第131話 激突! エルフvs黒獣騎士団

 ミローネ王女とフリーデ王女がザイドリー辺境伯の許に身を寄せ、各地に飛ばした檄文の反応が返るより早く招かれざる客はやってきた。

 その日、清々しい朝の空気を穢すように、禍々しい気配をまとった一団がグリュンヴァルドの森を訪れた。それは例えるならば黒い波。全身黒一色の鎧に身を固めた一団が通り過ぎた平原は夏の緑を失い、まるで冬を迎える枯れ野のごとき変貌を見せていた。その黒の一団の両翼を固めるのは武装した人間たちであったが、彼らは黒の一団に従いながらも、まるで忌避するように十分な距離をとっていた。

「止まれ、それ以上森に近づくな!」

 その異形の一団を、シュテイレは数人の供を連れただけで、森から離れた平原で出迎えた。森への侵入を許せばどのような惨劇が訪れるかもわからない。彼らの通った跡を遠目に見ながら、シュテイレは黒の一団に警告を発した。

 来訪者たちは止まったが、先頭にいた人物は止まらなかった。黒一色の全身鎧に身を包み、無数の目のような模様の刻まれた兜を被った指揮官らしき人物は、両手に持った戦斧を背に回し、シュテイレの目前に立つと腰に下げていた紙を突きつけた。

 紙はベトレイヤからの命令書。黒獣騎士団の指揮下に入り、そのまま森を抜けてザイドリー辺境伯領に攻め入るよう記されていた。

(……こやつらが黒獣騎士団か)

 改めてシュテイレは目の前に立つ黒獣騎士団団長・ゼクトンを見た。兜の奥の瞳に光はなく、なにより全身から隠しきれない死の気配を撒き散らしている。明らかに生者のそれではない。続く者たちも同じだろう。

「ハヤ……ク、シロ……」

 たどたどしいが怨嗟の響きすら感じさせる声でゼクトンはシュテイレを促す。シュテイレは嫌悪を隠さず、渋々といった感じで首肯した。

「お主らを好き勝手に森に入れては森が滅びる。道を用意するゆえ、しばし待たれよ」

 そう告げてシュテイレは背を向ける。そして歩を進め、十分にゼクトンから距離をとったところで、おもむろに手を挙げ、叫んだ。

「同胞よ、自然に反した異形より彼らを解放せよっ!」

 手を振り下ろすと同時に、平原のあちこちからなんの前触れもなく煙が湧きあがる。不自然な風が煙を狙ったように両翼の人間たちのところへと送り込む。

「な、なんだこの煙……ぐええええっ!」

「あ、頭が。おえええっ!」

 煙に巻かれた人間たちは、驚くいとまも無く激しく嘔吐する。その吐瀉物に紛れて小さな卵が地面で割れ、小型の芋虫が断末魔の痙攣とともに土に還っていく。同時に吐き気が嘘のように消えていく。

「人間たちよ、そなたらを縛っていた蟲は排除した。そなたらは自由だ、逃げても背はたぬ。だが、向かってくるならば容赦はしない! 我らグリュンヴァルドのエルフの力、その身に刻んでやろう。さあ、選べっ!」

 風の精霊の力によって平原全体に響き渡るシュテイレの声。両翼の人間たちはそれぞれ顔を見合わせると、声に弾かれるようにして、次々と背を向けて森から離れていく。

 一拍遅れて、轟音とともに地面が微かに揺れた。ゼクトンが斧を地面に叩きつけたのだ。

「キサ……マ。子供ガ……ドウナ……ッテモ」

「どうもならぬよ。なぜなら我が子は返してもらったからなっ」

「ナン……ダト?」

「聞いているか、ベトレイヤ。我らグリュンヴァルドのエルフを怒らせたこと、後悔させてやろう!」

 叫び、髪をかき上げたシュテイレは虫をむしり取り、力任せに地面に叩きつけ、それを踏みにじった。

         ◆


「始まりましたね」

 隣に立つヨナが呟く。その声には緊張が感じられる。それはそうだろう、吸血鬼の城で無秩序に襲ってきたアンデッドの群れとはわけが違う。これから起きるのは軍隊同士のぶつかり合いだ。

