第175話 悪夢の終わり

『あいつの攻撃方法は?』

『基本、弱いニャ。悪夢で相手の動きを止める力が無いと、ゴブリンにも勝てないほどニャ……んだけど、こいつはわかんないニャ』

 なるほど、特殊能力特化型か。

 だけど、目の前の悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーは普通のやつとは違うらしい。自慢の能力が効かない私たちを認めても逃げようとしない。それどころか、こっちに歩を運んでくる。戦う気マンマンじゃん。

『……多分、相当できる。クロ、全力でいくよ』

『わかったニャー』

 【力量察知】のおかげか、結構強いことがなんとなく感じられる。これ以上、犠牲者を増やさないためにも全力で叩くべきだろう。

 隣でクロが有翼猫ウイングキャットへと姿を変える。

 それが戦闘開始の合図になった。

「…………」

 無言で悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーが突っ込んできた。って、意外と速いなっ。

 でたらめに振り回される爪を大きくかわす……けど、爪が伸びた!

「ぐうっ!?」

 右腕に、わずかに爪がかすった。血が飛び散り、傷口がじわりと紫色に染まって鈍い痛みが傷口から腕を侵蝕するように拡がる。なんだこれ!? くそっ、【解析】!


【瘴気汚染】


 瘴気汚染だって!?

『こいつのオーラ、瘴気だったのか!?』

『ご主人様ーっ』

 追撃しようとする悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーの横っ面にクロの蹴りが炸裂した。吹っ飛ぶ悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカー。着地したクロは、足を振ってまとわりつく瘴気を払う。

『瘴気って払えるのか』

『侵食される前なら大丈夫ニャー。ご主人様は早く浄化した方がいいニャ』

 いや、浄化って、そんな気楽に! 神官じゃない私が浄化なんて……ええい、ままよっ。

「俺のこの手が真っ赤に燃えるっ!」

 魔法、炎拳を使用して左手を燃やし、傷口にあてる。


 じゅわあああっ……。


 あたりまえだけど、熱っちいっ!

 肉が焦げる匂いが鼻をつく。魔力でできてるはずの肉体も、肉が焦げる匂いがするんだなあ、なんてことを現実逃避的に考えながら傷口を焼く。汚物は消毒だこらあっ。

「いつつ……なんとかなったか」

 火傷の痕を【解析】すると、瘴気汚染は消えていた。だけど何度も傷口を焼くわけにもいかない、痛いし!

 だから速攻で勝負を決めてやる!

『クロ、悪いけど牽制して』

『わかったニャー』

 シーン・マギーナを抜いてクロに指示を出す。

 起き上がった悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーをクロが威嚇する。翼を大きく開き、毛を逆立てて「フシャーッ!」と猫そのもので。

 悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーは武器を手にした私と、威嚇しているクロ、どちらを攻撃しようか一瞬迷ったようだけど、威嚇しているクロを先に攻撃することにしたようだった。顔がクロの方を向いた瞬間、自分は近くの木の影に飛び込んだ。

「てりゃあっ!」

 素早く影の世界を疾走し、悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーの影から飛び出す。そのままの勢いでシーン・マギーナを振り上げ、悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーを股から真っ二つに両断した。

 ……手応えは、あった。だけど血が飛び散るわけでもなく、内臓がぶちまけられるでもない。一抹の不安が脳裏をよぎる。

『やったか?』

『ご主人様、まだニャー』

 真っ二つになった悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーの肉体は、なんと液状化してその場に崩れ落ちた。そしてスライムのように波うちながら────だけど異様に素早く────私たちから距離をとり、何事もなかったかのように立ち上がった。

 いやいやいや、デタラメすぎるだろう!

 くそっ、やったか、なんて言うんじゃなかった。

『こいつ、実体が無いのか?』

『そんなことないニャー。過去に戦ったやつはバラバラにできたニャ』

『じゃあ……バラバラにするぞ』

 再び向かってくる悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーをクロと迎え撃つ。

 振り下ろされる爪を受け止め、弾き、隙を見て反撃する。シーン・マギーナが、クロの爪が、やつの肉を削ぎ、腕を斬り飛ばし、首を刎ねる。だというのに、悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーは何事もなく復活してくる。

『ご主人様、こいつ瘴気に汚染されておかしくなってるニャー……』

 クロが弱気になるのもわかる、攻撃が徒労に終わるのは精神的にもキツイ。

 あー、だけど落ち着け、落ち着け私。漫画やアニメにこういう敵いただろう。思い出せ、そういう敵は大抵……。

「えいっ、【解析】&【スキャン】!」

 悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーをスキャンする。予想が正しければやつの内部に……あった、核!

