第170話 新食材、デプルポ
翌朝、私たちは『燃える岩』に向かって歩いていた。ジェフの頼みがなんなのかわからないけれど、話だけでも聞くと言ったからね。
客が朝風呂を楽しむからか、ケイノの朝は早い。季節がら陽の昇るのが遅いのだけど、まだ薄暗いうちから町はにぎやかだ。
ふあ、とアクビが出る。他の客同様、みんなで朝風呂して目が覚めたはずなんだけどなあ。少し夜更かししたのが残ってるのかな。
ちらっと後ろを窺う。一歩遅れてついてくるアンシャルさんが、残念なくらい挙動不審だ。急に顔を赤くしたり、思い出したように悶えたり……、いつかのスピナかな?
「こうなると思ってました」
「……怒ってる?」
「怒ってはいないです。でも……マイ様を取られちゃいそうで……」
隣を歩くヨナの表情は複雑だ。まあ、ヨナの立場、というか、私に対する気持ちからすれば当然か。
えーと、なにがあったかというと。昨夜、みんなでイチャイチャしたんだよね。うん、アンシャルさんも含めて。
いや、アンシャルさんがヨナと張り合っているみたいなので、寝る前に理由を訊いてみたのだ。
結果、アンシャルさんの内に秘めた気持ちをぶつけられた。……自分で言うのは気恥ずかしいけれど、アンシャルさんは私が好きらしい。
山賊どもに襲われているところを助けられたのが始まりらしいのだけれど、その時はまだアンシャルさんも吊り橋効果と同じものだと思おうとしていたようだ。うん、私もそう思う。
それが再会して、村人の悪意に動けなくなった私を見て、そしてヨナと話して自分の気持ちを自覚したらしい。
なるほど、ヨナもなんだか張り合っているように感じていたけれど、アンシャルさんがヨナと話して自覚したというなら納得かな。
「私……マイさんが好きなんです。一番でなくとも構いませんし、好きでいることを許してもらえますか?」
顔を真っ赤にして、そう告白されたら多くの男は断れないんじゃないかなあ。いや、私は女だけど、まだ心の中には男だったころの自分がいるしね。アンシャルさんに好きと言われて嫌なはずもない。
だからって、すぐ手を出すかって?
ああ、うん、普通はそう思うよね。だけど、【マイホーム】で私とヨナがイチャイチャしてたのをアンシャルさんは知っていた。なんでも壁が薄くて筒抜けだったとかなんとか……。うわ、死にたい。
その上、自分にも人並みに性欲があると告げられ、
「正直……羨ましかったです」
なんて言われてしまってはねー。
なので、まあ……イチャイチャさせていただきました。それを思い出して、アンシャルさんは恥ずかしがっているわけだ。
しかし、ライラックさんの時はそうでもなかったのに、アンシャルさんだとヨナは不安を感じるんだな。アンシャルさんも微妙にヤキモチ妬きみたいだし、二人とも気を遣ってあげないといけないな。
「な、なんですか」
「んー、なんとなく?」
ヨナをナデナデしていると『燃える岩』が見えてきた。ん? 店は開いていないのか、列ができている。……ああ、溶岩焼きサンドだけ売ってるんだ。
店の入り口脇に作られている、溶岩焼きサンドの屋台だけが開いていた。鉄板で次々溶岩焼きが焼かれ、手際よく葉物とパンで挟んで売られる。焼いているのはあの細マッチョ────昨日紹介されたけれど、エイダさんの幼馴染で彼氏のマグス、そして接客はエイダさんだ。
「ありがとうございます、お仕事頑張ってくださいねー」
客を見送るエイダさん。客は溶岩焼きを頬張りながら急ぎ足で駆けていく。
「どうやら、朝が忙しい人には好評なようですね」
「なるほど、だから屋台だけ開いてるのか」
挙動不審から立ち直ったアンシャルさんが指摘したように、朝忙しい人には食べ歩きできる溶岩サンドが合うようだ。飛ぶように売れている。反面、一日の疲れを癒す夜は店内でゆっくり食べたいのかもしれない。だから昨夜はテイクアウトしてなかったのかもしれないな。
