第196話 事後処理

 村に戻ると、まだ起きていた村人たちが出迎えてくれた。

 シダールの予想通り、村からも爆発や炎の渦が見えていたようで質問攻めに。

 ゴブリンの巣での出来事を説明すると、村人の誰もが驚きで言葉を無くした。そして、あの爆発を見た後では、治療と休息のために引き返してきたと言っても責められはしなかった。

 村長の家を間借りして怪我の治療、再出発のための準備を済ませて朝まで短い睡眠を……とれなかった。例の爆発は遠くからも見えたようで、なんと夜中にも関わらず街道警備隊が駆けつけてきたからだ。現場に直行せず、先に村の安否確認するために寄ったそうで、当事者の私たちに話が聞きたいとのこと。

 怪我の酷かったシダールとターシェさんは回復に努めてもらって、残りのメンバーで対応することにしたんだけど、さすがの試験官殿も眠そうだった。

 ちなみに街道警備隊は爆発の報をすでにケイモンに送っているとのこと。試験官殿の折り紙鳥、そして街道警備隊からの連絡。二ヵ所から緊急連絡が届けば、こりゃあ、ギルドが忙しくなるな。街道警備隊の指揮権は領主にあるけれど、まずはハンターに偵察の依頼がいくだろうし。

 街道警備隊に爆発の説明をし────合成獣キメラを倒したことにとても驚かれ────、夜が明けたら一緒に現場に向かうことになった。それからようやく眠ったのだけれど、なんだか中途半端な睡眠になってしまって全員が寝不足気味だ。

 寝不足だろうが腹は減る。割りとガッツリ朝食をとり、私たちは再び渓谷へ向かった。

「こ、これは……」

 合成獣キメラの死体に街道警備隊は言葉を失った。合成獣キメラを初めて見るという隊員が多かったからなんだけど、理由はそれだけじゃない。なにせ、合成獣キメラの死体は氷漬けになっていたのだから。

 あ、はい。私がやりました。試験官殿が死体が腐ることを気にしていたので凍らせることにしたのだ。時間がかかるから、と皆に先に戻ってもらい、【マイホーム】からウンディーネを呼んで水を出してもらって、それを【クリエイトイメージ】で氷に変えて凍らせたのだ。

 ついでに、焼けた土地に精霊の赤ちゃんたちを放っておいた。回復は任せた!

 さて、現場検証は街道警備隊に任せて、私たちは改めてゴブリンの巣へ乗り込んだ。

 ……結論から言えば、ゴブリンの巣にゴブリンの残党はいなかった。なんだかんだで全匹倒していたらしい。川で漁をしていたゴブリンがいたかもしれないけれど、既に立ち去ったのか姿は見えなかった。

(これは……取り逃がしたことになるのか?)

 不安になったけれど、巣の入り口に作った大地の盾をそのままにしておけば、生き残りのゴブリンが村の脅威になる場所で増えることはないだろうから、依頼達成として問題ない。そう試験官殿は判断してくれた。ホッとした。

 そして合成獣キメラと遭遇した広場の奥で、私たちは奇妙なものを見つけることになった。

 ひとつは村人の死体。ゴブリンのことだから食い殺しているかと思ったけれど、大きな損傷もなく綺麗だった。問題は、全身の血が綺麗に抜き取られて干からびていたことなんだけど。死体の近くにはいくつか壺があったけれど、どれにも血は満たされていなかった。

 そしてもうひとつの奇妙なものは────。

「……ギルドで使う、長距離通信用の水晶に似ていますね」

 大きな黒水晶がテーブルの上に鎮座していたことだ。まあ、ここにいたのは合成獣キメラだったはずだから合成獣キメラが使っていたのかもしれないけれど、試験官殿の言葉通りの物ならば、誰と、なんのために通信していたのかが問題になる。死ぬ間際にそれっぽいことを呟いていたしね。

