第130話 エルフ救出計画

「人質をとられている?」

 場所はグリュンヴァルドの森の近く、反乱軍唯一の馬車の中。戻ってきたマルーモから聞いた話を王女様たちに報告した。集まっているのはライラックさん、ミローネ王女、リリロッテさんにフィルロッテさん。そしてベルゼック伯爵と騎士団長たち。

 さて、どうやらグリュンヴァルドの長、シュテイレは自身の双子の子供たちを宰相に人質として奪われているようだった。それを聞いたベルゼック伯爵が、なるほどと頷く。

「グリュンヴァルドのエルフたちは、大精霊の血を受け継いでいる者たちの集まりだと聞いています。大精霊の血を一番強く受け継いでいる一家が代々の族長を務めていると」

「では、シュテイレ殿の子らにもしものことがあれば────」

「最悪、彼の代でグリュンヴァルドは崩壊するやもしれませんな」

 エルフは長寿ゆえか、人間よりも出生率がかなり低いらしい。子供が亡くなった? じゃあ次の子を、なんてことはできないようだ。

 そして話を聞く限り、グリュンヴァルドのエルフは部族というより氏族に近いのかもしれない。その根幹を為すのが、大精霊の血を濃く受け継いでいる者が代々族長を務めるというもので、後継者が途絶えてしまえば、彼らがグリュンヴァルドであるための存在意義が崩壊してしまうかもしれないのか。

「そんな大事な双子が、そう簡単に連れ去られるとは思えませんが」

 疑問を口にしつつ、ミローネ王女はこちらを見る。はい、ちゃんと聞いてますよ。マルーモの話を聞く限り、宰相は政変が起きるより前に、グリュンヴァルドのエルフに対して行動を起こしていたようだ。

 政変が起きるより一年も前、グリュンヴァルドの森の近くで一人の男が行き倒れていたそうだ。エルフたちに保護された男は記憶を失っていて、自分がどこの誰かもわからなかった。

 男は助けてくれたエルフたちに感謝し、せめてもの恩返しとして色々と仕事を手伝うようになった。真面目で働き者の男は次第にエルフたちの信頼を得ていった。ところが政変が起きた直後、エルフたちが王都の混乱を知る前に男は豹変、すっかり気を許していたシュテイレの子供を拉致し、姿をくらましてしまった。やがて宰相の名でエルフたちに文書が届けられた。子供を無事に返してほしければ以下の命令に従え、と。


一:グリュンヴァルドのエルフたちは、子供を助け出そうとしてはならない。

二:グリュンヴァルドのエルフは新国王に逆らう者たちに協力してはならない。

三:王国軍はグリュンヴァルドの森を自由に出入りできるものとし、エルフたちはこれを許容すること。

四:命令があれば王国軍の指揮下に入ること。

五:この事実を他者に伝えてはならない。


 そして監視として送られてきたのが、シュテイレにくっついていた虫だそうだ。あの虫はシュテイレの発言をリアルタイムで王国に送っているらしい。無論、その虫を始末しても、双子の命は無い。

 それを聞いた全員が悩ましく唸った。

「ベトレイヤは姫様を逃がした場合を考えて、先手を打っていたわけですな」

「姫様がザイドリー辺境伯の領地に逃げ込むか、そうでなくともザイドリー辺境伯が叛旗を翻すと考えていたのでしょうね」

 ベルゼック伯爵の言葉をフィルロッテさんが継いだ。

 聞けば、ザイドリー辺境伯の領地に向かうにはグリュンヴァルドの森を大きく迂回するルートしかなく、しかも途中に検問所を兼ねた小さいながらも砦があるらしい。宰相が兵を南下させたとしても、その砦を抜くのは簡単ではないようだ。ところが、グリュンヴァルドの森を王国軍が自由に通ることができるとなれば話は違ってくる。無防備な森方面から突撃されては、辺境伯の敗北は濃厚なものになるだろう。

 幸いと言っていいかは微妙だけど、ライラックさんはリトーリアに逃げ、ミローネ王女は西に逃げた。辺境伯は挙兵せず、結果的に難を逃れている。とはいえ、それも長くはないだろう。なにせ叛乱軍がエルフに助力を求めたという情報は、すでに宰相の耳に入っているはずだから。

