第195話 vsキメラ

 【オートマッピング】の炎を表す赤の領域が小さくなっていく。合成獣キメラは相変わらず上空を旋回していて立ち去る気配はない。そろそろかな。

「解除しますよ。三、ニ、一、はいっ!」

「うおっ、熱っ!」

 合成獣キメラが一番遠いタイミングでドーム状の岩壁を解除する。同時に焼けた空気が私たちを襲う。

 緑溢れていた大地は焼き払われ、灰原と化している。木々の葉はすべて焼け落ち、炭柱のようになった木が立ち並ぶ様はまるで墓標だ。まだ燃えている木もあるし、早く移動した方がいいな。こんなところに油を吐かれたら一発だ。

「それじゃあ、作戦通りに」

「おうっ」

 焼け残った木の陰に身を隠す仲間たち。私、そしてターシェさんを肩車した試験官殿は木の途切れている広場を目指して走る。……気づかれた!

 【索敵】の合成獣キメラの反応が急に向きを変えた。こっちに向かってくる。広場に到着すると同時に、頭上に合成獣キメラが姿を現した。

『やはり生きていたか小娘。我を馬鹿にした礼をさせてもらうぞ!』

「なにか……喜んでいるみたいね」

「……そうですね」

 自分の手で私にトドメを刺したいんだろう、その喜びはターシェさんにも伝わった。

 しかし、こっちの言葉は通じてるはずなのに、こっちが知らない言語で話すのはどうにかならないものか。人間の胴を持っているのに発声器官は異なっているのか?

 っと、そんなことを考えてる場合じゃない。合成獣キメラが急降下してきた。地上スレスレで水平飛行に移り、すごい速さですれ違いざまに前肢で殴りつけてくる。咄嗟によけたけれど────。

「うわあっ!?」

 後肢に該当する甲殻類を思わせる複数の脚が追撃とばかりに突きを放ってきた。よけた勢いそのまま、なんとか転がってかわす。ぺっぺっ、灰が口に入るっ。

 合成獣キメラはそのまま試験官殿とターシェさんに向かう。まずい、肩車状態じゃ簡単にかわせないぞ。咄嗟に髪を伸ばし、合成獣キメラの前肢と後肢に軽く絡ませる。

 迎撃しようとターシェさんが矢を放つ。それを前肢で払い落とそうとした合成獣キメラはしかし、私の髪のせいで動きが妨げられ、空中で不自然につんのめった。人間でいえば、走ってる最中に手と足を繋がれたようなものだしね。走っていたら転んでただろうな。

 そして、隙ができた合成獣キメラの、人間の体の腹部に矢が刺さった。怒りの咆哮とともに合成獣キメラは急上昇して距離をとる。

『小娘えぇぇっ! さっきから我になにをしているっ!』

 ふむ、さすがに髪を見切るほどの視力はないのか。だけど、私がなにかしているとは理解してるのね。

 離れたところでターシェさんと試験官殿が、合成獣キメラの動きが変だったことを不思議がっているけれど、合成獣キメラが人間の言葉を話していたら私が注目されるところだったな。危なかったー。

『この手で引き裂いてやろうと思っていたが、やめだ!』

 叫ぶなり、獅子頭の喉が膨らむ。よし、来た!

 合成獣キメラが油を吐き出すと同時に木の陰からツマーキとバーンが駆け出してくる。まずはツマーキが動く。

「よおし、風よ渦巻け!」

 ツマーキ唯一の魔法が発動する。さほど勢いのない竜巻が合成獣キメラの真下に発生するけれど、合成獣キメラにはなんに影響も与えない。

『はっはっは、その程度の竜巻でなにができる!』

 いくらかの油は竜巻に巻き込まれるけれど、それ以外の場所には順調に拡散していく。合成獣キメラの言う通り、このままじゃ油を吹き飛ばせるはずもない。そう、このままではね。だから私がやるんだよ。

「油!」

 【クリエイトイメージを】発動、周辺の油を集める。範囲指定は無し!

 瞬間、周囲に拡散していく油が全部竜巻の中に出現、そのまま竜巻と混じり合う。そしてそこに……。

「おらあっ、燃えろ!」

 バーンが指パッチン。竜巻の中に火花が散り、それが爆発した。竜巻は炎の渦と化し、自身の熱による上昇気流も手伝って急上昇! そのまま合成獣キメラを飲み込んだ。

 炎の渦は一瞬で消えた。合成獣キメラを焼き尽くすことはできなかったけれど、一瞬で十分だった。

 きりもみしながら合成獣キメラが落下してくる。毛が焼け、人間の体部分も軽く火傷したくらいだ。だけど、

『くそおおおおおっ、翼が、翼があっ!』

 やつの左側の羽。蜻蛉のようなキチン質っぽい羽だけは耐えられなかった。熱で縮み、ねじ曲がり、もはや羽として役に立たない。合成獣キメラはなんとか姿勢を安定させようとしているけれど、片翼でそれができるはずもない。むしろ残った翼が空気をはらんでバランスを崩し、合成獣キメラは左半身から地面に激突した。

