第126話 辺境伯

「おい、聞いたか。ミローネ様は神の御使いによって助け出されたそうだ」

「ああ、聞いた。なんでも神々しい御姿で、いくつもの奇蹟をお見せになったそうじゃないか」

「しかもベトレイヤの正当性を否定したそうじゃないか。やはり神々は我らを見捨てなかった」

 反乱軍が地下に作った隠れ家は、静かな熱狂の中にある。当然だ、ミローネ王女が無事に救出されたのだから。もっとも、王女を助けた存在については随分と尾ひれがついて神格化してしまっているようで、聞いているこっちが恥ずかしくなってくるわ。

 ミローネ王女にある程度説明した後、反乱軍が合流場所に集まってきたので、急いで服を創って王女に着せて反乱軍と合流してもらった。まさか合流場所でミローネ王女が待っているとは思わなかった反乱軍たちは、歓喜の声を抑えるのに必死だった。

 ちなみに私の存在は伏せてくれるようお願いした。

「あなたは一番の功労者です。称賛されるべきかと思うけれど」

「いえ、まあ、色々とあるんです。色々と」

 その時の私はどんな顔をしていたんだろうか。表情からなにかを察してくれたミローネ王女は、苦笑しながら了承してくれた。なので王女は、御使いに合流場所まで運ばれたと説明してくれた。不思議な力で身体を綺麗に、そして服も新品を用意してもらえたと。……その説明が、御使いの神秘性に拍車をかけてしまったのは否めないんだけどね。

 今、奥の部屋でライラックさんとミローネ王女が再会を喜び合っているはずだ。

 追っ手から逃れるために、すぐにでも出発すべきという意見もあったけれど、ミローネ王女曰く、


「ベトレイヤは私がどの方角に逃げたかわかっていません。そのため、全方位に捜索隊を派遣しているはずです。今は待ちましょう、時間が経てば捜索の網も広がるのですから」


 とのこと。

 というわけで、追っ手の動向を調べる者たちを除いた全員が地下に潜って王国軍の捜索隊をやり過ごしている最中だ。かなり狭いがしょうがない。本当はミローネ王女の無事を全員が喜びたいのだけれど、見つかるわけにもいかないのでヒソヒソ話がせいぜいになっている。

 そんな静かな熱狂がどれほど続いたかな。奥の部屋からライラックさんとミローネ王女が出てきたので、広間は波が引くように静かになった。

 一歩前に出たのはミローネ王女。ライラックさんは後ろに控える。どうやら第一王女であるミローネ様を立てるようだ。

 静まり返った一同にミローネ王女は話しかける。

「私を助けるため、これほどの人数が集まってくれたことに感謝しています。皆の心が神に届いた結果、私はここにいるのでしょう。とても嬉しく思います」

 誰も声を発しない。だけどミローネ王女に直々に感謝されて興奮したんだろう、室内の温度が一気に上昇したように感じる。う~ん、これはキツイ。だけど顔色一つ変えないミローネ王女とライラックさんは、さすが王族といったところか。

「偵察隊の報告によってはすぐに出発することになるでしょう。なので皆、交代で休んで備えるように」

「……どこに向かわれますか」

「ザイドリー辺境伯を頼ります。それに彼の領地の手前にはエルフの森があります、服従蟲について、なにか力を貸してもらえるかもしれません」

 ベルゼック伯爵の問いにミローネ王女は答える。あちこちから小さく「おおっ」とか「あのザイドリー様か」などと聞こえてくる。有名人なのかな。まあ、辺境伯については誰かに訊くとして、個人的にはエルフの森が気になるな。助力を得られそうだと言うからには、比較的友好的な関係なんだろう。生エルフ見てみたいなあ。

 ミローネ王女の話が終わった後、私はヨナとクロを連れて外に出た。あの熱気と湿度とにおいには耐えられそうになかったからね。【索敵】を活かして外で見張りをしていた方が気が楽だ。

「マイちゃん、どこに行くんですか?」

 聞きなれた声が追いかけてきた。振り返ればリリロッテさんが外に出てきていた。見張りを兼ねて外の空気を吸いに出たと説明すれば、彼女は「わかるわあ」と言いつつ一緒に歩き始めた。

