第159話 お人好し
私たちはリトーリアに向けて出発した。と言っても、あれからすぐではないけれど。
サイサリアは復興の道を歩み始めた。王都では復興事業が立ち上げられ、どこに行っても人手が求められる状況だ。
だからというわけじゃないんだけど、神官としての仕事を求められたアンシャルさんが数日動けなくなったので、その間にグリュンヴァルドに顔を出すことにした。
アンシャルさんが置いて行かれる心配をしていたけど、置いて行きませんって。下手に置いていったらアマス信者総出で捜索されかねないからやりません。というか、置いていってもあの魔法で追いかけてくるでしょうに。
ちなみにクロは同行を嫌がった。シュテイレの子供たちに会いたくなかったようだ。まあ、連れて行ったんだけどね。
『ご主人様、ひどいニャ……』
『許せ』
グリュンヴァルドの森ではエルフたちに歓待されたけれど、反乱軍がひと月ほどかけて進んだ道をわずか数日で戻ってきたので、いくらか訝しがられてしまった。ミローネ王女の演説からあまりに日が経っていなかったし、反乱軍に同行したエルフたちが戻ってきていないから当然か。
……途中で追い越した気もするなあ。
とりあえず、クロに運んでもらったことにしたら、それなりに納得してくれたけれど。
すぐに戻るので簡単に歓迎してもらったあと、シュテイレに精霊樹を見てもらった。順調に成長しているようでなによりだった。
シュテイレの説明によれば、いずれ精霊樹から下級精霊の子供とでも呼ぶべき存在が産まれ落ちるそうで、それら精霊を世界各地に
グリュンワルドで精霊樹の成長を助ける土や草花を補充させてもらってから王都に戻ると、アンシャルさんも仕事がひと段落ついていたので、準備を整えてから出発することにした。
あ、出発前にケイモンのハンターズギルドに連絡をとってみたけど、サイサリアから公式にハンターズギルドの再開を要請されたそうで、職員たちの入国に問題はないだろうとのことだった。まあ、その後が大変だろうけどね。
「黙って出発なんて酷いじゃない」
どうやってか出発の日時を知ったライラックさんが見送りに来てくれたのには驚いた。そして驚くことを聞かされた。
「キースたちが?」
「ええ、リトーリアに渡ることを考えていたらしいのだけれど、自分たちのやってきたことを振り返って、ケジメをつけずに逃げるのは違うと考えたらしいわ」
キースたち紅い風は城に仕事を求めてやってきたそうだ。どんな汚れ仕事でも構わない、なにか償いをしたいと。
今は取り調べ中らしいけれど、ライラックさんたちにしても扱いに悩んでいるそうだ。無難に罰として、なにか国のために仕事を任せる方向で話が進んでいるらしい。
そうか、キースたちは棘の道を選んだのか。
「また来てね。立派な国にしてみせるから」
「はい。……きっと」
再会を約束して、今度こそ私たちは出発したのだった。
「こんな大所帯になるとは思ってませんでしたけど」
「しょうがねえだろ、内乱が終わったとはいえ、まだまだ国内は安定してねえからよ」
当初は私、ヨナ、クロとアンシャルさんの四人で出発しようとしたんだけど、危険だからと門番に止められて他の人たちとの同行を薦められた。普通ならば乗り合い馬車が各街道を走っているところだけど、内乱が終わったばかりで乗り合い馬車組合も機能していない。野良アンデッドもまだ残っているし、野盗も確認されている。女子四人の旅を心配された形だ。
そこにやってきたのが、リトーリアから渡ってきたハンターたち。大柄の戦士さんを筆頭に知った顔がちらほら見られる一行と一緒に帰ることになったのだ。
「会えてよかった。はい、これ」
「うわあ……」
例の魔法使いさんから推薦状を渡された。
どこの? 魔法学園のだよっ。
「……行かなきゃダメ?」
「できればぜひ通ってほしいな。魔法を効率よく使用する方法とか、マナの消費を抑制する方法とか、ハンターとして活動する上でも有用なことをを学べるよ」
う、う~ん、それは確かに魅力的だけど、学費とかを聞けば不安が残る。推薦状があると多少は優遇されるそうだけど。
……そういえば口座にはいくら貯まってるんだろう? 確認してから通うかどうか考えた方がいいかもしれないな。とりあえずこの件は保留で。
なんでもないことを話しながら、賑やかに街道を東に進んでいった。
最初のうちはまだよかった。王都に近い町や村はまだ治安が良かったのだ。だけど四日目に訪れた村で足止めをくらった。
明らかに兵士じゃない武装した集団に、ハンターへの偏見が残る村人たちは警戒心を隠さなかった。だけどアンシャルさんたち神官を見たら態度が急変した。怪我をした子供を抱いて母親が泣きながら治療を頼みにきたのだ。
