第176話 引き返しますよ
幸いにも護衛たちが私より先に気づいたのは、ゾンビ化した仲間の姿だった。もちろん、私にとっての幸いであって、彼らにとっては悪夢の続きでしかなかっただろうけど。
護衛たちがゾンビに気をとられている間に、私は再び霧になって街道脇の木々に紛れ、【マイホーム】から新しい服を取り出して急いで着替えることにした。ボロボロにされた服はあとで始末しておこう。
クロも人間の姿に戻り、脱いでいたワンピースを着て準備完了。二人してなに食わぬ顔で姿を現した時、護衛たちはゾンビ化した仲間を倒したところだった。その表情は苦悩に満ちていた。
「っ!? まだいたか!?」
「あー、違います。味方、味方。最後尾の乗り合い馬車の乗客です」
「乗り合い馬車の乗客が、こんなところでなにをしている」
「今回の事件の元凶を倒してました」
急速に薄れゆく霧の中、倒れている
いくらか動揺しつつも、護衛たちはまず主の無事を確認。その後に
「……なんだ、この魔物は」
「わかりません。なんとか勝ててよかったです」
少なくともハンターズギルドの資料室で見たことはなかったし、クロが昔に一回だけ遭遇したってことは、相当にレアな魔物なんだと思う。だから知らないふりをした。あ、一応、警告が出ていた魔物ではないかとつけ加えておいたけどね。
「ちなみに、そいつのオーラは多分瘴気です。あまり近寄らない方がいいかと」
「瘴気だと!? ……そうか、それであいつはゾンビに……」
「仲間に神官がいるので、浄化のために呼んできますね。そちらのお仲間に神官がいるようなら声をかけておいてください」
そう告げて走り出す。後ろから「あんな子供が……」とか「本当にあの娘が倒したのか?」などと聞こえてきたけど無視無視。
「……胸でけえ」
やかましいっ!
一気にアンシャルさんを呼びに行きたかったのだけれど、後続の貴族様たちも悪夢から覚めていたのでそうもいかなかった。先頭から走ってくる私を呼び止め、いちいち説明を求めてきたからだ。
仕方ないのでクロだけ先に走らせて、私は貴族様たちに説明するはめになった。
どうして、そんな魔物がいたのか? そんなこと聞かれても困ります。
簡単に説明が終わるころ、クロに連れられてアンシャルさんとヨナがやってきた。
「うう……マイ様ぁ」
「よしよし、怖かったね」
抱きついてきた、震えるヨナをなでなで。どんな悪夢を見たのか知らないけれど、人目をはばかることなく抱きついてくるとか、よほど怖かったんだろう。
「……マイさん、急ぎですよね?」
いかん、アンシャルさんが少しむくれている。私は我慢してるんですよオーラが見えるようだ。あとで彼女も慰めてあげなきゃいけないな。
幸い、貴族様の同行者に神官がいた────怪我をした場合を想定して、たいていは同行するらしい────ので、複数の神官で瘴気を浄化することができた。とはいえ、神官複数人でマナポーションも使用してようやく、というレベルで瘴気が濃かったようだけど。
「瘴気に侵された魔物……。悪夢を見せたし、十中八九、警告があった魔物だな」
「二人で倒したのか? この子供が?」
「いや、そもそも悪夢を見なかったのか、お前たちは」
「え、えっと……」
質問責めに会いました。いや、まあ、疑問は当然だろうけど、馬鹿正直に説明するわけにもいかない。どうしたものだ~。
「落ち着け、お前たち」
窮する私に助け船を出してくれたのは、部下を失った貴族様だった。彼は私に詰め寄っていた護衛たちを下がらせると、なんと軽く頭を下げた。ええっ、貴族が平民に頭下げるとかなんてレア! 護衛も戸惑ってるよっ。
「君が魔物を倒してくれたおかげで、これ以上、部下を失わずに済んだ。そして私の命も……他の者たちも。礼を言う」
「あ、その……ハンターとして当然のことをしたまでです」
貴族にいいイメージが無かったから、礼を言われても気の利いた返事ができなかった。貴族様は気にした様子もなかったけれど。むしろ「まだ子供だな」みたいな表情を一瞬だけ見せたような気もする。くうっ、中身は大人なのに。