「フージ!」

「おうっ。とりゃあああああっ!」

 近くの木に登っていたフージが跳ぶ。手にはツマーキから借りた槍が握られている。落下の勢いも利用して合成獣キメラに一撃を見舞うのだ。だけど合成獣キメラが立ちあがろうともがき、微妙に位置がずれた。

「お前は……そっち向け!」

 駆け寄ったシダールが盾で合成獣キメラの獅子頭を殴りつける。脳震盪でも起こしているのか、力なく揺れた獅子頭の胴体が……ちょうどフージの落下地点に位置した。そこにフージが落ちて来た。

 落下の勢いも利用した槍の一撃は簡単に獅子頭のある女性の胴体を貫き、地面に縫いつける。それだけじゃない、貫かれた胸部の油袋から、残っていた油が噴き出す。これはチャンスだ。

「バーンさん!」

「おう、もう一回燃えろ!」

 再びバーンの指パッチン。溢れ出す合成獣キメラの油が一気に燃え上がる。耳障りな絶叫とともに合成獣キメラは火を振り払おうとするけれど、槍で縫いつけられた体が自由に動かせるはずもない。

 そして、炎は合成獣キメラの油袋内部に侵入した。


 ドボオンッ!


 くぐもった破裂音とともに獅子頭と女性の胴体が爆発した。明らかに致命傷だ。

『~~~~~~~~~~~~っ!!』

 もはや意味を為さない叫びとともに合成獣キメラはでたらめに暴れ回る。振り回した前肢が半ば炭化した木をやすやすと叩き折り、全員が慌てて距離をとる。

 下手に近づくと大怪我は間違いない。だけど合成獣キメラの左側の脚は落下の際に骨折しているようで、とても走れる状態じゃない。ある程度の距離をとれば危険は少なかった。そして、距離をとればやることは決まっている。

 ターシェさんが矢を放ち、フージがナイフを投げる。痛みに周囲をみていない合成獣キメラの、人間の上半身に次々と矢とナイフが突き刺さっていく。

『く……そ。せめ……て、やつに連絡……だけ……で……も』

 意味深な言葉を最後に、合成獣キメラは動かなくなった。

「……死んだか?」

「死にましたね」

 【索敵】の反応も消えた。間違いなく死んでいる。

 強敵の死を確認して、やがて全員がその場にへたり込んだ。

「マジか……。勝てたのか」

「俺たちが合成獣キメラを……。ははっ、信じられねえ」

 しばらく誰も動けなかった。一泊もせずゴブリンと戦い、強敵の合成獣キメラとも戦ったんだ、疲れが一気に出たのかもしれない。だけど場の空気は明るかった。

「マイの作戦がうまくいったな」

「運が良かったです。相手の能力と、みなさんの能力の相性が良かったんですよ」

「……そうですね。普通に火を吐く合成獣キメラでしたら、こうはいかなかったでしょう」

 褒められて謙遜していると、試験官殿に冷や水をかけられた。え、この世界の合成獣キメラって、ああいうのだけじゃないの?

合成獣キメラは遠い昔、人工的に創られた魔物だと言われています。どのような姿、能力を持っているかは、会ってみないとわかりません」

 マジかー。じゃあ、今回は本当に運が良かったんだなあ。

 と、話し終えた試験官殿が懐から紙を取り出し、月明かりを頼りにいそいそとなにかを書き記し始めた。なんです、それ?

「キメラともなると貴重な素材、研究材料として重宝されています。すぐにでもギルドから回収班をよこしてもらわないといけません。冬が間近とはいえ、このままだと腐ってしまいますからね」

 そう言って試験官殿は紙を折り紙のように折り始める。そして完成したのは……鳥?

 一瞬ののち、おおっと仲間たちの感嘆の声が焼け野原に響いた。なんと、折った鳥が飛んだのだ。

 試験官殿によるとあれは魔法の紙で、メッセージを書いて折り紙のように折って鳥を作ると、なんとそれが伝書鳩のように飛ぶのだと言う。事前に登録してある場所にしか飛ばないらしいし、雨や雪の日には物理的に飛べないみたいなんだけど、なかなかに凄いものを見させてもらいました、うん。

 その紙欲しいな、と思ったんだけど、一枚で大銀貨五枚も必要と聞いて諦めた。いちハンターが持つものじゃないわ。

「ところでさ、まだ村人見つかっていないんだけど、どうする? 私は一旦村に戻りたいんだけど……」

 飛び去る折り紙鳥を見送っていると、辛そうなターシェさんの声。そうだった、村人……。

 とはいえ、ターシェさんはまだ歩けそうにないし、シダールの腕も回復しきっていない。バーンとツマーキは武器を無くしたし、まだゴブリンがいるかもしれない巣に再侵入するのは……。

「一度、村に戻ろう。なに、村からも炎が見えていただろうし、非難はされないだろうさ」

 シダールの決定に異論は出なかった。

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