第127話 橋が無ければ創ればいいじゃない

 反乱軍が隠れ家を出発したのは翌日の陽の入り直前のことだった。どうやら王国軍の捜索の網が十分に拡がったらしい。

「南へ」

 ミローネ王女の簡潔な号令とともに、反乱軍は宵闇に紛れて南下を開始した。先行する偵察部隊の情報を頼りに五百名近い人数の大移動だ。

 ライラックさんはミローネ王女を立てることにしたようで、ミローネ王女救出後は全体的な号令をかけたりはしなくなった。ん~、王位に就くのはライラックさんだったはずなのに、今はミローネ王女の方が王位に近くなっているような……。

「むつかしいことは、わからないです」

「訊いても答えてくれそうにないしね」

 なんとなくヨナと話題にしたけれど、結論が出るはずもなかった。なにかしら政治的な判断があったんだろうな、とは思うけれど、私もこの世界のまつりごとに詳しいわけじゃないしね。

 さて、いくら王国軍の捜索網が拡がったとはいえ、五百名もの大軍が街道を進めばすぐに見つかる。避けようもない平原は仕方ないとはいえ、それまではできるだけ森などを通っていく。

 町の多くは宰相の目が光っているので立ち寄ることはできないけれど、小さな村などには反宰相派のところもあるというので、それらの村人の協力を得ながら進む予定らしい。……まあ、アンデッドに滅ぼされた村も多いらしいんだけどね。

 最初、私は先行偵察に出るつもりだったけれど本隊にいる。上空で旋回させているクロと【索敵】をリンクさせれば、めちゃくちゃ広範囲を偵察できるので、先行偵察部隊の穴を抜けてきた存在を察知できそうだ。すぐにそういう運用を考えつくライラックさんは凄いな。

 だけど偵察部隊が有能だったのか、私とクロの索敵網に敵の反応が引っかかったのは二回しかなかった。

 意外なほど順調に反乱軍は南下を続けた。しかし、避けられない障害が遂に現れた。

「ナミノ砦……ここをどう抜けたものですかな」

 森の中での作戦会議。ライラックさんに呼ばれたため参加しているけれど、ベルゼック伯爵の言葉に、いきなり全員が沈黙したよ。

 ナミノ砦。王都とザイドリー辺境伯領の間に位置する巨大な砦だ。どうしてこんなところに砦が? と思ったけれど、どうやら前任の辺境伯が蛮族に押され気味だったのが原因らしい。これは辺境伯が無能だったというわけではなく、軍とは違う蛮族特有の戦い方に即応できなかったのが原因らしい。

 辺境伯が敗北すれば国土を蹂躙される。そう考えた国王は、もともとここにあった休憩所を元に砦を建造した。救援に向かったザイドリー伯爵が蛮族を押し返したため、砦の完成を待たず脅威は去ったのだけれど、もしものために砦の建造は続けられた。ちなみに、この時の功績をもってザイドリー伯爵は新たな辺境伯に任じられたそうだ。

 で、だ。このナミノ砦、実に嫌な場所に鎮座している。まず、周囲は見渡す限りの平原だ。多少の起伏はあるものの、非常に見晴らしがいい。砦の四方には高い見張り塔があるため、かなり遠くのものまで把握することができるだろう。数百人が簡単に通り過ぎることができるはずもなし。

 さらに砦の南側を大きな川が東西に横切っている。そして辺境伯領に向かうための道は、砦の前の橋しかないのだ。

 ……詰んでね?

