入り口から先輩たちが突入してきた。意図せず挟み撃ちする形になる。ナイスタイミング。
「まだ生きてます、アンシャルさんは治療を!」
「わかりました」
重傷者の治療をアンシャルさんに任せ、私たちは残りの雪の邪精を掃討した。
「あまり見ないでください」
「いや、あ、すまん……」
先輩たちが挙動不審である。
というのも、雪の邪精の攻撃でフードが破れてしまったので顔がまる見えなのだ。うーむ、予備のフードを荷物に入れておかないとね。
さて。雪の邪精は掃討したし、アンシャルさんの治療で重傷者たちも一命を取り留めた。すぐに一線に復帰とはいかないだろうけど、犠牲者を増やさなくてよかった。
そう、犠牲者はでてしまっている。休憩所に人々が逃げ込むまでに何人かの護衛が亡くなっていた。
遺体を運ぶには無理があるので、遺品だけ回収して彼らは休憩所の隣に埋葬された。簡易的な葬儀をアンシャルさんが執り行い、犠牲者がアンデッド化しないように祈る。
「さすがに疲れました」
「治療に葬儀に大忙しでしたもんね」
「マナが少なくなってふらふらします。……補給したいですねえ……」
少し妖しげな流し目で微笑むアンシャルさん。えーと……。
「……あとで回復薬を用意しますよ」
「直接飲んでもいいのですけど」
「無茶言わないでくださいっ」
【余剰魔力漏出】でマナが溶け込んだ私の体液。その正体が少し前に、夜にイチャイチャしていた時にアンシャルさんにバレた。それから時々、こうやって無茶振りしてくるようになったのだから困ったものだ。いや、嫌なわけじゃないけれど、今夜は休憩所に泊まらないといけないから無理な話だ。
と、アンシャルさんと話していると、ヨナがグイッと私を引っ張った。
「ダメですぅー。私だって直接飲んでないんですから」
いや、そこ!?
『クロも飲みたいニャー』
クロも張り合うな!
三人にもみくちゃにされている私に、周囲の視線が生温かったような気がするのは、きっと気のせいじゃないな。
……ん? 一人だけ視線が違う人がいるな。
軽装だが高価そうな装備を身に着けた女性の護衛。彼女は確か……ああ、お忍びでケイノに行っていたという貴族様の護衛だ。休憩所に逃げ込むまでに、彼女の同僚が二人亡くなったと聞いた。
そういえば、アンシャルさんの魔法で傷が癒えた後、私を見て幽霊でも見たような顔していたなあ。心外だ。
今も表現しがたい表情でこっちを見ている。あ、目が合ったら慌てて逸らされた。なんなの?
「マイ様、どうしました?」
「ん……いや、なんでもない」
色々やっている間に暗くなってきた。急いで休憩所に戻り、壊された入り口は私が【大地の盾】で塞ぐ。ケイモンに戻ったら報告して直してもらわないとね。
助けた人たちがお礼も兼ねて食事を用意してくれるというので、生き残った護衛さんたちと夜の見張りについて相談する。夜に雪が降ると雪の邪精が休憩所に入り込む可能性もあるので、こまめに除雪もしないといけない。なかなか大変だ。
まあ、みんな寝ているなら【クリエイトイメージ】で雪をどうにかしちゃうけどね。
で、夜警の組み合わせを決め、食事も済ませたタイミングで予想外の訪問者があった。
「失礼。マイ殿と言ったか。すまないが少し時間をいただけないだろうか」
堅苦しく話しかけてきたのは、あの貴族様の護衛さん。
「構いませんが、なんですか?」
「実はお嬢様が、ぜひマイ殿に会いたいと仰せなのです。助けていただいたお礼を言いたいとのことですが……」
助けた馬車の乗客や商人からは、すでに口々にお礼を言われてはいる。貴族様も侍女らしき人が主に代わって礼を述べてたっけ。なのに、その貴族様が直々に私にお礼ですと?
「危ないところに駆けつけたのがお前とクロだからだろ。遠慮すると逆に面倒だ、受けてこい」
そう言って先輩が背中を押す。
なにか裏がありそうだけど、断ると確かに面倒そうだ。しょうがないな。
クロを連れていくことに護衛さんは「え?」という顔をしたけれど、貴族様の馬車があった方を守ったのはクロだから。そう説明すると、困ったようにしながらも承諾してくれた。
いや、これ絶対に裏があるでしょ!?
貴族様の馬車は他の馬車たちとは少し離れたところにあった。華美ではないけれど、明らかに他の馬車より大きく立派な馬車はそれだけで乗っている人の身分を想像させる。他の馬車が距離をとるわけだね。
侍女さん二人が食事の後片付けをしていたけれど、私に気づくとまじまじと見つめてきた。そしてこそこそと内緒話するのやめてもらえませんかね。なんなの、本当に。
「お嬢様、マイ殿をお連れしました」
「ご苦労さまです」
護衛さんが馬車に声をかけると中から返事が。
護衛さんが扉を開けると、一目で高価とわかる白いコートを身に纏った少女が下りてくる。花飾りのついた白い帽子をかぶり、帽子から同じく白いレースのカーテンのようなものが彼女の顔の上半分を隠している。身分を隠すためのものか、それとも下々の者に顔を見せない意志の表れなのか……。
「まあっ! まあまあまあ!」
「え?」
護衛さんにエスコートされて馬車から下りた彼女は、私を認めると楽しそうに距離を詰め、両手で私の顔をぺたぺたと触り出す。
え、ちょ、なにが……あ、顔が見えているから魅了系のスキルが全部発動してるはずだ。それでこの反応って……まさかガチ? ガチなお嬢様なのか!?
危ない! 私の貞操が危険で危ない!
え? 今さら貞操がどうとか言うなって? わかってるよ、こんにゃろう。
逃げようかと思った矢先、咳ばらいが。護衛さんだった。
「お嬢様」
「あ、あらやだ私ったら。ごめんなさい、驚いてしまったもので」
「驚いた?」
我に返って下がったお嬢様に思わず問いかける。私のなにを驚いたというんだろうか。
答えは行動でやってきた。お嬢様が帽子をとって顔をさらしたのだ。
今度は私が驚く番だった。長い黒髪、黒い目。だって、露わになった彼女の顔は────。
『ご主人様そっくりニャー!?』
クロの言う通り。彼女の顔は、吸血姫になる前の私にそっくりだった。
驚く私とクロの前で、彼女はコートの端をつまんで軽く一礼して名乗った。
「初めまして、恩人様。私はセーラ、セーラ・ペンゼル。ペンゼル伯爵家の一人娘です」
な、な、なんだってーっ!?
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