第160話 悪意

 数日後。私たちは街道を外れて東へと進んでいた。なにゆえ街道を外れているかといえば、アムゼイやフィゴー親方のいる隠れ里に立ち寄るためだ。青ラエン製の武器を提供してくれた彼らには国から褒賞が出ることになっているので、立ち寄ってそれを伝えてほしいとライラックさんに頼まれたからだ。

 そんなわけで地図とにらめっこしながら進むことしばらく。陽が傾きはじめたころに、あの子爵の別荘の手前で小さな村を見つけた。あの時はすぐ街道に出たから、この村には来てなかったなあ。

 当然、警戒されたものの、敵意のないことを示して話を聞いた。

「それでは、大きな怪我人などはいらっしゃらないのですね?」

「ああ、この村は運が良かったんじゃよ」

 どうやらこの村は運がよかったらしく、野良アンデッドや山喰いの襲撃を受けることもなく今日まできたようだった。

 軽い怪我人や薬草の不足があったくらいで、神官の治癒魔法と、備蓄しておいた薬草の提供でそれも解決した。

 一応、薬草を採ってくるフリはしたものの、あまりの速さに村人だけでなくハンターたちにまで訝しまれたけど……。

 カラクリを知っているヨナとアンシャルさんだけがニコニコしてた。

「もう少し進んで夜営するか?」

 完全に陽が落ちるまでは時間がある。少しでも距離を稼ぐか、安全をとるか。相談していると、こちらの様子を窺っていた村人がやってきた。

「……もう陽が暮れる。古くなって取り壊す予定の倉庫でよければ寝所にするとええ」

「いいんですか?」

「差し入れはないがな。飯は自分たちで用意してくれ」

 それだけ言って年配の男性は背を向けた。つっけんどんだけど、寝泊まりの場所を用意してくれるだけ喜ばないといけないかな。

 お言葉に甘えて教えられた倉庫に向かう。それを確認すると、村人たちも各自の家へと戻っていく。

「んー……」

「どうした、マイ?」

「いえ、年配の男性ばかりだなあ、と」

 姿を見せたのは年配の男性ばかりだ。女性や子供が警戒して出てこないのはわかるけれど、若い男性はいないんだろうか?

 私の疑問に皆が首を傾げたけれど、王都や町に仕事を探しに行ったのではないか、という予想に落ち着いた。下手に詮索する必要はないしね。

 取り壊す予定という倉庫は古びているものの、まだまだ頑丈そうだ。すぐ近くには貯水池だろうか、そこそこ大きな池がある。

 外に薪が積んであったり、他にも雑多な物が外に置いてあるのは、わざわざ空けてくれたからかもしれない。倉庫の中には束ねた麦藁が残っているくらいでガランとしている。

「寝るにはちょうどいいな」

 その言葉に全員が笑う。この人数が寝られる場所なんてそうそうないしね。夜露を防げるだけありがたい。

 簡単に夕食を終え、眠ることにした。野営と違って見張りを立てる必要がないのは気が楽でいいな。

 ……それが裏目に出るなんて、考えてもいなかったんだけど。



『ご主人様、起きるニャー! 起きてニャー!』

「んう? ……はっ!?」

 頭に直接響くクロの声にたたき起こされた。んー……なんか暖かいな、というか煙臭い?

 異変を感じて飛び起きる。覚醒した意識がパチパチとなにかが爆ぜる音を認識する。小屋内部の温度が上がり、うっすらと煙が充満してきている。

「なんだぁ、おい……って、何が起きてる!?」

『クロ、他の人も起こして!』

 小屋の壁のあちこちが煙をあげながら黒く変色しはじめている。明らかに火事だ!

「おい、入り口を開けろ!」

「換気を!」

「くそ、開かない!」

 大柄の戦士さんが扉に体当たりするも開かないって?

 全員の視線がそちらに向いたのを見計らってシーン・マギーナを喚び出す。今は閉じているけれど、倉庫にも明かり取り用の窓はある。だけど壁際はかなりの熱さなので近づくのは危険だ。ならば。

「シーン・マギーナ、スピアフォーム!」

 小声で命じる。すると柄がぐんぐんと伸び、刀身に巻きつくようにして鍔を形成していた翼が展開して刃になり、三ツ又の槍へと変化する。そう、夢魔から奪った槍はまさしくシーン・マギーナの欠片で、命令ひとつで形状を変えるのを知ったのは少し前のこと。とんでもない武器だな、これ。あといくつ欠片があるんだ?