 どうやっても砦を避けて南下することはできないんですけどお。

「ナミノ砦の兵の数は?」

「平時で兵が五百、非戦闘員が百人ほどです。ですが有事の際には千人の兵を常駐させることが可能だと聞いております」

 ライラックさんの問いにある騎士が答える。聞けば砦の中には畑などもあり、千人の兵を数ヶ月食わせていけるだけの備蓄もあるらしい。デカイと思っていたけれど、これはもう小さな町じゃん。

 うげーっ、これどうすんの。なんてことを思っていたら、ライラックさんがこっちを見た。

「兵の数はわかりますか?」

「正確にはわかりませんが、千人いても不思議ではないと思います」

 実はクロを飛ばして上空から【索敵】で調べてみたのだ。だけど人間の数が多すぎて【オートマッピング】の砦部分が人間の反応で見えなくなるくらいだった。千人いると言われても驚かないぞ、あれは。

 私の報告に重い沈黙が下りる。少なくとも私の偵察能力は反乱軍の誰もが一目置いてくれるほどになっているので、疑う人はいない。まあ、今は信じたくないかもだけどね。

「このタイミングで千人常駐させるだと?」

「ミローネ様がザイドリー殿を頼ると読んで、先回りさせたか?」

「いや、今は無事に橋を渡る方法を考えるのが先だろう」

 会議はなかなか進まない。どうやっても砦を迂回する方法が考えつかないから当然かもしれないけれど。

 他に橋は存在しないという。思い切って橋を架けるという意見も出たけれど、川の周囲は平原で、材料の木材を運ぶのが大変で現実的ではないとのことで却下された。例え橋を架けることができるとしても、あまりに時間がかかりすぎる。その間に発見されるのがオチだろう。

 囮部隊で砦の兵を誘導するか。

 いや、千人が全員、出てくるはずもない。

 アンデッドを誘導して砦にぶつけてはどうか。

 それは危険すぎる。

 良い案は出ず、時間だけが過ぎていく。一旦、休憩を挟むことになり、私は席を立った。気分を変えたかったのだけれど、席を外す私を見送るライラックさんの、期待に満ちた眼差しが実に困った。あれは確実に、私がなにかをやらかすのを期待している目だ。

「やれやれ」

 ボヤきながらヨナと二人で川を見に行く。無論、砦からずっと離れた位置を。

「落差が大きいですねえ」

「なるほど、これは渡るのもひと苦労だね」

 川幅は五十メートルほど。だけど徐々に地面が低くなっていっているのではなく、溝のようになっている。水面までは五メートルほどあるだろうか。水の透明度が高いので水底も確認できる。水深はそれほどではないかな。だけど五メートルを下りて川を渡り、また五メートルを登るのは大変だ。たとえロープを使うにしても武装している兵士は鎧を脱がないと難しいだろうし、武装解除したところを襲われたらたまらない。

「それで、どうするんですか?」

 ニコニコと、ヨナが問いかけてくる。ライラックさんだけでなくヨナまでも変な期待をしないでほしい。とはいえ、このままでは危険な賭けに出るしか方法はなさそうだし……。

「しょうがないなあ。……マナは供給してもらうよ?」

 赤くなるヨナ可愛い。

 そして準備にとりかかった。

 そして再開された会議の席、私の発言に全員が耳を疑った。

「すまないが、もう一回言ってくれるかな?」

 全員を代表してベルゼック伯爵が訊き直す。当然だよね、と内心思いながら、私は先ほどと同じ言葉を繰り返す。

「砦から十分に離れた場所に橋があります」


 そんな馬鹿な。


 声に出さずとも、顔を見合わせる全員の表情が雄弁に内心を物語っていた。ただひとり、ライラックさんだけが笑いをこらえていたけれど。

 その隣でフリーズしていたミローネ王女が再起動した。

「伯爵、偵察隊の何人かをマイの言った場所に派遣して確認を」

「はっ、すぐに」

 そして戻ってきた偵察部隊の人たちは、全員、なにか見てはいけないものを見てしまったような顔をしていた。

「確かに橋がありました」

 どよめく一同。

「土と岩が混じった天然の壁のようなものが川を横切っておりまして、人が三人並んで渡れるほどの幅がありました。砦から十分に遠く、闇に紛れればおそらく見つからないかと」

「いやあ、不思議なこともあるんですねえ」

 全員の視線を受けた私はすっとぼけるしかなかった。

 だからライラックさん、笑うな!

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