第125話 さあ、逃げるよ
「うおっとぉ!」
予想以上に盛り上がった群衆に気をとられていた。重い風切り音が間近に迫って慌てて回避する。兜を蹴り飛ばされた処刑人アンデッドが斧で斬りかかってきたのだ。
斧をかわしながら間合いを詰め、シーン・マギーナを召還する。リィィィィンとなにかに共鳴している刃を、がら空きになった胴体の鎧の隙間に突き入れると、ビクッとその巨体が震えた。
シーン・マギーナを抜いてもアンデッドの痙攣は止まらない。経験したからわかるけど、体内から断続的にダメージを受けていることだろう。
もはや脅威ではない処刑人アンデッドは無視して、抜く勢いのままシーン・マギーナを投擲する。狙いは一部の群衆に繋がっている魔力の糸!
複数人に繋がっている魔力の糸は、途中で一本にまとまっている。斬れるかどうかわからないけれど、その魔力の糸を斬るイメージで投げつけた。時間は夜、人々には私が何を投げたのかは見えないだろう。さあ、どうだ?
音もなにもなく、シーン・マギーナが魔力の糸を切断した。糸は崩壊しながら城へと消えていく。
「……え、ここは?」
「なんだ? なんでこんなところに!?」
解放された人々が我に返る。おお、やっぱりあの糸で操っていたのか。斬れてよかった。
「御使い様! こいつらを排除してくださいませ!」
戻ってきたシーン・マギーナをキャッチ&収納していると声がかかった。救出部隊の人たちだ。最前列で防御を固めているアンデッドたちは未だ動かず、斬りかかろうと思えば簡単だろう。だけど。
「ひいいっ、殺せっ! この者を殺せぇっ!」
すっかり腰を抜かした小男がヒステリックに叫ぶ。それに応えるように、橋を破壊したハンマー持ちアンデッドたちが鎧をガシャガシャいわせながら島に向かって走ってくる。
さらに小男は懐から鍵を取り出した。あれは……断頭台の留め金を外す鍵かっ!
「ひ、ひひっ、お前たちは姫を助けることなく、ここで死ぬのだ」
そう言って鍵を……って、おいっ。湖に投げるんじゃない!
まさかの行動に反応が遅れた。小さな水音とともに鍵が水の中に消える。
……うん、これはマズイな。例え護りの槍部隊を崩して救出部隊を通せても、断頭台からミローネ王女を解放するには断頭台を壊すしかない。その間にもハンマーがやってきて乱戦になってしまう。救出部隊にしたら自分たちでミローネ王女を助けたいんだろうけど、乱戦になったら余計な犠牲者が出かねない。
しょうがない、御使いとして奇跡を見せてあげましょうかね。
断頭台に触れて【クリエイトイメージ】発動! 断頭台を構成する木材を木材として再構成。補強の金属はインゴットにしてしまおう。ついでにミローネ王女の首輪も分解だ。
次の瞬間、断頭台はきれいに消え失せ、大量の木材と金属塊が積み上がる。小男がその下敷きになったのはたまたまだ。うん、たまたま。運が悪かったねー。
「立てますか?」
「あなたは……いったい」
「フリーデ様の命で助けに参りました」
「フリーデの!?」
どよめく群衆を横目にミローネ王女の手を引いて立たせる。
「ここから脱出します。撤退命令を」
すべて説明しなくとも理解してもらえたようだ。ミローネ王女は群衆に向き直って声をあげた。
「私は大丈夫です! 皆の者、撤退なさい。命を懸けるのは今ではありません!」
「こっちです、退路を確保しなさいっ!」
呼びかけに応えるように、隠れていたリリロッテさん率いる部隊が飛び出してくる。湖周辺にいたアンデッドたちを攻撃して群衆の退路を確保する。
橋の途中にいたアンデッドが逃がすまいと武器を振り上げるけれど、次の瞬間には全身が闇に包まれて動きが止まる。クロの援護魔法だ。そこを救出部隊の者が次々と橋から突き落としていく。
あー、魔力の糸を切っておいてよかったー。そうじゃなければ、橋のたもとの人々が動かず、撤退中に被害が増加しただろう。
さて、それでは私はミローネ王女を避難させますかね。
