第171話 問題山積

 ケイノの町の中には流れ出た温泉がいくつもの川を作っている。その温水の中を泳ぐ魚影が確認できるんだから、生き物はたくましいね。

 その中の一つ、北へと流れる川に沿って私たちは進む。溶岩焼きサンドは食べながら移動できて、こういう時は便利だよね。

 川の流れは町のはずれで東に向きを変えた。その川に別の川が北から合流していたのだけれど、合流地点に網が張ってあった。

「罠でしょうか?」

「ん~、いや、罠の網の張りかたじゃないと思う」

 ヨナの呟きに答える。私も最初は罠かと思ったけれど、頑丈な網が何重にも張られていて、むしろこれは……。

「ああ、これはデプルポが川に入ってこないようにしてるんだ」

 私たちの会話にジェフが答える。なるほど、隔離するための網か。

 北から合流している川を覗き込む。う~ん、特に動く物は……と、ちょうどその時、小さな水鳥が川面に着水した。途端。


 バシャアッ!


 水中から現れた巨大な生き物が水鳥を丸呑みにした!

「え、ちょっと、あれ全部デプルポ!?」

 最初は水底だと思っていた。でもそうじゃなかった、水底だと思っていたのは、川幅いっぱいにひしめくデプルポたちだったのだ。動かずにじっとしていたから水底だと思ったわ。

「と、鳥をひと呑みに……」

「子供くらいの大きさがありますよ!?」

『大きなお魚ニャー、食べごたえありそうニャー』

 ヨナとアンシャルさんも驚きを隠せない。クロだけが驚きのベクトルがズレてるけど、まあ、魔物だしなあ。にしても……。

「なに、定期的に大量発生するの? あの魚」

「いや、大量発生したのは今回が初めてだ。定期的にこうなってるなら、対処法もあるはずだし」

 それもそうか。定期的に大量発生しているなら、今回わざわざ依頼にまでなっていないか。

「もともとデプルポは、ここからずっと北にある大きな湖に棲んでいる魚で、冷たい水が好きらしくて、滅多に町まで下ってこなかったんだが……」

 説明しつつ、ついっと視線を逸らすジェフ。あ、これは。

「大量発生の理由はわかってるの?」

「あー……、ウルカーンの好物だったらしいんだ、デプルポ」

 ……そういうことかっ!

 思わずため息がでる。同じ結論に達したらしいアンシャルさんと顔を見合わせ、もう一度。

「え、どういうことです?」

 ヨナとクロだけがわかっていない。まあ、クロはそもそも考えていないんだろうけど。

 春、ウルカーンの肉を使った料理コンテストがきっかけで、ケイノではウルカーン討伐がちょくちょく行われるようになったそうだ。無論、絶滅させてしまっては意味がないので、町に被害がでない数は残したようだけど。

 で、そのウルカーンの好物がデプルポだったんだけど、捕食者が減ったデプルポがどうなるかといえば、今私たちの目の前の光景が答えだ。肉食のデプルポが増えすぎ、おそらく北の湖の餌を食い尽くし、餌を求めて普段は来ない町の近くまで押し寄せてきたってことなんだろう。生態系のバランスが崩れたのだ。

 そう説明すると、ヨナもわかってくれた。

「いつ、網がやつらの重みで破れるかわからないし、小魚が網をくぐって北に入ってデプルポに食われることも多くなってる。駆除すれば早いんだろうけど、どうせなら売り物にしたいらしい」

 町長さん、転んでもタダでは起きないというかなんというか。

 だけど、うん、これは確かに緊急の依頼だ。デプルポが東に抜けることがあれば、その先でどういう被害が出るかわからないぞ。

 決意を新たにしていると、ジェフたちがフックつきのロープをデプルポひしめく川に投げ込んだ。餌もなにもつけていなかったけれど、よほど飢えているのか、それともなんでも食いつくのか、盛大な水しぶきとともにデプルポがフックに食いついた。

