第158話 その設定は無理が
「……疲れた」
「お疲れ様でした、マイ様」
応接間でぐったりしているとヨナがお茶を淹れてくれた。うう、ありがとうだよ。
それにしても、自分を置いて話が進むのはなんとも複雑だったわ。
精霊樹の守人。それは文字通り精霊樹を守り、育てる者を指すらしい。遠い昔には人間の守人もいたようなんだけど、世界を再生させるための精霊樹の周囲は自然が活性化して森になるため、いつしかエルフがその役目を担うことになったらしい。
精霊樹の場所は秘匿されているため、どこに何本あるのかはわからないようだ。たまにとんでもない場所で成長しているのが確認されることもあり、最後に確認されたとんでもない場所は海の底だという。まあ、その発見を最後に、新しい精霊樹の発見は百数十年は無いようなんだけど。
で、だ。とんでもない場所で成長するのならば、現実世界と隔離された別空間で成長している精霊樹があっても不思議じゃないよね、というのがライラックさんの考えた設定だ。たまたまその隔離された空間にアクセスできてしまった私が精霊樹の世話をしていると。
いやいやいや、それは無理があるでしょっ!?
アンシャルさんを呼びに行っていた私とは設定のすり合わせができていない。アドリブで合わせろと!?
私の内心の叫びを置いて話はどんどん進んでしまう。ハンター時代にたまたま【マイホーム】の存在を知ったライラックさんが、私から聞いた話だとして!
その話を聞いたアンシャルさんはすぐには信じられなかったみたいだ。そりゃそうだよね。
だけど、語っているのが王女様だから対応に困っていた。そこにドリアードが私に助けられた話をし、それに他の精霊たちも調子を合わせたものだからライラックさんの設定に一定の説得力を持たせてしまった。
精霊は人間の都合に合わせて嘘をつくことはないとされているし、ドリアードを助けたのは事実だからね。まあ、主語が抜けてて勘違いさせるような言い方ではあったけどさあ……。
そんなわけで。アンシャルさんは隔離された空間に世界樹が根づき、たまたまそこにアクセスできた私が他の精霊の助けも借りて精霊樹の管理をしているという話を信じたようだった。ただ一点を除いて。
「では、その身体は……」
「あー……」
その身体って、聖光でダメージ受けるあれですよね!
ど、どうする。どうやって誤魔化す。えーと、正直に吸血姫です、と言うわけにはいかないよね。ライラックさんにすら話してないのに。
聖職者相手に神様云々はヤバい展開しか予想できないので、転生の話はしない方がいいと思う。
なんにせよ、聖光で焼かれるのになんらかの説得力を持たせなければっ。……そうだ!
「実は死にかけたことがあって……」
「もしかして、助けていただいた時の?」
明言しなかったけれど、アンシャルさんが言いたいのは例の山賊二人のことだね。ライラックさんがいるので気を遣ってもらったかな。
間違っていないので頷き、そのまま話を進めてしまう。
「その時にたまたま意識がここに迷い込んでしまって、精霊樹に世話をしてくれるなら助けてやると言われまして……」
不思議なことは精霊樹に丸投げだ。さあ、アンシャルさんはどう出る?
「まあ、精霊樹に不完全ながらも死に瀕した者を助ける力があったなんてっ!」
わあい、どうやら幸いにも、アンシャルさんは肉体と魂の繋がりが不安定な半死人のようなものだと納得してくれたようだった。助かった。
応接間に寝室、台所に浴場という施設については、ここを管理しやすいように精霊たちに協力してもらって作ったものという、いくらか強引な設定を押し通した。感激していたアンシャルさんは気にしなかったけれど。
「それでなのだけれど、この場所の存在が公になるとどうなるか、あなたならばわかってもらえると思うのだけれど?」
ライラックさんの言葉にアンシャルさんは黙り込んでしまった。
彼女の仕事上、大司教にこの場所のことを報告しないわけにはいかないのだと思う。いや、神官である以上、神が精霊樹を遣わしたと信じているのだから報告は間違いないはずだ。ただ、報告の仕方によっては情報漏れの可能性もある。精霊樹の場所が基本的に秘匿されている以上、この情報に接する者は少ない方がいいに決まってる。
しばらくうんうんと唸っていたアンシャルさんは、やがて大きく息を吐いて言った。
「……そうですね。いつか大司教様に直接報告できる時まで、報告書には記載しないことにいたします」
ということで、【マイホーム】については誤魔化すことができたと思うし、情報の漏えいも心配しなくてもよくなったと思う。ただ、アンシャルさんに知られた以上、彼女にも【マイホーム】の使用を許可しないわけにはいかなくなってしまったのだけれど。
今、【マイホーム】があるのはアンシャルさんが泊まっている宿の部屋だ。ライラックさんが寂しそうにしていたけれど、さすがにいつまでも王女様の部屋に設置しておくわけにもいかないからね、城を後にしたよ。
で、【マイホーム】内にアンシャルさんの部屋を用意したので、彼女は荷物を整理しているわけ。
ちなみにライラックさんの部屋はそのままにしておくことにした。あまり私物はないけれど、手を入れるのはなんだか嫌だったので。
クロはお風呂からあがってすぐに部屋に寝に行ってしまったので、ヨナと二人でマッタリお茶していると、アンシャルさんが二階から下りてきた。
「あの……お部屋ありがとうございます」
「いいですよ、プライベートな空間は必要でしょ?」
腰を下ろしたアンシャルさんにヨナがお茶を用意する。お礼を言ってお茶をひとくち飲んで、彼女は感嘆の息を吐いた。
「はー……すごいですね、ここは。生活に必要な設備は揃っていますし、自然もある。ここで生きていけそうです」
「まあ、本当にこの中だけで生きていこうとするなら、中庭をもっと広げて山ひとつくらい作らないとダメでしょうけど」
あらゆる動植物を集め、ひとつの生態系を作り出さないと無理だけどね。
他愛もない話をしながら、しばしマッタリ。やがて話題は今後のことに移る。
「マイさんはリトーリアに戻るのですか?」
「そのつもりです。サイサリアではハンターとしての仕事ができそうにないですから」
「そうなると、冬になる前には戻りたいですよね……」
月は変わって青の月、季節は秋だ。本格的な冬が来るまでにはまだ余裕があるけれど、アンシャルさんの言う通り冬になる前には戻った方がいいんだろうけれど……。
「なにか言いたそうですね?」
なにか憂いがありそうなアンシャルさんに訊いてみると、困ったように視線を彷徨わせてから。
「いえ、その……内乱が終わったばかりで、助けを必要とする人々は多いと思いまして」
なるほど、神官が追い出されたサイサリア国内において、神官の役目は重要だ。いずれ各協会から神官が派遣されてくるとは思うけれど、それまでは神官としての使命を果たしたいのね。真面目な彼女らしい。
視線を感じて隣を見ると、ヨナがとってもいい笑顔をしていた。
あー、はいはい、見抜かれてるわね。
まあ、ね。私だって困ってる人を見たらほおっておけないわけなんだけど、そのためにサイサリア全土を駆け回るのは違うと思うな。私は自分の両手が届く範囲の人しか助けられないよ。
「……帰路にある町とか村だけですよ」
そう告げると二人が嬉しそうに笑った。
ちなみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます