第124話 It's Showtime!

●リリロッテ


「くっ、まさかこんな手を使ってくるなんて……」

 私は草むらに伏せたまま唇を噛む。まさか橋をひとつに絞るなんて。

 よくよく考えてみれば二年前、フリーデ様の処刑がここで行われる際、橋はひとつだけ架けられていたのを思い出す。今回は見せしめのために橋を増やしたのだとばかり思っていたけれど、もっと疑ってかかるべきだったわね。

「隊長、どうしましょう」

「もう陽動も始まってるわ。私たちが勝手に動くわけにはいきません」

 私たちの部隊の役割は、ミローネ様を救出した者たちの逃走の手助け。今動いて存在を知られてはいけない。

 だけど、市民に混じって橋を渡ったはずの仲間は大丈夫かしら。

 断頭台の前には全身鎧の兵が壁を作っていて、一定距離に人々を近づかせないようにしている。あの壁を突破してミローネ様を助け出す作戦は立ててあるけれど、救出部隊は五つの橋を分散して渡る手はずだったから、さて何人が建国の小島に渡れただろうか。橋には人々がひしめいているし、所々に全身鎧の見張りが立っている。ミローネ様を助けることができたら、人々は湖に飛び込んででも道を開けてくれるかもしれないけれど、ミローネ様を護りながら、混乱した橋の上を逃げるのは困難でしょうね。

 かといって湖には巨大な蛇がいる。泳いで逃げることも絶望的のような……。

 そうこうするうちにミローネ様が断頭台の前に引き出される。鎖を引いた男は、確か宰相の腰巾着だった小物だったと思う。名前は……覚えていないので小物決定!

 やつは芝居がかった仕草で巻物をひろげると、朗々とミローネ様の罪状────内乱罪や国家反逆罪などなど、自分たちの都合の良いことを並べ立てて処刑を宣告した。聞いていた人々の間からは泣き声や悲鳴が聞こえてくる。

「……あれ?」

「隊長?」

「いえ、なんでもないわ」

 なにか違和感があったのだけれど、それがなんなのか知ることはできなかった。

 そしてミローネ様が断頭台に固定されようとした時、見物人の数人が不意に動いた。救出部隊の者だ。彼らは手にした物ーーーー煙玉ーーーーを、壁を作る兵士めがけて投げつけた。

 兵士は煙玉に対処するそぶりは見せなかった。ただ、手にした槍を一斉に縦に構えただけだった。

「まさか、護りの槍!」

 気づいた時には遅かった。槍を中心に発生した目に見えない壁が煙玉をあらぬ方角に弾き飛ばす。虚しく地面に転がった煙玉が無意味な煙をモクモクと吐き出していく。いくつかは湖に落ちて役目を果たすこともなかった。

「愚か者め、貴様らが来ることなど想定済だわ」

 小物が勝ち誇る。くうっ、今すぐ出て行って殴ってやりたいほど憎らしい。

 救出部隊の者は隠し持っていた武器を手に攻め込むけれど、護りの槍の発生させる防御壁は簡単には破れない。橋を渡れなかった救出部隊の者もなんとか橋を渡ろうとするけれど、群衆と見張りの兵のせいで進むことができないでいる。

 小物は時間をかけてゆっくりと、見せつけるようにミローネ様を断頭台に固定する。そして、ミローネ様の猿ぐつわを外した。

「最後に言い残すことがあれば、聞きましょう」

 ぬああ、あのゲス野郎。助けが目の前に来ているものの、助からないミローネ様の心と、無力感を感じ始めた私たちに追い打ちをかけるつもりなのっ?