「君がこの魔物をどう倒したのか、ぜひ詳しく聞きたいところだが私も先を急ぐのでな。それに、もし、この魔物がケイモン周辺で確認されていた、瘴気に侵された魔物だとすれば、急ぎハンターズギルドへ報告しなければならないな。君はハンターだろう?」
あー、そういうわけですか。逃げる口実をやるから、これ以上護衛たちに追及されたくなかったら、魔物の死体を持ってさっさと引き返せってことですね。意外といい人じゃないですか貴族様。どこの何爵様かは知りませんけど。
「おっしゃるとおりですね、魔物を持って引き返します。お気をつけて」
貴族様の提案に乗ることにしよう。
満足げに頷いた貴族様は、ふとなにかを思い出したように部下に指示を出して紙とペンを持ってこさせた。そしてなにやらしたためて蝋で封をし、そこに家紋の印を押して私に差し出した。
「その魔物が、間違いなく濃い瘴気をまとっていたこと、私が証言した。ギルドに提出するといい」
「あ、ありがとうございます」
なんてできる貴族様だ。
ありがたく手紙を受け取ると、貴族様はまだ追及したそうな護衛たちに出発の指示を出し、悠然と馬車に乗り込んだ。
命じられれば従うしかない護衛たちは、アッサリと私たちを無視して仲間の遺体を馬に乗せ、そのまま馬車と一緒に街道を進み始めた。気持ちの切り替えが早いなあ。
続く貴族の馬車も見送り、乗り合い馬車を止めて自分たちの荷物を下ろす。
ちなみに途中下車しても馬車代は戻らない。まあ、ケイノに近い位置だから戻るのが楽なのが救いか。街道の中間あたりだったら面倒だったな。
「ヨナ、クロ、ちょっとそいつ運びやすいように縛っておいて」
馬車を見送り、二人に指示をだし、自分は近くの木に【マイホーム】を設置して中に入る。目的地は倉庫だ。
私の力なら、大人サイズの
なので怪しまれないよう、子供でも魔物が運べるものを創る。保管してある木材に【クリエイトイメージ】! 創るのはズバリ、一輪車……のようなものだ。もちろん、曲芸などに使う一輪車じゃなくて、工事現場などで使われている運搬用のやつね。
魔物が乗ればいいんだから、一輪車みたくバケット部分を丁寧に創る必要はないだろう。フレームだけでいいか。ゴムなんて無いからタイヤは木材そのまま。ベアリングまで創れなくはないけれど、少なくともこの世界で生きてきて、一輪車のような個人用の運搬用道具は見たことがない。ケイノの町に入れば注目を集めること必至だろう。構造を質問されても面倒だから、油を塗って回転を良くするくらいにしておこう。壊れても直せばいいんだし。
「お待たせー」
一輪車を押して外に出る。そこには、胎児のように手足を折りたたまれて簀巻きにされた
「わあ、マイ様、それはなんですか?」
「個人用の運搬車ってところかな」
「こんな道具が……。珍しがられますよ、きっと」
「あー、やっぱりそう思う?」
まあ、先のことを考えても仕方ない。その時はその時として。
「魔物の死体、腐ると思います?」
「うーん、どうでしょう……。気温も下がってきたので、夏場ほど危険ではないと思いますけど」
ケイモンまでの道程────馬車で三分の一進んだところを、今度は徒歩で戻らなければいけない。当然時間がかかるし……安全をとるか。
「凍れ!」
まだ残る霧を【クリエイトイメージ】で氷に変え、
念のため死体に布をかける。日光よけもあるけれど、運んでいるのが死体だなんて知られない方がいい。通報されるわっ。
さて、準備が整ったらケイノに向かって出発……の前に。
「アンシャルさん」
「はい、なんで……ふえっ!?」
アンシャルさんを抱き寄せて頭を撫でてあげる。
「どんな悪夢を見たのか知りませんけど、怖かったですね」
「え、あ、その……はい……」
モジモジしながら撫でられるアンシャルさん、可愛い。むくれるヨナも可愛……あ、こら、つねるんじゃない。痛い痛い。
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