第157話 精霊樹の守人
【マイホーム】と精霊たちの存在がアンシャルさんにバレてしまった。アンシャルさんが口外するとは思えなかったけれど不安は残る。ならばいっそ、こちら側に引っ張り込んでしまえ、と精霊たちにおもてなししてもらうことにした。服を脱がして身体の隅々まで洗ってもらっただけなんだけど。
悲鳴を上げて暴れていたアンシャルさんは、途中で糸が切れた人形みたいに動かなくなってしまった。想像を超える事態に思考が止まってしまったようだ。入浴中も放心状態で、バスローブを着せて応接間に連れて行っても心ここにあらず。仕方がないのでヨナに後を任せ、私は中庭に向かった。
精霊たちが呼びに来た用件、精霊樹が中庭の中央で私を出迎えてくれた。一目でそれとわかる、だって淡く輝いてるんだもん。でも、それよりですね……。
「……え、もうこんなになってるの?」
種をもらって一ヶ月ほどだ。だというのに精霊樹は見上げるほどに成長し、幹の太さは私とヨナが手を繋いでも届かないくらいになっている。そりゃあ、戦争中でなかなか【マイホーム】に入ることもなかったから観察してなかったけれど、いくらなんでも成長が速すぎないだろうか。
呆然としていると、精霊たちが寄ってきた。
『あらゆる精霊が成長のために協力すれば、精霊樹はかなりの速度で成長する』
『とはいえ、そのせいで土中の栄養素が根こそぎ持っていかれたがな』
『土が痩せると水の栄養にも影響しますの』
『……つまり?』
嫌な予感しかないんだけど、とりあえず訊いてみる。精霊たちはニッコリと笑った。
『落ち葉でもなんでもよい、土の栄養になるものをたっぷり集めてきてくれ。素がなければ土の精霊といっても限界があるんじゃ』
『あとは精霊の力が宿りやすい草花があればいいのだがな』
『宿りやすい水草もありますよ?』
またなのかっ。ドリアードを引っ越しさせた時のように、また走り回らないといけないのかっ!
いやまあ、やるけどね。ここで精霊樹を枯らしたりしたらシュテイレたちに顔向けできない。また来てと言われていたからリトーリアに帰る前に顔見せしてくつもりだったからね。あ、そうだ、グリュンヴァルドで栄養を補充させてもらえないかなあ。
それにしても美しい樹木だなあ。樹皮はまるでビロードのようで、ルーモの光の加減でさまざまに色を変える。葉はガラス細工みたいに透き通り、通った光を乱反射させてまるでプリズムみたいだ。作りものみたいに見えるけれど【索敵】の反応は精霊で、反応の大きさはここにいる精霊の中でズバ抜けている。まだまだ成長するみたいだし、大きくなったらどんなことになってしまうんだ、これ。
「精霊樹……もしかしなくても、トンデモないものを貰ってしまったのでは」
「もしかしなくても、そうですよ」
振り返るとライラックさん。湯上がりに軽い貧血を起こしたので休んでもらっていたんだけど、もう大丈夫なのかな。
ライラックさんは隣に立ち、精霊樹を見上げて熱い息を吐いた。なにやら感動されている?
