第197話 ギルドマスターと監察官
「ギルドマスター、監察官殿が到着しました」
「ああ、入ってもらってくれ。あと、お茶が欲しいな」
「承知しました」
朝から書類仕事に追われていたハンターズ・ギルド、ケイモン支部ギルドマスターに、ちょうどよい気分転換がやってきたようだ。休憩する理由にもなる。
秘書と入れ替わりに室内に入ってきた監察官は、十日も旅をしてきたとは思えないほど小奇麗な執事服のままだった。
(コツとかあるなら聞きたいものだねえ)
いつも秘書から身だしなみについて小言を言われるギルドマスターにとって羨ましい能力だ。もっとも、見えぬところで努力が必要となれば、教えてもらうだけ無駄かもしれないのだが。
「お帰り、監察官殿。試験官の真似事をさせてすまなかったね」
「詫びは必要ありません。なに、職場の粗探しよりは楽しかったですよ」
ギルドマスターに勧められるままソファーに腰を下ろす監察官の言葉を、ギルドマスターは笑顔だけで流した。どこまで本気かわからぬ発言に相槌を打てば、藪をつついて蛇が出るかもしれない。
対面にギルドマスターが座ると同時に秘書が紅茶を淹れてきた。彼女が二人に紅茶を置いて壁際にさがると、監察官は懐から折りたたんだ書類を取り出し、ギルドマスターに察し出した。
「Dランク昇格テストの結果です」
「拝見」
受け取り、ざっと目を通すギルドマスター。紅茶が冷めてしまうが、ぬるい紅茶が好きな彼女にはちょうどよいのだろう。
一通り目を通したギルドマスターは、面倒そうにしながらペンを取り出しサインを入れ、書類を秘書に渡した。合否の通達は職員に任される。
優雅に香りを楽しみながらカップを傾けていた監察官は、紅茶を飲み干していた。おかわりを問う秘書に手を振って応じる。
「ゴブリン退治が
「さすがにあれは。正直、撤退も視野に入れていました。……それで?」
「うん?」
「ギルドから私になにか連絡があると思ったのですが」
「なんでわかるんだよ」
「あなたがわざわざ書類を持ったまま座るはずがありません」
自分の行動パターンを読まれてギルドマスターはバツが悪そうに視線を逸らせる。副音声で「どれだけ書類仕事が苦手なのだ」とでも聞えているのかもしれない。
とはいえ、ギルドマスターも意味なく書類を持っているわけではない。いささか乱暴に、持っていた書類を監察官に渡す。受け取り、目を通す監察官の眉間にシワが寄った。
「これは……偶然ですか?」
「驚いたでしょ。監察官殿から伝書が飛んできた時、なんの冗談かと思ったよ」
ぬるくなった紅茶を口にしながらギルドマスターは苦笑する。監察官は改めて書類に目を落す。
受け取った書類には、国内外各地で
当然だが、ゴブリンのような下級の魔物討伐に上級ハンターが向かうはずもなく、討伐に向かったハンターたちは、予想外の
結果、魔物の討伐成功は五ヶ所。
「つまり、うちが九件目で、唯一の
「なるほど。報告書の作成に時間がかかっているのも頷けますね」
現在、回収班はもとより、Dランクへの昇格テストに参加した者たちも
「そもそも
「なーんか、裏で糸を引いてる奴がいると思うね。あ、おかわり」
秘書に紅茶のおかわりを要求したギルドマスターは姿勢を改めた。
「まあ、情報が少ないうちにアレコレ想像しても意味は無い。考えるのは
それよりも私は、どうやって
「……さほど待たずに報告書が上がってきますよ」
「報告書みたいな堅苦しい文章は面白くない。やはり激闘は物語のように語ってほしいじゃないか。当事者も目の前にいるし」
子供のように目を輝かせるギルドマスターに、監察官は内心でため息をつく。彼の仕事は彼女を楽しませるために語り部と化すものではないのだから。
しかし監察官とて、試験官という予定外の仕事をしておいて手ぶらで帰るわけにもいかない。せめて
……残念ながら、時間はあるのだった。
飲むつもりのなかった二杯目の紅茶を秘書に頼み、監察官は
ギルドマスターが驚いたのは、洞窟から脱出するくだりだった。
「マイが囮にねえ。よく生きてたな」
「同感です。ゴブリンとの戦闘で力をセーブしているとは感じていましたが、彼女の戦闘力はCランクすら超えるかもしれません」
「ははっ、さすが吸血鬼の城から最後に脱出しただけあるな」
そして、
「ははは……、まさかマイが作戦をねえ」
「仲間の能力を活かした、良い作戦ではありましたね。もっとも、テストのメンバー、
「それで? わざわざ試験官の真似事までして、監察官殿にはマイがどう見えた?」
ぬるくなった紅茶を口にしながらギルドマスターが問う。監察官は少し思案するように沈黙した後、一言ずつ確かめるように言葉を発する。
「……アマスがなぜ、彼女を気にかけるのかは、テスト中には判断がつきませんでした」
「ほう」
「テスト中ゆえ、身構えていて素を出していたとは思えませんが……旅慣れしていない年齢相応かと思えば、妙に落ち着いた大人な態度を見せることもあり、見た目と性格の落差が気になりますか。それを除けば、アマスに目をつけられるほどの悪人とは思えません」
「それについては同感だね。あいつはむしろ、神職に向いてるんじゃないかと思ったことがあるよ。……あ、おかわり」
楽しげに語りながら紅茶をおかわりするギルドマスター。そんな彼女の言葉に監察官は反応する。
「神職に、ですか?」
「ああ。なーんかあいつ、お人好しでね。困ってる人を助けずにいられないみたいでさ」
「……ああ。一泊した村で、農作物が獣に荒らされると聞いた時、手伝にいこうとしていましたね」
三杯目の紅茶を冷ましながら、ギルドマスターは「あいつらしいや」と笑う。それから、ふと真顔になって監察官に問う。
「てことは、マイについては────」
「要観察、でしょうか。ギルド各支部にそう通達しますので、しばらく彼女の行動はチェックされるでしょうが、なに、悪事を働かなければよいのです」
「……違いない」
それから少し雑談をしてから、監察官はギルドマスターの部屋を辞した。
話を聞くのに夢中になり、溜まった仕事に忙殺されるギルドマスターの悲痛な叫び声が響くのは、それから少し後のこと。
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