「兵の間では御使い様の話題が盛り上がってますよ。いかがですか、感想は」

「勘弁してください……」

 リリロッテさんには御使いが私だとバレているようだ。げんなりしながら返事を返せば、小さく、だけど心底可笑しそうに彼女は笑った。ぐう、楽しんでるな。

 そのまま四人で風を防げる岩影に腰を落ち着ける。

 季節は緑の月から碧の月に変わろうとしている。夏の盛りではあるけれど、夜風が身体に良いはずもない。かといって焚火などもっての他だ、だから厚手の外套をまとい、四人で身を寄せあって暖をとる。おうふっ、ヨナとクロにサンドイッチされるぅっ。

「懐かれてるわねえ」

「ははは……。リリロッテさんは外に出てきてよかったんですか?」

 フリーデ様大好きなリリロッテさんが、護衛につかずに外にでるとか珍しい。ふと気になって訊いてみると、珍しくリリロッテさんは憂いを帯びた表情を見せた。

「フリーデ様が、今夜は一人にしてほしいって言うから、ね」

「ミローネ王女と一緒ではなく?」

「ええ、今夜は一人になりたいって」

「……そういえば、どことなく元気が無いように見えましたね」

 ヨナの言葉に、広間で見たライラックさんを思い出す。言われてみれば、二年もの間会えなかった姉妹が再会できたというのに、ライラックさんの表情は硬かったように思える。

「もしかして、お二人は仲が悪かったですか?」

「そんなことないわよ、腹違いでも本当に仲が良くて……って、あっ!?」

「……大丈夫、声が届く範囲に人はいませんよ」

 口がすべったようだ。あわあわと周囲を窺うリリロッテさんを安心させてあげる。

「……ごめん、知ってる人は知ってる話だけど、このことは……」

「安心してください、口外しませんから」

 腹違い、か。王族なら側室がいてもおかしくないし、隠すほどのことじゃないと思うけど……。いや、側室でもない人物が産んだとかだと、ちょっと問題かな。まあ、詮索するようなことじゃないから忘れておこう。

 なんか空気が悪くなったから話題を変えますか。

「そういえば、ザイドリー辺境伯ってどんな人なんです?」

「え、ああ……マイちゃんはサイサリアに隣接する国を知ってる?」

「リトーリアしか知りませんね」

 孤児だしね、辺境と言っていい町に住んでいたから、リトーリア国内のことでも知らないことが多い。まして初めて来た隣国のことなんてねえ。

「ザイドリー辺境伯はサイサリアの最南端に領地を持っていてね、隣接するのは国じゃなくて蛮族なのよ」

「蛮族、ですか」

 頭の中で、半裸で毛皮をまとい、動物の頭蓋骨を兜のようにかぶった男たちが、斧を片手に雄叫びをあげているシーンが浮かんだ。自分が想像する蛮族って、その程度だねえ。実際に見たことないし。

「サイサリアが国土を拡げていく途中で彼らと遭遇してね、文化や風習の違いからトラブルがあって、気がつけば領土境で小競り合いが繰り返されるようになっちゃったみたいなのよね」

「で、ザイドリー辺境伯が蛮族を食い止めている、と?」

 辺境伯って基本的に危険地域に隣接する領土を持つ人だから、他の貴族に比べて相当な戦力を持つんだよね。だけど、その戦力を反乱にでも使われたら一大事だから、辺境伯には国に対する忠誠心も問われる。ミローネ王女が頼ろうとするのもわからなくもない。

 んー、でも、そんな人物ならば宰相に目をつけられていると思うんだけどなあ。その疑問を口にすれば、リリロッテさんは頷いた。

「普通ならそうだね。だけどザイドリー辺境伯は、この二年、まったく領土から動いていないって話なのよね」

「え、そうなんですか?」

 忠誠心の塊みたいな辺境伯が、王位簒奪した宰相に対して兵を挙げないなんてことがある?

「蛮族の侵攻が激しいので領土を離れられない、って理由らしいんだけど、それは表向きらしいわ」

「なるほど」

 辺境伯が兵を起こせば宰相も全力で迎え撃っただろう。だけど国土を守るために動けずにいるというなら、宰相も辺境伯のために大量の兵を派遣する必要もなくなる。敵は辺境伯だけではないしね。

 そうやって宰相を油断させ、実は裏で色々と動いていたのかもしれないなあ。そうでなければ、ミローネ王女が頼るなんて言わないだろうし。

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