内乱が終結したとはいえ物流がすぐに回復するわけもなく、村は薬が不足していた。そのため怪我人や病人がロクに手当てをできないままでいたのだ。そんな村に数人とはいえ神官が訪れようものならどうなるか、結果は火を見るより明らかだよね。
神官たちが怪我人を前に断れるはずもなく、形だけ残っていた教会で治療を行うことになった。まあ、見てしまった以上、見て見ぬふりはできないよねえ。とはいえ、神官に比べて怪我人が多すぎる。しょうがない。
「アンシャルさん、これを渡しておきます」
「これは……ポーションですか?」
「マナが回復します。ただ、一気に飲まずに少しずつ飲むようにしてくださいね」
余剰魔力が溶け込んだアレをいくつか渡しておく。これで治療も捗るだろう。残る問題は……。
「薬師はいるのに治療が間に合っていないな」
「どうやら大量のアンデッドが近くの森に流れてきたらしいな。薬草を採取しに行って怪我人続出ってわけだ」
この地を治める領主も治安維持に兵を動かしているのだろうけど、まだこの村にまで手は届いていないらしい。
村人は防衛が精一杯で、アンデッドに対して打つ手がないらしい。このままじゃ怪我人を治療しても、同じことの繰り返しだろう。だけど国が安定するまで待ってもいられない。
「……やるか?」
「まあ、しょうがないですよね」
ハンターたちは苦笑した。依頼でもなんでもない、報酬も期待できないボランティア。だけどこのままアンデッドを放置しておくわけにもいかない。その気持ちは一致していた。お人好しな人ばかりでよかったな。
そして始まったアンデッド掃討戦は一方的。黒の騎士団のような特殊能力持ちでもなく、統率もとれていないアンデッドは、数が多くてもハンターたちの敵じゃない。シーン・マギーナを抜く必要もなかった。
ちなみにクロは獣人姿でも強かった。ものすごい速さで間合いを詰めて、拳や蹴りでアンデッドを粉砕していく姿にハンターたちは凍りついたくらいだ。
「あのチビッ子どもは何者なんだ」
そう囁きあって微妙な距離をとられるのは悲しかったな。
あと煩わしかったのは、私が魔法を使う度に魔法使いさんが「やはり魔法学園に」と繰り返すことだった。うん、まあ、今さら魔力を隠しても意味ないし、しょうがないけどさ。
そんなわけでアンデッドは一掃され、村には平穏が戻ってきた。村を訪れた時に不信感丸出しだった村人の視線は、感謝と尊敬に変わっていた。
まあ、これがハンターへの偏見を改める一助になればいいか。
「こんなに……、よろしいのですか?」
「ついでに森で取ってきただけですから。それじゃ、役立ててくださいね」
薬師に薬草を渡してその場を離れる。追いかけるようになにか聞こえてくるけれど流して歩いていくと、アンシャルさんが立っていた。
「たくさんの薬草でしたね」
「森に生えてたからね」
「一部の薬草は春に採れるものですよね?」
……よく見てるなあ。
感心していると、嬉しそうな、だけど心配そうな、なんとも複雑な表情のアンシャルさんが隣に並ぶ。
「あれ、倉庫に保管してあったものですよね。よかったのですか?」
「いつかは使うものですよ」
アンシャルさんは【マイホーム】の倉庫と、そこに保管されている様々な物を知っている。最近は中庭で薬草を育てているので量はそれなりに確保できるとはいえ、それを簡単に放出したことが気になるんだろうか?
「……サイサリア全土に配るほど量は無いですし、わざわざ困っている村や町を探すつもりもないです。たまたま出会った、自分の両手が届く範囲の人しか助けられません」
ただの偽善ですよ。
そう呟けば、ふわりと背後からアンシャルさんに抱きしめられた。って、ふおおっ、大きくて柔らかいものが後頭部に!
「自分を卑下することはありません。神ならぬ私たちは、見える人の窮地しか見えず、助けを求める声も聴こえる範囲でしかわからないのです。マイさんの言うように、自分の両手が届く範囲で、できることをするしかないのです。だから、マイさんの行いは好ましく思いますよ」
優しく頭を撫でられる。なんともむず痒いけど、なんだか安心する。アンシャルさん、母性のスキル持ってたりしない?
「……そうです、マイさん、あのポーションはどこで手に入れたのですか!?」
抱きしめられてホッコリしていると、アンシャルさんが急に声を弾ませた。
「どこって……」
「少し飲んだだけでマナが全快するほどでした。あれほどの効果のマナポーションは見たことがありません。甘くて飲みやすかったですし!」
「へ、へえー、ヨカッタデスネ」
アンシャルさんが私の体液を嬉々として飲んでいるのを想像してしまって、なんだか気恥ずかしい。
無論、出処は誤魔化しましたとも。
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