「シュテイレ殿のお子を助け出さぬ限り、王国軍はグリュンヴァルドの森を通ってザイドリー辺境伯の領地に自由に奇襲をかけることができるというわけですね」

「それだけならまだしも、エルフが王国軍に従うようなことがあれば苦戦は免れませんね」

 王女二人の言葉が重い。

 つまり、どういうことかと言うと。

「なんとかして、シュテイレ殿のお子を助け出さねばなりません」

「しかし、どこに囚われているのかわからないのでは……」

 そう、双子がどこに囚われているのかわからなければ、助ける以前の問題だ。これは早くも暗礁に乗り上げたか……と思った時、ミローネ王女が「あっ」と声をあげた。全員の視線がミローネ王女に集まる。

「ひょっとしたら、シノーニ砦かもしれません」

 シノーニ砦?

「私を護送していた部隊は、途中大雨に見舞われ、シノーニ砦に避難したことがありました。牢に繋がれていた時、見張りがエルフの子供はどうしている? と話していました」

「そのエルフがシュテイレ殿の子だと?」

「確認できたわけではないけれど、大事な人質だから、という発言があったはずです」

 すぐに地図が用意される。位置を確認すると……。

「遠いですね」

「西の山脈がなければ……」

 直線距離的にはそれほど遠いとは言えない。だけど西にある山脈が往来を妨げている。グリュンヴァルドの森からシノーニ砦に向かうには一度北上し、ナミノ砦を越えてから西に向かわないといけない。これは厄介だ。

 ナミノ砦は簡単に叛乱軍の通過を許してしまったことで警戒が高まっているだろうし、下手をすれば叛乱軍討伐のために南下してくる部隊とかち合う可能性もある。救出部隊を編制したところで、見つからずにシノーニ砦にたどり着くのは容易ではないだろうなあ。

「…………」

「…………」

 視線を感じる。気のせい? いや、気のせいじゃないよねえ……。

「なんでしょうか?」

「クロなら、あの山脈を越えられるかしら?」

 ライラックさんが言う。うん、やはりそれを考えるよね。つまり、クロによる救出隊の空中輸送だ。ただ、クロが何人もの武装した人間を運べるとは、ちょっと思えないんだよねえ。

「ちょっと確認してみます」

 念話でクロに確認してみる。結果は────。

「確認してみましたが、クロ単独ならば問題なく、最高速度でシノーニ砦まで行けるそうです。ただ、人や物を運ぶとなると、それほど重いものは運べないみたいです」

 筋力自体は並みの人間を越えているクロだけど、だからといって重量物を持って満足に飛行できるかというと話は違ってくる。バランスや重心の問題もあるので、運べても子供二人がせいぜいのようだ。武装した大人などトンデモない。

「子供二人か……」

「クロだけを向かわせて救出させるのは────」

「どうでしょうね……もし、砦の警備をすり抜けて二人に接触できたとしても、なにせクロは魔物ですから。会話もできませんし、すぐに信用されるかどうか」

「文字は書けるのでしたな?」

「私が指示すれば。ただ、ノンビリと筆談している余裕があるでしょうか」

 色々と意見は出たものの、クロ単独で向かわせるのは難しいだろう、という結論になった。さて、それじゃあ────。

「私も向かいましょうか」

 そう言うと、騎士の人たちがギョッとした。うん、その反応はわかる。強力な使い魔を従えているとはいえ子供。合流した人たちにはそう思われてるだろう。

「……確かに、マイならばなんとかしそうですね」

「ふふ、確かに」

 だから王女二人の呟きに、彼らの戸惑いはさらに増したようだ。

「お、お待ちください姫様。いくらなんでも子供にそのような大役を任せるなどっ」

「無論、ただの子供ならば任せたりはしませんわ」

「マイですからね」

「「マイちゃんですもんねえ」」

「ははは、否定できませんな」

 ミローネ王女、ライラックさん、ロッテ姉妹、ベルゼックさんと続く。うう~ん? これって認められているってことでいいのお? なんとなーく、呆れられているような気もするんだけどさ。

 ライラックさんはわかるけれど、出会って間もないミローネ王女がこれだけ信用してくれるのはなぜだろう。そんなに、やらかしたっけ? え? 御使いのフリでなにをしたか思い出せ? ……ア、ハイ。ソウデシタネー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る