『ご主人様、お肉ニャー、お肉!』
クロがピョンピョン跳ねながら私の袖を引っ張る。隣ではヨナが顔を赤くしている。うん、雑踏に紛れたけれど、可愛いお腹の鳴る音がしたね。
「朝食、あれでいいです?」
「私は構いませんよ」
アンシャルさんもいいと言うので、そのまま列に並ぶ。お、エイダさんがこっちに気づいた。だけど接客が忙しいからか声をかけてはこない。しばらく待って、ようやく私たちの番が来た。
「いらっしゃいませ、マイさんたち。四つでいいですか?」
『ご主人様、二つ食べるニャー』
「……ごめん、五つで。……種類はないのね」
「忙しい朝、あれこれ選んでもらうと時間がかかるもので。その代わり、ソースが日替わりなんですよ。あ、兄が中で待ってますから、溶岩焼きサンドをお渡ししたら中にお願いしますね」
なるほど、種類はないけどソースで変化をつけたのか。忙し朝に対応したいいアイディアだね。
「よし、五つ完成だ」
マグスが手際よく溶岩焼きを挟んでエイダさんに渡す。並んでいる人数を逆算してパティを焼いているようで早い早い。
お金を払って列を離れようとするとマグスに頭を下げられた。
「エイダの命の恩人だと聞いた。感謝する」
「……当たり前のことをしただけです」
もっと気の利いた返事があったんだろうけど、あまりに真っ直ぐにお礼を言われて照れくさくなってしまった。そそくさと店に入る。……どうしてヨナとアンシャルさんはホッコリしてるんですかね?
「いえ、なんとなく。ね?」
「ですねー」
顔を見合わせて笑い合う二人。仲がいいのか悪いのか。
店に入ると、カウンターでジェフが数人の男性と話していた。ジェフ含め、全員難しい顔をしていたけれど、私たちを認めたジェフの顔がパッと輝いた。
「し! ……マイ、来てくれたんだなっ!」
また師匠と呼びかけたな、こらあ。
「ジェフ、彼女が?」
「ああ、ウルカーンの肉を使ったコンテストの時、知恵を貸してくれたマイだ」
男性たちに私を紹介するジェフ。うーん? なんだか大事な予感?
「マイ、彼らは近所の食堂の店主たちなんだ」
「店主? なんでまた、そんな人たちが集まってるの」
「マイはハンターだよな。なら、新しい料理の依頼、見てないか?」
あ、あー……。確かにあったな、新しい料理の依頼。今度はなんの食材を使うのかと思ったものだけど……って、まさか!
「そのまさかなんだ。新しい食材、これがなかなか難物で、まだ誰も満足な調理ができていないんだ。だから、マイならもしかして、と思って」
「誰も?」
「ああ、誰も。だから依頼にまでなってるんだ」
言われてみればそうだな。依頼になるほど厄介な食材ってことか。う~ん、なんとかできるのか? 私はただ地球の料理をこの世界に持ち込んだだけだから、プロの料理人に比べれば料理の腕は素人に毛が生えた程度なんだけど。
まあ、でも、昨夜の食事代をタダにしてもらっている手前、聞く前から断るわけにもいかないよね。
「力になれるかどうかは、わからないけれど、とりあえずどんな食材なの?」
「デプルポっていう魚なんだが……、いや、実物を見てもらった方が早いな。悪いけどついてきてくれ」
そう言ってジェフと店主たちは立ち上がり、店を出る。変わらず並んでいるお客を避けて迂回してついていくと、彼らは軒先に置いてあったフックつきのロープや棒をそれぞれ手にした。大がかりだな、大物か?
「兄さん、デプルポを獲りにいくの?」
「ああ、客が落ち着いたら下拵えを頼むな」
「いってらっしゃい。マイさんたちも、気をつけてね」
エイダさんたちに見送られ、私たちは北へと歩きだす。さて、どんな魚なんだろうなあ。
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