第169話 張り合う溶岩焼き
「師匠、来てくれたんですか!」
「師匠って呼ぶな!」
エイダさんの声に顔を上げたジェフがこちらに気づいた。だから師匠と呼ぶなと言うのに。
当然だけど店内の視線を一気に集めてしまう。あ、見たことのある顔がちらほら……。
「おお、ジェフの師匠さんか。久しぶりだなあ」
「どこ行ってたんだ師匠さんよ」
うがーっ!
顔見知りのおじさんたちが口々に師匠と連発する。やめろぉっ!
当然、私を知らない人たちはジェフに事情を訊く。
「どういうことだい、師匠って」
「ああ、それはだなあ────」
「くぉら、いつまで客を立たせておくのさ!」
面倒くさいことになりそうなので会話を遮る。一応、客なんだぞ?
さすがにジェフもエイダさんもマズイと思ったのか仕事に戻る。
「す、すみません、四名様、こちらの席にどうぞ」
案内されたテーブルに四人で座る。ううっ、店中の視線が……。
「うわ、可愛くね?」
「胸でけえ……」
男ってやつぁ!
「マイさん、師匠とは?」
「ごめん、あとにして」
人が多すぎる。自慢話に聞こえても嫌だぁ。
私が本当に嫌がっているのがわかったのか、アンシャルさんは何も言わずにメニューを開き、全員でそれを覗き込む。
ふむ、基本は溶岩焼きのセットとミンチの包み焼きのままか。だけどつけ合わせが日替わりで、さらにソースの種類が選べるようになってる。サイドメニューに各種揚げ物が増えているし、頑張ってるなあ。
「マイ様、ステーキがあります」
「お、本当だ。復活したのか」
「はい、『月桂樹の冠亭』が廃業したので、牧場から良いお肉を仕入れることができるようになったんです」
水を持ってきてくれたエイダさんが疑問に答えてくれた。小声で先ほどはすみません、と言いながら。気をつけてよね。
そういえばステーキを断念しなくちゃいけなかったのは、『月桂樹の冠亭』が横槍を入れてきたのがそもそもの発端だったっけ。にしても廃業?
「なんでまた廃業?」
「ええと、なんでもオーナーが、ガラン熱を流行させた邪精霊士と繋がっていたとかなんとかで……」
なんですと? そんなヤバイことしてたのかあのオーナー。そりゃあ、そんなことが表に出れば商売なんてやってられないよね。
聞けば逃げようとしたオーナーは大捕り物の末に捕えられ、今は牢屋か鉱山か、だそうな。
『ご主人様、早く肉食べたいニャー』
おっと、話し込んでしまったな。お客さんも来たし、話している間にみんなの注文も決まったようだった。
「溶岩焼きセットの硬めが二つ、ソースはピリ辛とさっぱり。柔らか目が一つ、ステーキソースで。そしてステーキセットがお一つですね。少しお待ちください」
いそいそとエイダさんがオーダーを伝えに向かう。どうやらステーキと溶岩焼きはジェフが、ミンチの包み焼きと揚げ物は細マッチョの新顔さんが担当なようだ。ふむ……?
「……あの二人、お付き合いしているみたいですね」
新顔さんと話すエイダさんの様子がなんとも微笑ましいので、もしやと思ったけれど、自分より先にアンシャルさんが呟いた。ふむ、やはりそう見えますか。
「アマス様は愛の女神様ですからね、恋の成就や幸せな結婚生活の祈願に来る人々が多いのです。だから、恋する人の表情や雰囲気は、なんとなくわかるんですよ」
さすが愛と生命の女神様の神官、鋭いねー。
感心しているとヨナがくいっと袖を引いてきた。うん、なに?
「……ケビン君、見ませんね」
「あー、そうだねー」
「誰ですか?」
「ケイモンの孤児院出身のハンターなんだけどね……」
アンシャルさんに簡単に説明すると、彼女も「ああ……」と呟いただけで遠い目になった。ケビン、エイダさんに気がありそうだったもんなあ。だけどエイダさんに恋人がいるとわかれば……うん、御愁傷様。
その流れでケイモンの孤児院の話などしていたら料理が運ばれてきた。本日のつけ合せは青菜のソテーとフライドポテト。溶岩焼きを初めて見たらしいアンシャルさんは目を丸くしていた。
「これは、変わった料理ですね」
「お好みでソースをかけて召し上がってくださいね」
食べ方の説明をしてエイダさんが離れる。注文したのは、私が溶岩焼きセットの硬め、ピリ辛ソース。ヨナが同じく硬めのさっぱりソース。アンシャルさんが柔らか目のステーキソースで、クロがステーキセットだ。
『肉だニャーッ!』
さっそくクロがフォークで肉をひと突き。切り分けもせず、そのままかぶりつく。うん、まあ、手で食べなくなっただけいいか。幸い、小さな子供にしか見えないから、こんな食べ方をしても不自然ではないだろう。
「これは……ステーキとはまた違って……。柔らかいです! お年寄りにもいいのではないでしょうか」
簡単にナイフが入る柔らかさと食感に、溶岩焼き初体験のアンシャルさんは興奮を隠せないようだ。食べるスピードが少し速くなった。気に入ってくれたようでなによりだ。
さて、私もいただこうかな。このピリ辛ソースはどんな感じだろうか。
「あ、これはいける」
「マイ様、このさっぱりソースも美味しいです!」
ピリ辛ソースは、地球で言えば西洋ワサビのような辛みがある。細かく刻んだ材料が触感にアクセントをつけていて美味しいな。材料はなんだろう、買っておきたいぞ、これは。
新しい食材を堪能していると、ニュッと目の前に切り分けられた溶岩焼きが。
「マイ様も味わってみてください。はい、あ~ん」
ニッコリ笑顔のヨナがさっぱりソースのを差し出してきていた。くっ、可愛い!
奴隷が主人に「はい、あ~ん」なんてことしようものなら普通は大問題なんだろうけど、私は許す。許すけど……いや、ちょっと周囲の視線がね?
「えっと、ヨナ、周りの視線が」
「あ~ん♪」
「……あむ」
笑顔の圧が凄い。為すすべなく敗北した自分は、観念して肉をモグモグ……ああ、大根おろしにポン酢をかけたような味でこれも美味しい。脂っぽさが苦手な人にいいな。これまた材料はなんだろうか。
ニュッ!
「ふぁっ!?」
「マ、マイさん、このソースも美味しいですよっ」
なぜだかアンシャルさんも溶岩焼きを差し出してきた。周囲の視線が気になるのか、顔を赤くして。って、またヨナと張りあってますか!?
「は、早く食べてください……」
「え、えーと……あむ」
どんどん赤くなるアンシャルさんが可愛そうなので肉をいただく。周囲の視線が生温かいぃっ!
え、えーと、このソースは以前のものと同じ……じゃないな。前回はステーキ用のソースをそのまま使っていたけれど、このソースは溶岩焼きに合せて調整してあるのか、以前より肉の旨味を引き立てているような気がする。それに柔らか目の方はスジ肉じゃないな。いい肉が手に入るようになったから原料を変えたのかもしれない。う~ん、ジェフ、できるやつめ。
とりあえず、あとで訊いてみよう。そう考えていたら、ヨナとアンシャルさんがじぃっとこちらを見ていた。えっと……?
「「マイ(さん)様のは、どんな味ですか?」」
なぜハモる。
そして期待するような目をしないで。し、周囲の目がっ!
じぃ~~~っ……。
「……はい」
負けた。二人の期待の眼差しに負けた!
観念して切り分けた溶岩焼きを二人に差し出すと、嬉しそうに頬張ってくれた。
「あら、これは大人な味ですね」
「さっぱりソースとは違う形で脂が気にならなくなりますぅ」
満足そうな二人は周囲の視線に気づいていない。生温かさが増してるっていうのにっ。
『ご主人様、おかわりニャー』
ああ、マイペースなクロだけが癒しだ。
もう一つステーキセットを追加しようと手を挙げると、なぜだか手の空いたジェフがやってきた。
「ステーキセット、追加で」
「承りました、と。し……マイ、明日の朝、時間あるか? ちょっと相談したいことがあってさ」
「えー……」
「そんな顔しないでくれよ。今日の食事代、サービスするからさ」
「……話だけでも聞こうか」
嫌な予感しかしないけどね。
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