第174話 フラグ回収だよっ!

 結局、ケイモンに向かうついでに受けれそうな依頼は見つからなかった。ハンターランクがもうひとつ上がれば、個人の護衛依頼を受けられる可能性はあるんだけどなあ。

 え? 私みたいな子供に護衛を頼むような人はいないって? ええい、うるさいっ。

「マイ様、どうしました?」

「いや、なんでもない」

 いかん、口に出ていたか。……いや、そもそも私は誰に説明して────。

「ジェフさんたちが見送りに来てくれましたよ」

「はっ!?」

 時は早朝。私たちは乗り合い馬車乗り場で馬車を待っている。アンシャルさんの声に我に返ると、こちらに走ってくるジェフとエイダさん、マグスの姿が。

「はぁはぁっ、間に合ったか」

「こらこら、仕込みの時間でしょ。マグスまで……屋台はどうしたの」

 町が動き出す時間だ、溶岩焼きサンドが一番売れる時間でしょうに、なにやってるんですか。

 たしなめても三人は、なにを当たり前な、な顔をしてる。

「店だけじゃなく、ケイノの恩人を見送らなくてどうするんだよ」

「そんなわざわざ……。昨夜で十分だよ」

 予想通りというかなんというか、昨夜、町を出ることを伝えに行ったら、なぜだか客も巻き込んで私たちの送別会になってしまった。ケイノの人たちからすれば、私たちは新メニューの生みの親というわけで感謝されるのはわからなくもないんだけれど、正直、知らない客からもお礼を言われて随分とムズ痒い思いをしたものだ。

 わざわざ見送りに来てもらって居心地が悪い。しかしタイミングよく乗り合い馬車がやって来た。

「また来てくださいね」

「もし王都に行くことがあるなら、『白猫の足跡亭』って店に行ってみてくれ。俺が修行した店なんだが、味は保証する」

「あはは、機会があればね。それじゃ」

 馬車に乗り込み、三人に見送られて私たちはケイノを出発した。

「見送りには来られなかったけれど、一番感謝しているのはアノーさんかもしれませんね」

「あー……ですねえ」

 チェックアウトの時の、安堵したアノーさんの顔が忘れられない。予想以上に長居してしまったからなあ、どれだけ負担させてしまったんだか。

 しかし本当、リモさんはなにしたんだ。ケイモンで会ったら訊いてみようかな。

 ……訊かない方がいいかもしれないって? あー、うん、ソウダネー。

 なにげないことを話している間にも馬車はケイノを離れていく。ちなみに初めてケイノに来た時と違って今回は大所帯だ。単純にケイノから帰る人たちだけでなく、休暇で訪れていたであろう貴族たちもいるからだ。

 当然、彼らが乗り合い馬車に乗るはずもなく、各家の紋章がついた馬車が乗り合い馬車の前を並んで走って行く。その数、三台。

「なんか、出発前に順番を調整してましたよね」

「ああ、爵位の高い貴族が先に出発するものなんですよ」

 アンシャルさんによれば、貴族の馬車は、後方から自分より爵位の高い貴族の馬車が来た場合、道を譲るのが当たり前だとか。うわあ、面倒くさいね。

「その分、先頭を走るのは危険もありますけどね」

「確かに護衛は多いですよね」

 乗り合い馬車の護衛に貴族の馬車の護衛。それだけ人数が増えてるから、今回の馬車の一団の総数は五十人を越えているんじゃないかな。その半分くらいが護衛だ、これなら野盗もうかつに手はだせないだろう。