 私たちはグリュンヴァルドの森の入り口にいる。え? シュテイレの子供はどうしたかって? ちゃんと助けて森まで送り届けたよ。

 シノーニ砦は確かに兵も多くて警備も厳しかったけれど、警備体制は外敵に、それも一般的な人間や魔物に備えるものであって、【影渡り】で侵入できる私には障害にならなかった。あまりに簡単に侵入できてしまって、なんだか申し訳なかった。いや、見つかりたいわけじゃないけどね?

 エルフの居場所はすぐにわかった。服従蟲に寄生されておらず、奴隷の首輪もされていなかったのは幸いだったかな。

 とはいえ、いきなり影からコンニチワしようものならエルフでなくとも警戒されてしまうから、シルフに先に接触してもらった。精霊の友ともなれば警戒も解けるからね。

 まあ、砦から救出するのも、グリュンヴァルドの森まで連れ帰るのもそれほど苦労はしなかった。けれど苦労したのは救出のタイミングだったりする。

 実はシノーニ砦に向かう前、ライラックさんたちに言われたのだ。


「宰相はすでに追撃部隊を派遣しているはず。予定通りグリュンヴァルドの森を通って辺境伯領に攻め込むつもりなんでしょう。だけど、エルフの子供が救出されたと知れれば計画変更もあり得る。できれば、追撃部隊にエルフの子供救出の報が届かないタイミングで森まで送り届けるのがベストだと思う」


 それ、なんて無茶ぶりですか!?

 思わずそう言い返してしまったけれど、「できない?」と問われれば……できそうなんだから我ながらたちが悪い。

 というわけで、一旦クロと一緒に出発したものの、クロをこちらに残して追撃部隊を探してもらい、私はシノーニ砦付近で待機することになった。追撃部隊が森の近くに現れたのは五日後のこと。あー、ヨナを連れてこればよかったなあ。そうすれば五日もイチャイげふんげふん。

 ま、まあ、そういうわけで、進軍速度からして追撃部隊がグリュンヴァルドの森まであと半日ほどか、というところで子供たちを救出、そのまま森に送り届けた。

 めっちゃ歓待されそうになったけど反乱軍に報告にいかなきゃならないので事情を説明して辞退し、そのまま反乱軍に報告。その時には反乱軍も追撃部隊の接近に気づいていて、迎撃に出る準備を進めていた。

 それを止めたのはエルフたちだった。

「我が子を拉致し、それを盾に服従を迫るような輩は我らの敵。我らには奴らを討つ理由がある。我が子を、いや、次期族長を助けてもらった恩、今こそ返させていただきたい」

 シュテイレからの親書にはそう書かれていた。本当ならば本人自ら訪れて言いたかったようなんだけど、例の虫に聞かれるのを避けるために書面にしたようだ。エルフは木々を犠牲にする紙を基本的に使わない。長生きするので文書で情報を残す習慣が無いことも影響している。だから、これはなかなか異例のことらしい。

 そういえば子供と再会した時もシュテイレは無言で抱きしめていたっけなあ。ギリギリまで宰相には知られたくなかったんだろう。

 彼らも王国軍────というより宰相に一矢報いたいのだろう。それを察した反乱軍はそれを了承、こうして追撃部隊を迎撃するのはエルフたちとなった。反乱軍は一応、辺境伯領に通じる街道で待機しているけれど、よほどエルフが劣勢でない限りは手を出さないことになった。

 え? 私がなんで森にいるのかって? それはねー、シュテイレの子を助け出したお礼とか言って、エルフの戦いぶりを特等席で見ていてくれと言われたからだよ。

 本当は歓待したかったようなのだけれど、追撃部隊はそこまで来ているのだからそんな時間はなかった。

 そんなわけで、私、ヨナ、クロの三人は特等席でエルフの戦いっぷりを見ることになった。多分、貴重な体験だろうから、少しだけワクワクしている。エルフがんばれー。

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