 まあ、それを考えるのは後にして、穂先で窓を突き破る。

 危っ! 燃え盛る炎が窓から飛び込んできた。近くで割っていたら火傷してたな。

「……これは」

 窓の向こうに見えたもの、それをすぐには認識できなかった。松明を手にした村人たちが割れた窓越しにこちらを睨んできていた。

 ゾッとした。彼らの目は異様にギラギラと輝いていて、敵意と殺意に満ちている。私を見ているはずなのに、その向こうの誰かを見ているような気がした。

 小さな風切り音がして頬に微かな痛み。村人の投げた石が頬をかすめたのだ。

 なんで? なんで村人が私たちを焼き殺そうとしてるんだ? その疑問が見えていた石を避けられなくした。

 疑問の答えは村人たちが教えてくれた。

「死ね、ハンターどもっ! 息子の仇じゃっ!」

「嫁を返せ、無法者どもっ!」

「あの世で娘に詫びろっ!」

 ハンターへの恨み言とともに、今度は額に激痛が走り、その場に倒れた。見えていたのに身体が動かなかった。

「マイ様っ!」

「だ、大丈夫……」

 そう答えはしたものの、本当は大丈夫じゃないと思う。

 額の痛みは大したことない。だけど身体が委縮して思うように動かない。村人たちの殺意が見えない針となって、自分をこの場に縫いつけてしまったような……。

「私たちは関係ないのに」

「そんな話が通じる状況じゃねえっ。おい、扉は!?」

「くそっ、油でも置いてあったのか、火が強すぎる!」

 ぶち破った方が早いと判断したんだろう、一人が斧で扉を破壊すると、一際強い炎が小屋内部に入り込んで壁や柱に引火する。さらに、開いた窓から石だけじゃなく火の点いた松明までが投げ込まれてきた。慌ててみんなが消しに走るけれど、いくつかは積み上げられた麦藁に引火して火柱をあげた。

 マズイ、なんとかして火を消さないと全員あの世行きだ。焼死か窒息死かくらいの違いしかない。

「マイ様、しっかりっ!」

『ご主人様、頑張るニャー!』

 ヨナとクロが動けない私を左右から抱えて立たせる。窓の向こう、ハンター死ねと狂ったように連呼する村人のさらに向こうに、あの大きな池が見えた。水だ……水があるっ。動けなくてもできることがあるっ。

「皆さん、火を消します! 走る用意を!」

「なに? ……よし、全員荷物を持て!」

 戦士さんの号令に全員が荷物を手に取る。それを確認し、【クリエイトイメージ】! 対象は池の水!

 次の瞬間、池の水が消え失せた。そして一瞬後。


 どっぱーーーーーーーんっっ!


 轟音と共に小屋が揺れ、天井が悲鳴を上げた。小屋の上に移動させた大量の水が滝のように降り注いだのだ。

 村人の悲鳴と炎が水にかき消される。その機をハンターたちは逃さない。

「ぶち破れーっ!」

 全員で弱っていた扉を破壊、そのまま外へと飛び出す。ヨナとクロに支えられ、なんとか自分も外に。

 水の直撃を受けた村人たちが呻いている。ごめんなさい、だけど焼け死ぬなんてまっぴらなので逃げさせてもらいますね。

「に、逃がすな!」

「追えーっ!」

 うわっ、動ける村人が手に手に農具を持って追ってくる。ホラー映画を見てる気分だ。

「攻撃はするなよ、魔法もダメだ!」

「走れっ、脚ならこっちが有利だ」

「マイさん、急いで」

 確かに村人は年配が多い。だけど、まともに歩けない私を抱えてヨナたちが逃げきれるかは不透明だ。

 明らかに私たちだけが遅れだす。って、ああ、アンシャルさんまでが手を貸しに来てくれた。申し訳ない。

「先に行っててください!」

「……わかった、目的地で会おうぜ」

 私たちを置いてハンターたちは少し離れたところにある森を目指して速度を上げる。夜目の利く人もいたし、森に入ればなんとか逃げ切れるだろう。問題は私だよ! ええい、どうして脚が動かないんだ、このままじゃ森に入る前に村人に追いつかれるかもしれないっ。

「えと、クロさんでしたか。猫になれませんか、猫!」

 後ろを気にしながらアンシャルさんがジェスチャーで猫のポーズをとる。なにそれ可愛い。

 だけどクロには通じていない。いかん、見惚れてる場合じゃなかった。

『クロ、猫になって』

『わかったニャー』

 ポンッと音を立てて有翼猫ウィングキャットに戻るクロ。するとアンシャルさんは私を抱き上げてクロの背中に乗せた。余裕はないけれど、なんとか乗れなくもない、かな。

『ご主人様、つかまってるニャー』

 意図を察したクロがぐんと加速する。それを追ってヨナとアンシャルさんも速度を上げた。

 村人を引き離して森に駆け込んで、そこでようやく【加速】を使えばよかったと気づいた。かなり動揺してたんだな、私……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る