 ともあれ、こんな洞窟の奥で満足に調べることができるはずもない。村人の死体と水晶を持ち出し、水晶はケイモンまで持ち帰ることにした。

 ちなみに、ゴブリンが拡張した穴は背が低いという理由で私が調べることになった。……複雑である。

 幸い、風の封印まで届くような距離が掘られていなかったのを確認できたのはよかったけれど、やはり複雑である。大事なことなので二回 (略

 崖上に戻ると現場検証を終えた街道警備隊が、村から借りてきた大きな荷車に凍った合成獣キメラを乗せているところだった。ハンターズ・ギルドから回収班が来ることは確実なので、ここに放置は良くないと判断して村の近くまで移動させるらしい。

 村人に見えるような位置に持っていっていいものか。そう不安になったけれど、ここに置いておく場合、私たちが死体のそばで見張りをすることになるんだそうだ。

 移動でお願いします。

「いやはや、森の回復力には驚かされますな」

 そう言って街道警備隊の一人が、うっすらと積もった灰をどけると、早くも草が芽吹いていた。仲間たちが感心している中、ひとり視線を逸らせる。赤ちゃん精霊、頑張りすぎだっての。

 結局その日は、村人の遺体を村に引き渡し、合成獣キメラの死体を村の近くに運んだだけで終わってしまった。

 村人たちはもともと生きている可能性は低いと思っていたようで、綺麗な遺体が戻ってきただけでも喜んでくれた。報酬も無事に支払われ、私たちのテストも終了。あとは帰るだけ……だったんだけどなあ。

 次の日、早馬でハンターズ・ギルドからの使いが村にやってきた。


『ハンターズ・ギルドからの回収班が到着するまで、貴重な合成獣キメラの死体を守り抜くこと』


 だそうだ。

 街道警備隊も通常業務に戻ってしまったし、魔物の死体を村の近くに放置するわけにもいかない。氷漬けとはいえ、死体を狙って別の魔物が寄ってくる可能性もあるわけで、ギルドからの指示は当然とも言えた。

「まあ、依頼って形にしてくれたからいいけどよお」

「それよりも食料が心配ね。回収班、余分に持ってきてくれるんでしょうね」

 幸いテストの延長ではなく依頼としてくれたので報酬は期待できる。その点はフージも文句はなさそうだ。ただ、ターシェさんが心配するように食料の問題は残ったけれど。出発前、食料は余分に用意したけれど、回収班が来るまで待機するとか想像できるはずもない。回収班が早く来てくれないと狩りをしながら帰ることになりかねない。早く来てくれーっ。

 願いが通じたのか、回収班はその二日後に到着してくれた。

「凍っているのならそう伝えてくれ!」

 回収班のリーダーは開口一番そう叫び、他のメンバーもその場にへたり込んだ。

 ……そういえば、私が合成獣キメラを凍らせたのは試験官殿が折り紙鳥を飛ばした後だったな。

 氷漬けという事実を知らないハンターズ・ギルドは、腐らせては大変と氷系の魔法が得意な魔法使いを急いで探し、大型の荷馬車の手配と護衛を募集、急いで出発させたとのこと。

 急ぐ道中はかなりの強行軍で、回収班の全員が使命感から疲労した肉体に鞭打って駆けつけてくれたのだ。ところが、ようやく村にたどり着いてみれば、肝心の合成獣キメラは問題なく冷凍保存中。……脱力もするよね。

「紙がもう一枚あればよかったですね」

「あれは何枚も所持できる代物ではないですよ」

 まあ、確かに。高価にすぎるよね。あと、盗まれて悪用されないためにも複数枚の所持はさけるそうだ。なるほどお。

 無駄に疲れた回収班には悪いけれど、これで私たちもケイモンに帰ることができる。回収班の疲れをとるため村で一泊し、次の日にようやく私たちは帰路についた。

 ……道中、氷系が得意な魔法使いにしつこく話しかけられてうんざりだったけどね。

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