『クロ、やつの左わき腹あたりに核がある。そこを狙うよ』

『ご主人様、すごいニャー』

 左右に別れ、悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーを挟撃する。何度も爪と刃を交え、決定的な隙を窺う。

 こいつ、速度は私やクロに及ばない────それでも普通のハンターには脅威ともいえる速さだけど────ものの、防御を考えない上に動きがデタラメだから反撃のタイミングがつかみにくいのだ。……お、クロの一撃がやつの脚を破壊した。今だっ! 機を逃さず、シーン・マギーナでわき腹を斬り裂き────。

「動いたぁっ!?」

 核に刃が届く瞬間、核が逃げた! なんだこいつ、体内で核を自由に動かせるのか?

 その後も何度か核を狙ったけれど、ことごとく攻撃が当たる瞬間に核が逃げる。ただ、反応するタイミングにブレがあるので、自動で逃げてるわけではなさそうなんだけど……。

『……クロ、どう思う?』

『難しいことは、わかんないニャー。だけど、弱点に攻撃がくるとわかっていれば、クロでもよけられるニャ』

『それ、マズイぞ』

 核が見えるのは私だけだ。そして、こう言っては失礼かもだけど、悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーには学習能力がある。私が影に潜ると明らかに足元を警戒するようになり、影からの奇襲は通用しなくなるくらいに。

 だからだろう、何度も核を狙った私を悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーは警戒するようになってしまった。クロを半ば無視するくらいに。この状況で核を不意打ちしろと?

 軽い絶望感。それはどうやらクロにも伝播してしまったみたいだ。スピードで圧倒的優位に立っていたクロが、とうとう悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーの攻撃を受けてしまった。

『しまったニャーッ!』

『クロッ!』

 傷は浅いと思う。だけど瘴気汚染が問題だ、クロに瘴気を浄化できる術があるとは考えにくい。

 悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーの攻撃をいなし、クロに駆け寄ろうとして……足首を掴まれて思わずつんのめった。

「ヴオ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」

「ゾンビ化してるーっ!?」

 足首を掴んできたのは、殺された護衛だった。ただの死体だと思ってたよっ!

 いや、よくよく考えてみればそうだよね、攻撃を受けたら瘴気汚染されるんだ。一部のアンデッドは瘴気によって活動しているってアンシャルさんが教えてくれたじゃないか、どうして死体がアンデッド化する可能性に気づかなかった、私!

「あ、ヤバッ……」

 動きが止まったのは数秒だと思う。だけどその数秒があれば、肉薄してきている悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーには十分すぎる時間だ。目の前にやつの爪が迫っていた。

 かわす? ……タイミング的に無理だ。

 影に潜る……太陽は背中側だ、入れる影がない。

 あれ? 詰んだ? ……いやまて、似たような状況があったような気がする────。

『ご主人様ーーーーっ!』

 クロの悲鳴。斬り裂かれた衣服が宙に舞う。完璧なタイミングで攻撃した悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーはしかし、戸惑ったように一瞬だけど動きを止めた。戦闘が始まって、初めてやつが見せた大きな隙だった。

「そこ」

「!?」

 漂う霧からシーン・マギーナを突き出し、やつの核を破壊した。

 そう、まだ【霧化】が残っていた。よく考えれば吸血鬼の城でライラックさんと戦った時と同じ状況だったわ。思い出してよかったあ。

 普通に霧になっても警戒されるところだろうけど、おあつらえむきに奴自身が瘴気によって周囲の気温を下げ、霧を発生させてくれていたのでそれに紛れることができた。ふう、危なかった。

 駆け寄ってきたクロの傷口を、かわいそうだが炎で焼いて瘴気を浄化する。あとでアンシャルさんに治療してもらおう。

 ちなみに、核を破壊された悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーは液体化することもなく、真っ黒な死体となって地面に横たわっている。ただ、瘴気のオーラは晴れることもなく死体にわだかまっていて、浄化しておかないと色々と問題になりそうだ。

「うう……俺は、なにを?」

「悪い夢を見ていた気がする……」

 錯乱していた貴族の護衛たちが意識を取り戻し始めた。この様子だと他の人たちも大丈夫だろう。よし、アンシャルさんを呼んでこよう。他に神官がいれば、その人も────。

『ご主人様、服を着た方がいいニャよ?』

『……NO──────!?』

 そうだった、【霧化】で服が脱げてたんだった。これじゃ痴女じゃないか。……って、服がボロボロじゃないかーっ!

 あ、護衛、こっちに気づくな。いいな、気づくなよ!?

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