第173話 そろそろ出発しようか

 運ばれてきたのはムニエルのようだった。各自の前に皿が並ぶと小さな歓声があがった。

 デプルポの切り身には焦げつきもなく、バターの香りが食欲をそそる。カリカリに炒められたベーコンとつけ合わせの野菜たちも美味しそうだ。

「さっきまでバターの香りはしなかったけど」

「バターで焼くと焦げるからな、仕上げに軽くバターをからめる程度にしてみた」

 ほうほう、勉強になるな。隣でヨナが真剣な顔で聞いている。これは料理のレパートリーが増えるか?

「とりあえず他の魚と同じように作ってみた。食べて感想を言ってほしい」

 オッケー、了解だ。

 さっそくムニエルにフォークを入れると肉汁が溢れ、意外とあっさり身がほぐれていく。火が通ると鮭みたいな肉質になるんだなあ、あんなにブヨブヨだったのにさ。

 では、さっそくいただきます、と。もぐもぐ……む、これは。

「油っこい?」

「え、最初に焼くときに薄くひいただけだぞ」

「でも、かなり油が……。バターも加わって、かなりくどい感じがする」

「デプルポの肉自体の味が強いのか、なんか重いですね」

 みんなも油っこい、重いと口をそろえる。

 エイダさんから一切れ食べさせてもらったマグスは、咀嚼してすぐに顔をしかめた。

「確かに油っぽいな。白身だからと油断してたが、肉の味も予想外に強い。油を吸いやすい身なのか?」

 そんなスポンジじゃあるまいし。……いや、まてよ?

 ためしにムニエルをフォークで押さえてみる。すると、じゅわっと溢れ出てきた液体、これを肉汁だと思っていたけれど……。

「うわ、すごい油を吸ってる」

 【解析】してみると溢れ出てきたのは油とバターの混じりあったものだった。それを聞いたみんなが驚く。

「……まるでナシブみたいですね」

 ヨナが呟く。

 あー、なるほど、確かに。

 ナシブは地球の茄子に似た野菜で、茄子同様、油と非常に相性が良い 。良すぎて油を、乾いたスポンジのように際限なく吸い取ってしまうからタチが悪い。油を吸ったナシブは美味しいから尚更ね。

「ひょっとしたら、身の脂の溶け落ちた跡に油が入り込むのか?」

 ぼそりとジェフの呟き。あー、案外それが正解かもしれないな。脂が落ちて身がスポンジ状になるのかもしれない。鍋にしたら出汁をよく吸いそうではあるけど。

「うーん……、そうなると焼くのは難しいか?」

「蒸気で芯まで火を通してからバターでからめてもいいかも」

「煮るのはどうかしら」

「油で茹でるのは、やめた方がいいですかね」

 食事をしながら色々な意見が飛び交う。他の店もこんな感じなのかなあ。

 白熱する料理談義に耳を傾けながら、この難物な魚の調理方法に自分も考えを巡らせた。


         ◆


「一気にメニューが増えたなあ」

「ふふっ、マイ様がケイノの救世主ですね」

「むず痒いから勘弁して」

『ご主人様、どれも美味しニャー』

『そりゃよかった。だけど落ち着いて食べなさい』

 後日、私たちはケイノの屋台めぐりをしていた。デプルポの調理方法が広まり、新メニューが各店舗で次々と発表されはじめたのだ。

 試作料理もまだ多く、それらは無料で試食ができる。ここで食べ歩かねば、いつやるのだ。

 押し寄せてきていたデプルポも大量に捕獲され、今は店のメニューに姿を変えている。

 デプルポが北の湖から流出するのは避けられたけれど、今度はデプルポを捕りすぎて湖の生態系に影響がでないように気をつけてほしい。デプルポが絶滅したら、ウルカーンが次になにを襲うのかよく考えてほしいし。