「いつの間に精霊樹なんて手に入れたの?」
「あ、言ってなかったですね。シュテイレの子供を助けたお礼に種をもらって」
「それはすごいわね。エルフにとって最大限のお礼よ、それは」
シュテイレもそんなこと言ってたなあ。となると、成長具合を見てもらうためにも、やはり会いにいった方がいいよね。
そんなことを考えていると、隣でライラックさんがなにやら考えてから口を開いた。
「マイちゃんは、精霊樹の伝説が人間とエルフとで違っているのは知ってる?」
「そうなんですか?」
シュテイレが【マイホーム】に来た時にエルフの伝承は聞いた。
おそらく大空白期、荒れ果てた世界を救うために大精霊が樹に姿を変えて大地に根をおろした。やがて精霊樹を中心にして自然が回復し、幾多の精霊が生まれ、世界は救われた。精霊樹はすべての精霊の母である。
これがシュテイレから聞いた精霊樹の伝説だ。大精霊の血を濃く引いているというエルフの一族にしてみればご先祖様でもあると。
「人間に伝わっているのはね、大筋は一緒なのだけれど、精霊樹を植えたのは神だというのよ」
「……どっちが正しいんです?」
「今となってはわからないわね。別段、人間とエルフが互いに自説を正しいと主張しているわけでも、対立しているわけでもないわ。どちらも精霊樹を守るべきものとの認識は一致しているしね。ただ、どちらにも譲れない一線はあるでしょうから、エルフの説を否定するようなことは避けたほうがいいわね」
「うわあ」
地球でも宗教で戦争が起きたこともあるからなあ。宗教を理由にテロ行為を正当化したやつらだっていたしね。ただ、地球と違ってこの世界は神がいて、精霊もいる。信じるものが実感できる世界なんだから、対立したら地球の戦争以上に面倒なことになりそうだ。気をつけよう。
「まあ、人間で精霊樹を見たことがある者なんて何人いるかしらね。ほとんど伝説になっているから。だから感動してるわ」
うっとりと精霊樹を見つめるライラックさん。なるほど、先ほどの熱い息はそれで。
しばらくライラックさんと精霊樹を眺めていると、扉の開く音が。見ればヨナが困ったような顔をしながらやってきた。
「アンシャルさんが我に返られたんですけど……」
「あー……」
そうだ、アンシャルさんをどうしよう。
「マイちゃん、彼女にどう説明するか決めてる?」
「いえ、まだなにも」
ライラックさんの問いに首を振る。【マイホーム】のうまい誤魔化し方が思いつかないのだ。
ぶっちゃけ、アンシャルさんに黙って越境しようかとも考えていたんだけど、それも不可能になった。ライラックさんがお風呂で説明してくれたけれど、アンシャルさんが使った魔法は親しくなった相手の許可を得れば、そこにテレポートできるという神官の魔法であるらしい。別にストーカー魔法ではなく、その人のピンチに駆けつけたり、危険な場所から帰還するような使い方をするものだそうだ。ただ、一度許可を得ればいつでもテレポートできるようなので、言い方は悪いけどもう逃げられない。割と有名な魔法らしいんだけど、孤児の私はまったく知らなかった。知ってれば許可しなかったのになあ。いやまあ、逃げたら逃げたで教会総出で追われる可能性があるんだけど。
反乱軍に説明したように【マイホーム】をアイテムだと説明する方法もあるんだけど、そうなると頻繁に【マイホーム】を使えなくなる。この快適な家を使うなと!?
さらに言えば、アンシャルさんから大司教にこの事が報告されれば、教会が利用しようと考えないとも限らない。う~ん、どうしたものか。
悩んでいると、ライラックさんが悪戯っぽく微笑みながら爆弾を落としてきた。
「精霊樹、見せてあげたら?」
「……はい?」
「フォローはするから。みんなも協力してくれるわよね?」
ライラックさんに問われた精霊たちは、全員が頷いた。
効果は絶大だった。
ライラックさんにアンシャルさんを中庭に連れてくるよう言われ、アンシャルさんを迎えに行った。
「ここはどこなんですか!?」
「先ほどの精霊たちはなんなのですか!?」
「どうしてフリーデ様がいたのですか!?」
顔を見せるなり怒涛の質問責めにあったけれど、落ち着かせて中庭に案内すると、精霊樹と精霊たちを認めたアンシャルさんはそのまま膝を折って祈りを捧げ始めたのだ。
「……アマス様、あなた方の奇蹟をこの目で見られる幸運に感謝いたします。……マイさん、あなたは精霊樹の守人だったのですね!」
祈りが終わるなり感極まったアンシャルさんが私の手を握り、熱い視線を向けてきた。え、えー……なんか恋する乙女みたいな熱っぽさなんだけど!?
というか、精霊樹の守人ってなに?
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