第168話 『燃える岩』再び
とりあえず落ち着こう、そうしよう。なので四人で大浴場に向かった。入浴してリラックスすれば落ち着くだろう。
遠く間欠泉が噴き上がる、浴場と言うよりテーマパークのような大浴場に、初めてのアンシャルさんは目を丸くしている。
「広いですね……」
「なんでも、複数の宿が共同で使っているみたいですよ。なので、帰り道を間違えると大変だとか」
湯が流れる川に沿って歩き、洗い場を目指す。その間にも何人もの女性とすれ違う。前回は気づかなかったけれど、どの女性もタオルで身体を隠すことなく堂々と歩くなあ。これだけ堂々とされていると全然いやらしくない。
「ある程度の立場ある人ですと、同性に対しては自らの肉体は誇示するものであって、隠すのは自信の無さの表れだと判断されるそうです」
とはアンシャルさん。なるほど、高級宿だし、立場ある人が多いからな、ここ。それにふくよかな女性はたまに見るけれど、明らかに太りすぎな人はいない。美しい肉体を維持するための努力は怠っていないんだろうなあ。
しかし、すれ違う女性たちの視線をバシバシ感じる。アンシャルさん以外は明らかに未成年な私たち、しかも一人は奴隷だ。どんな関係なのか気になるのかもしれない。……いや、私とアンシャルさんは胸に視線が集中してるのが複雑だけど。
視線といえば前回同様、ヨナが服を脱いで入浴するつもりなのを見て顔をしかめる人もいる。
「ヨナ、平気?」
「大丈夫です。だって……マイ様に勇気をもらってますもん」
凹んでいるかと思って声をかけてみるけど、予想外にヨナは平気だ。
私に勇気をもらった? どういうことだ?
思わずヨナを凝視してしまうと、彼女は頬を染めてはにかむ。やだ可愛い、今すぐ【マイホーム】に連れ込んで愛したいわ!
「ふたりの世界に入り込むのはおやめくださーい」
いててて、アンシャルさんに頬をつねられた。見れば少しむくれている。
え、なんかヤキモチ妬いてる? なんで?
そしてヨナはどうして微妙にドヤってるのかな?
なんか二人の間で火花散ってない?
『ご主人ー、お魚がいるかニャー?』
クロだけが空気を読んでいなかった。湯の川に飛び込んで魚を探そうとしたので慌てて止めたけれど、お陰で変な空気は霧散した。
洗い場に到着すると、当然のように私はヨナの髪と背中を洗う。通りかかった奴隷持ちのご婦人が、信じられないものを見るような顔をしていたけど華麗にスルー。
そしてヨナも、今回は視線を受け流していた。私が堂々と洗っているから、それに
「マイさんって、周囲の視線を気にしないですね」
「視線の内容にもよりますけどね」
巨乳に集まる視線は気になるけどねえ。
洗い終わったヨナの背中に湯をかけていると、アンシャルさんがチラチラとこっちを窺っている。気のせいでなければ、なんか羨ましそうな顔なんだけど……。
「……アンシャルさんも洗いましょうか?」
「いいんですか!」
パアッと顔を輝かせる。え、そこまで喜びますか?
すごく期待されてるし、言った手前、洗わないわけにもいかない。アンシャルさんの髪と背中を洗ってあげる。アンシャルさんはずいぶんとご機嫌だ。
「そんなに嬉しいですか」
「お恥ずかしながら、マイさんに洗われるヨナさんを羨ましく思っていたもので」
「別に背中ぐらい洗いますよ」
「では、洗いっこしましょうか」
「ダメですーっ、マイ様の背中は私が洗うんですからっ!」
少しむくれたヨナが待ったをかける。なんだろう、前にもこんな会話したような気が……。
とりあえずアンシャルさんの背中を流し、一人だけ洗わないのもなんだったのでクロも洗ってあげた。プルプルと水気を飛ばす仕草は、人間の姿でも猫そのものだ。これはこれで可愛いな。
さて、それじゃ、あとは自分の身体を洗って────。
「マイ様、背中流します!」
「……じゃあ、私は前を!」
「なに対抗意識燃やしてるの!?」
『クロは下を洗うニャーッ』
「うわあああっ、ま、待って待って、自分で洗え────って、ヨナ、背中に当たってる! なんでそんな洗い方を────アンシャルさん、どこ触って! ……それ、洗うというより揉────クロ、それは洗うんじゃなくて舐め……ア────────ッ!!」
デジャヴ再びぃっ!