 なんか、押し寄せてきたデプルポを捕り尽くしたら北の湖にまで行かなければいけないから、近場でデプルポを養殖できないかって話も出てるみたいだけれど。ウルカーンとデプルポ、両者のバランスをどうとれば安定するのか、しばらくケイノの課題だろうなあ。

 さて、屋台に話を戻そう。

 デプルポの肉の特性もあって、料理は肉にタレなどを染み込ませて調理するものが多い。鍋物や煮つけは店舗でしか食べられないけれど、焼きものなら屋台でも種類が豊富だ。まあ、頑張って差別化を図らないと似たものばかりになっちゃうからなんだけど。

 今は肉だけだけど、肝もなんとか食べられないか試行錯誤中らしい。頑張れ。

(……米ぬかがあれば、ぬか漬けって手もあったんだろうけどなあ)

 あと料理じゃないけれど、蒸した際に溶け落ち、蒸し器に溜まる脂を再利用できないかと試みられているようだ。なかなかに逞しいじゃないですか、この世界の人々は。まあ、そうじゃなきゃ魔物がウロつく世界で生きてはいけないだろうけど。

「魚の串焼きとか、なかなか見ませんよね」

「お魚とパンも合うものですね」

 アンシャルさんはデプルポの串焼きをちまちまと食べている。

 確かに魚の串焼きとか珍しいけど、日本で言えば一口サイズの鰻の蒲焼きが売ってるようなものだ。タレがよく染みていて美味しい。

 一方ヨナは、デプルポサンドとでも呼ぶべきものを食べている。ソースを染み込ませたデプルポの身をパンで挟んだものだ。スライスしたノイノが一緒に挟んであるので、思ったより口当たりはさっぱりしている。

 他にも、切り身で使うのを諦めて肉団子にしたものや、脂抜きだけでなく最後まで蒸した料理もある。各店の試行錯誤が感じられて楽しいな。

 私も買った商品を頬張る。見た目はヨナの食べているデプルポサンドに似ているけど、デプルポを揚げてあるのが違う。もちろん、衣をつけて。デプルポカツサンド、とでも言おうか。

「マイ様、どうですか?」

「うん、デプルポの肉の味が閉じ込められていて美味しいよ」

 この商品の発案者は、実はヨナだ。


「ナゲットみたいにパン粉をつけてみたらどうでしょう」


 思いつきで口にしたみたいだけれど、衣をつければ肉が油を吸うのも防げるし、旨味が外に逃げることも防げる。ソースで味も変えられるし、結果としてかなりの人気商品になった。

 このデプルポカツサンドを売っているのは、ジェフからナゲットの屋台を任されたご友人だ。ジェフの店はステーキと溶岩焼きに絞り、メニューを増やす予定はないからだそうな。まあ、揚げ物用の場所を新しく確保するのも大変だし、油の温度に気を遣わないといけなくなるしね。

「それで、マイさんはいつまでケイノに滞在するつもりなんです?」

 食事を終えたタイミングで、アンシャルさんから不意に問われた。

 あ~、そうだよねえ、もともと長期滞在するつもりはなかったんだよね、ケイノ。デプルポの調理法を考えるために腰を下ろしたけれど、それも終わった。

 そろそろ出発しようかな。割り引いてもらっているとはいえ、宿泊費もバカにならない……というか、これ以上アノーさんに負担をかけるのも悪い。

 よし、明日にでも出発しよう。

 急ではあるけれど、反対はなかった。

「ジェフさんたちにお別れを言いに行かないとですね」

「そうだね。お別れ会とかされなきゃいいけど」

「ギルドに寄ってケイモンに向かう依頼がないか探してみましょう」

「なるほど、少しでも稼がないといけないしね」

 今後のことを相談しながら、私たちはハンターズギルドに足を向けた。だけど、Eランクでは護衛の仕事を受けることもできず、どうやら普通に乗り合い馬車の客にならざるを得ないようだった。

 依頼といえば、例の強力な魔物の警告は掲示されたままだった。まだ退治されていないのか。

「……遭遇しなきゃいいけど」

 え? フラグ? ええ~っ?

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