 だけどミローネ様は毅然と前を、自分を助けに来た者たちを見つめた。そこに死を目前とした恐怖心は感じられない。

「民よ、私はここで死ぬでしょう。ですが、まだ希望はあります。妹が……フリーデがまだ生きています。きっと彼女ならば、憎きベトレイアを討ってくれるはずです。私の最後の願いです、どうかフリーデの力になってあげてくださいっ!」

 ミローネ様の叫びに救出部隊と、人々の間から悲鳴があがる。

「隊長、今からでもっ」

「待ちなさい」

 立ち上がりかける部下を止めた。ここでようやく、先の違和感に気づいたのだ。

 橋のたもとに並んだーーーーこの状況で不自然なくらいに整然とーーーー人々が無反応だ。

 今から飛び出してもミローネ様をお助けすることはできないだろう。例え間に合うタイミングだとしても、あの無反応な人々が道を空けてくれなければ島に上陸することすらできないはず。下手に姿を見せれば私たちも危機に陥る。ここで玉砕するのをミローネ様は望んではいらっしゃらない。

 それを部下に説明すると、彼は悔しそうに唇を噛む。

「なにも……できないのですか」

「ああ、アマス様」

 私は思わずアマス様に祈った。奇蹟でも起こらなければミローネ様をお助けすることなどできない。そう思った。

 だから次の瞬間、建国の小島のあちこちから白い煙が湧きあがり、どこからともなく白い翼を背負った人影が現れた時は、神の御使いが祈りに応えて降臨されたのだと思った。その声を聞くまでは。


「It's Showtime!」


 場違いなほど明るいその声に、私たち含め、その場にいた全員が戸惑ったことと思う。

 動揺する部下たちの横で、私はひとり、ひきつった笑みを浮かべていた。

 ……いや、なにやってるのよ、あんなところで。


         ◆


「It's Showtime!」

 ポカーンとこちらを見つめるいくつもの人々の視線。あー、うん、やっちゃったな。わかってる、私が悪い。許せ。

 天使のフリをして登場しようとタイミングを計っていたら、寸前でふと気づいてしまったのだ。


「この世界に天使とかいたっけ?」


 と。

 それに気づいたら考えていた台詞がスポーンと頭から抜けてしまった。

 演出のため、影から影へと移動しながらまき散らしたドライアイス────当然、【クリエイトイメージ】製────は水たまりや湖の水に反応して、とっくにもうもうと白い煙を発生させていた。だから迷ってられなかったんだよお。

 真っ白なローブ、長くした銀髪。翼は【闇の翼】だけど、綿をくっつけて白くしてあって、遠目には白い翼に見えると思う。

 姿形だけなら天使に見えるはずなんだけどなあ、やっちゃったわ。だって、誰もが呆然としていて声をかけてくれないんだもの。おおう、なんか恥ずかしくなってきたぞ。

「だ、誰だお前はっ!?」

「うむ、よくぞ問うてくれた」

「は?」

「いや、なんでもない」

 ミローネ王女の鎖を引いていた男が訊いてくれた。ありがとう、ポーズとったまま動けなくなるところだったわ。

 ばさりと翼をはためかせ、目立つように宙に浮いてから断頭台のミローネ王女を指差す。

「この者を助けたいという、人々の願いが我を呼んだのだ」

 まるで言葉が波紋のように群衆の間に広がると、歓喜の声があちこちから聞こえてくるようになった。……って、なんだあれ。橋の最後列に綺麗に並んでいる人々、彼らはなんの反応も示さない。いや、そもそも────。

(……糸?)

 魔力を感じる、というか、魔力でできた糸が無反応な人々に繋がっている。その糸の出先は……城だ。ということは、あの魔力の糸は宰相かその部下の仕業か?

 っと、それを確認する前に首斬り斧を持ったアンデッド兵が斬りかかってきた。どうやら敵と認識されたみたいだ。とはいえ、戦闘を考慮していないのか動きは鈍い。その大ぶりな一撃をかわし、カウンターでその兜を下から思いっきり蹴り上げる。

 足に伝わる衝撃。乾いた金属音とともに兜の留め金が弾け飛び、兜が宙を舞う。その下から現れたのは、腐りかけたアンデッドの頭部だ。群衆から悲鳴があがる。

「見よ、皆の者! 汚らわしきアンデッドを配下に置くなど人の為すことではない。人の国は人によって統治されるべきである。簒奪者ベトレイヤに王の資格無しっ!」

 どおおおおおお、と。空気が揺れた。民衆の心に火を点けるために偉そうに演説をぶってみたけれど、予想以上に人々を心に響いたみたいだ。ミローネ王女の処刑で沈んでいた場の空気は、もはや一変していた。

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