 ジェフたちが力を合わせてロープを引っ張ると、ビチビチともがきながら大きな魚が引き上げられる。

 うーん、姿形はやや扁平なナマズっぽい。しかしデカイな、釣り上げられた個体は軽く五十センチオーバーだ。

「こいつはまだ小さいな。デカイやつだと、この倍はある」

 釣り上げたデプルポの脳天を殴りつけて麻痺させ、手早くえらを切って血抜きしながらおじさんが言う。おおう、デカイやつだと一メートルクラスなのか。

「手慣れてますね」

「まあ、何匹も締めたからな」

「だけど、まだ料理できていない、と」

「それについては帰りながら話そう」

 血抜きの終わったデプルポを棒に吊り下げ、棒の端を二人で担いで帰路につく。興味津々でデプルポの匂いを嗅いでいたクロが顔をしかめた。

『ご主人様、この魚、くさいニャー』

「……あ、確かに臭い」

 魚特有の生臭さだけど、他の魚より強いかもしれない。デプルポの体表はヌメっているので、このヌメリが原因かな。

 ヨナとアンシャルさんも顔を近づけて鼻をつまんでいる。その様子を見てジェフが口を開いた。

「そのにおいが最初の問題なんだ。表面のヌメリが原因なのはわかってるんだが」

「塩で揉んだら?」

 地球の魚もだけど、体表のヌメリがある魚は塩で揉むとヌメリを落とせる。そう提案するけど、ジェフは首を振った。

「ああ、誰もが最初に塩で揉んだよ。だけどこの魚、身が異様に柔らかいんだ、まな板に乗せて切るだけでも身の下側が崩れる。塩で揉んだら簡単にボロボロさ」

 な、なんて厄介な肉質なんだデプルポ。

 さて、そうなると、体表のヌメリをとることと、柔らかい身を崩さずにどう切り分けるかが問題になるのか。

「あと、もうひとつ」

「まだあるの!?」

「デプルポの身は、肉の中に脂がちりばめられるように存在してるんだが、この脂がやはり臭う。そして困ったことに、とても燃えやすいんだ」

「燃えやすいって……、どれくらい?」

「切り身を熱したフライパンに置いたら、瞬間的に天井にまで火柱が立ったって話だ」

 ガソリンか!

 思わずツッコミたくなる。いくらなんでも火柱とかおかしいだろう。

「それでは、見かけた火事の跡は……」

「ああ、最近のはデプルポを調理しようとしての火事だな」

 アンシャルさんの問いにジェフが答える。いや待て、最近の?

 指摘するとジェフは苦笑した。

「マイが油で茹でる調理法を教えてくれたから、それからしばらくは油で茹でる料理が数多く考案されたんだが、その時も火事が多発してさ。いやー、火力の調節が知られるまで大変だったぜ」

 あー、油の温度が上がりすぎたのか。しまった、その辺りの危険性を広める前にボダ村に向かってしまったからなあ。

「油で茹でる料理、増えたんですか?」

「ああ、広場の屋台に行ってみな、種類が豊富だぜ」

 ヨナとジェフの会話を聞きながら、さて私はデプルポに目を向けた。食いついたフックで吊り下げられている姿は、その扁平な姿からナマズよりもアンコウに見えてきた。

 いや、アンコウか、そうか。ひょっとしたら身を崩さずに捌けるかもしれない。そのためには体表のヌメリをなんとかしなければいけないんだけど……。

「ねえ、ジェフ。酢はある? 大量に」

「酢? ああ、ケイノは酢が豊富だから、大量に用意できると思うが」

「豊富なんだ」

「ああ、材料をかめにいれて溶岩洞に安置しておくと簡単に造れるんだ。理由はよくわからんが。だから商人が買いにくるくらいだぞ」

 ふむ、日本でもどこだったか、火山の麓にしか生息しない微生物のお陰で良質な酢が造れるところがあったな。それと同じで、溶岩洞にケイノ特有の微生物がいるんだろう。なんにせよ、酢が豊富なら幸いだ。

「わざわざ確認するってことは、なにか調理法が?」

「やってみないとわかんないけどね」

「よし、わしが一足先に帰って用意しておこう」

 そう言っておじさんが駆け出した。さて、うまくいくかどうか……。

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