頼む、お風呂ではリラックスさせてえっ!
「……疲れた」
大浴場から逃げるように部屋に戻ってきた。いや、だって、あそこは他の入浴客もいるんだよ。洗い場でドタバタしていたら注目も浴びるわけで。
ヨナもアンシャルさんも周囲の視線に気づいて我に返ってくれたけど、さすがにノンビリと入浴する気にはならなかったので全員で逃げてきた。
「すみません、つい……」
「ごめんなさい、マイ様」
『ご主人様、なんで疲れてるニャー?』
クロだけがわかっていない。まあ、魔物だし、仕方ないのか?
しかし危なかったな。【マイホーム】内のお風呂だったら、間違いなく暴走してたと思う。
というか、アンシャルさんが少しおかしい気がする。なにやらヨナと張り合っているように思えるんだけど……。
もし、周囲に人がいなかったら、間違いなく……、いや、もしかしなくても期待されてる? 意識しすぎ?
うーん、今後のためにも、それとなく確認しておいた方がいいかもしれない。
入浴はまた改めて、ということにして食事にすることにした。ヨナとクロのお腹が大合唱なので。恥ずかしがるヨナ、プライスレス。
「アンシャルさんは、お気に入りの店とかあります?」
「いえ、サイサリアに渡る前に寄りましたけど、急ぎだったので屋台で各自適当に食べただけですね。だからお店はよく知らないです」
「じゃあ、知り合いの店に行きましょうか」
知り合い、つまり『燃える岩』のことね。まあ、そもそも入ったことのある店はそこしかないんだけどさ。
ジェフとエイダさんは元気だろうか。特にエイダさんはガラン熱に罹患してたから心配だ。リモさんと薬草が間に合ってくれているとは思うけど、後遺症が残っている可能性はゼロじゃないしなあ。
一抹の不安を感じながら賑わう通りを進んでいると、不意にヨナが袖を引っ張った。
「マイ様、ここ、あの嫌味なオーナーのお店じゃなかったですか?」
「うん? ……あれ、本当だ」
ジェフと揉めていた『月桂樹の冠亭』が入っていた大きな建物、よく見れば看板が無くなっている。だけど賑わってはいるな。
入り口前にある立て看板を見てみると、大きな建物内にいくつかの店が入っている。好きな店で好きなものを買い、店内中央に設置されているテーブルで食べるシステム……フードコートじゃん!
入っている店の名一覧に『月桂樹の冠亭』は無い。なにがあったし。
「ここですか?」
「いえ、ここじゃないです。とりあえず移動しましょう」
異世界版フードコートには興味はあるけれど、機会があったら入るとして今回はパスしよう。
再び歩きだし、『燃える岩』に到着。屋根が新しいのは修繕したからだな。おや、店の前に屋台のようなものがあるな。
「溶岩焼きサンド、お持ち帰り専用?」
屋台に掲げられた看板を読んでアンシャルさんが首を傾げた。
なるほど、ハンバーガーはテイクアウト専門にしたのか。どうやら夜はテイクアウト不可なようでやっていないけれど。
店内の賑わいはウェスタンドアで遮れるはずもなく、通りにまで聞こえてくる。どうやら変わらず人気のようだ、安心した。
ドアを開けて店に入ると、大半のテーブルが埋まっていて盛況だ。……ん? 調理用溶岩プレートの所にジェフと知らない男性が立って調理している。細身な男性だけど、まくり上げた袖から覗く両腕はかなり逞しい。細マッチョとでも言おうか。新しく料理人を雇ったのかな?
「いらっしゃいませーっ! ……あっ」
なんとなく入り口から知らない男性を観察してしまっていたら、料理を運んでいた女性────エイダさんががこちらに気づいた。どうやらガラン熱から無事に回復したようだ、よかった。
「お久しぶりです、エイダさ────」
「いらっしゃいませ、師匠さん!」
師匠って呼ぶなっ!
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