彼女の手を引いて石柱のひとつに。そこに【マイホーム】を設置し、ミローネ王女を入室させる。
「な、なんですか、ここは?」
「ヨナ、あとはよろしく」
「はい、マイ様」
「え、あのっ、ちょっと!?」
扉を閉める。そして【影渡り】で島から脱出する。人々にはドライアイスの煙の中に消えたように見えただろう。
さて、真っ直ぐ合流地点まで行ってもいいんだけど、一応、撤退する部隊の動向を確認しておこうかな。手助けが必要なら……いや、大丈夫か。
しばらく様子を見たけれど、どうやら敵の追撃をうまくかわしながら撤退している。途中、人間の部隊と遭遇したけれど、どうにも彼らは本気で追う様子がなかった。
各部隊は一度、合流地点とは別の方向に逃げる。合流するにはまだ時間がかかるだろう。
一足先に合流地点の近くまで移動してから影から出る。クロを外に待機させて【マイホーム】の中に入ってみると……。
「あ、マイ様」
椅子に座ったミローネ王女の髪をヨナが櫛で梳いていた。ミローネ王女は薄汚れた服からバスローブに着替えている。血色も良く、髪も艶を取り戻している。そしてなにやらボーッとしているということは。
「のぼせたかな?」
「みたいです。お疲れだったみたいで」
湯船に浸かってウトウトしたらしい。溺れなくてよかった。
そんな会話が聞こえたのか、ミローネ王女はハッと我に返った。
「あ、あなたは」
「お初にお目にかかります、ミローネ王女様。私はマイ。フリーデ様の命でお助けにあがりました。……なお、これは生まれつきですのでご容赦ください」
相手は王族なので、一応膝を折って頭を下げる。ヨナも髪を梳くのを中断し、私に合わせて膝を折っている。
ついでに先手を打って目の説明をしておけば、ミローネ王女はすぐに動揺を消してみせた。さすがは王族か。ライラックさんに比べると線が細くてお淑やかな女性だけれど、断頭台にかけられながらも命乞いをしなかったことといい、芯はかなり強そうだ。
「二人とも、お立ちなさい。非公式の場です、そこまでかしこまらなくとも構いません」
お許しがでたので立ち上がる。ヨナが髪梳きを続けてよいかと問えば、ミローネ王女はお願いするわ、と頷いた。
「マイとヨナ、ですね。まずは助けてもらったこと、感謝します。あなたが来なければ、私はあの場で断頭台の露と消えていたことでしょう」
そう言って軽く礼をしたミローネ王女は、思い出したように小さく笑った。
「しかし、随分と演出過多ではなかったかしら」
「色々と理由はありますが……、ですがあれで、ミローネ様に正当性があると印象つけられたのではないですかね」
ドライアイスの煙に、神の使いのごとくコスプレ。あれを見た群衆が都合よく勘違いしてくれれば幸いなのだけどねえ。
「訊きたいことは多くありますが……」
「しばらくは大丈夫でしょう、まだ時間はあります」
遠回りした各部隊が合流するには、まだまだ時間が必要なはずだ。【マイホーム】の扉は開けっ放しにしてあるので、反乱軍が来たらクロが教えてくれるだろう。
そして、時間が許す限り現状を説明させてもらう。フリーデ王女の帰還、反乱軍の集結、服従蟲に寄生された兵士について等々。
時々、質問を挟みながら一通り話すと、最後に予想通りの質問がきた。
「ここは、なんですの?」
「発掘された魔法の道具で作り出した部屋です。残念ながら使用回数がありまして、これが最後の使用になります」
ずっと気になっていたのだろうけど、この質問を最後にもってくるあたり、優先順位をちゃんと考えてる人なんだなあ。
もっとも本当のことは言えないけどね。なので、もう使用回数が切れることにする。叛乱軍にもそう説明してるしね。
ミローネ王女は、目に見えて残念がった。
「これがあれば、大軍を城に送り込めると思ったのですが」
現状を打破するために軍事利用に考えが及ぶとか、やはり彼女も王族なのだなあ。
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