 馬車に揺られているだけだと、特にやることがない。だから自然と客同士が他愛のない会話に花を咲かせることになる。

「そういえば、思ったより揺れませんな」

「おや、ご存じない? 馬車の揺れを軽減するものが商業ギルドから売りに出されたんですよ。乗り合い馬車にも少しずつ普及してきてますよ」

「なんと、そんなものが。では、お貴族様の馬車には────」

「もちろん、最優先で導入されたようですな」

 なんて会話が聞こえてきた。あー、これって私が売り込んだ板バネかな。言われてみれば確かに馬車の揺れが少ないことに気づいた。どうりでお尻があまり痛くならないわけだ。

 まだまだ普及途中ということは、預金はもっと増えるってことだよね。これは、ヨナを奴隷から解放するのも近いかな。


          ◆


 大所帯なのが効いたのか、何事もなく街道の三分の一を進んだ。このまま平穏にケイモンに着ければいいな……と思っていたんだけれど。

「今朝は冷えましたね」

「……嫌な寒さだなあ」

 冬が近いとはいえ、その日の朝は冷えかたは昨日までとは違った。まるで街道周辺が凍ってしまったかのように静まりかえり、鳥の鳴き声すらしない。

 不気味な寒さと静けさを振り払うように、人々は努めて普通に出発の準備を進めた。口数が少なくなってしまったのは仕方なかったけれど。

 しかし、進むにつれて不安は増していった。陽が昇っても空気が全然暖かくならないのだ。むしろ下がっているんじゃないかとさえ感じられる。だからだろうか、うっすらと霧が出てきたような?

「……嫌な予感がするな」

 ポツリと呟いたのは誰だったか。まさか、その予感が当たるとは。


「うわああああっ!」


 冷え込む街道に悲鳴が響いた。馬のいななきが後に続き、馬車が急停車する。

「なんだ!?」

 即座に【索敵】を使用する。すべての馬車が停止していて、その先……街道脇に魔物の反応がある。こいつが原因か?

 しかし、確認する前にそれはやってきた。猛烈な悪寒が街道を駆け抜けていく。……悲鳴がそれを追いかけた。

「うあああっ、許してくれ、許してくれえっ!」

「知らなかったんだよ! 私は知らなかったんだよおっ!」

「うおあああっ、くるな、くるなあっ!」

 乗客が、御者が、護衛たちが一斉に錯乱した。ある者は許しを乞い、ある者は赤ん坊のようにうずくまる。そうかと思えば虚空に向かって剣を振る護衛もいる。一体、なにが起こった!?

「お母さん……お母さん!」

「いや、やめてくださいっ。誰かぁっ!」

「ヨナ! アンシャルさん!?」

 二人も錯乱してる。身体をゆすり、頬を打っても戻ってきてくれない。

 無事なのはひょっとしなくても私だけか?

 唇を噛んだ時、くいっと袖を引かれた。

『ご主人様ー、この悪寒はヤバいニャー』

『クロ、無事だったの!?』

『この悪寒には覚えがあるニャー。このままだと全員、悪夢の末に廃人になりかねないニャ』

『くっ……』

 馬車を飛び降り、錯乱する人々と馬車の間を駆け抜ける。あ、先頭の馬車の護衛の反応が消えた。魔物の反応が接触するたびに一つ、また一つと消えていく。錯乱している護衛なんかただの的だ、急がないとっ。

『クロは原因の魔物を知ってる?』

『過去に一度だけ会ったことがあるニャー。悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーニャ。相手の嫌な思い出を掘り返して悪夢として見せる魔物ニャー』

 追いついてきたクロに問いかけると、なんとも厄介な敵の情報が。人のトラウマを掘り返すとか、なんてやつだ。

 だけど、なるほど、私とクロだけが無事なのがわかった。私は精神攻撃無効だし、闇魔法に長けているクロも精神攻撃には強いんだろう。

 しかし、下手したら全滅してたな、これ。あ、例の警告文の魔物はこいつか!?

 進むにつれて悪寒と霧が濃くなる。そして先頭の馬車に到着して私が見たのは……。

「……なんだこいつ」

 そこにいたのは真っ黒な人形ひとがた だ。異様に手足がヒョロ長く、そこからさらに刃物のような長い爪が伸びている。

 それになにより、目視できるほどの禍々しいオーラを放っている。悪寒の原因はあれか?

 今まさに、錯乱する護衛に爪で攻撃しようとしていた悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーは、新手の私たちに気づいてこちらに顔を向けた。

 顔は……なにもなかった。目鼻に該当するパーツは無く、闇を塗り固めたかのように真っ黒だった。だというのに、なぜか目が合ったと感じた。

『ご主人様、おかしいニャ』

『なにが、どうおかしい?』

悪夢の追跡者ナイトメア・ストーカーは複数人同時に悪夢を見せるような力は持ってないニャ。それに、あんなオーラは纏ってないニャ』

『変異? それとも上位種?』

『わかんないニャ。だけど───』

『わかってる。やるしかないんだよね』

 ああ、もうっ。フラグ回収だわ。

 やってやるよ! でないと全滅だ。

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