第123話 これは、やらかすしかないのか?
「静まりなさい」
ざわつく室内が静かになるのに少し時間がかかった。ライラックさんがいくらか動揺していて、声を発するのに時間がかかったからだ。
その間に隣の男性が簡単に説明してくれていた。
「かつて吸血鬼が世界を支配していたことは知っているだろうが────」
うん、よく知ってるよ。少し前に吸血鬼の城に行ったしね。
男性が言うには建国の小島というのは王城の裏手にある湖にある島で、かつてこの地を支配していた吸血鬼を英雄が倒した場所だそうだ。うん、どこかで聞いたような話だね。
そして英雄は国を吸血鬼から解放し、初代サイサリア国王になったのだという。なるほど、だから建国の小島なのか。そこからサイサリアの歴史が始まった、と。
「ところが二年前、城から脱出しようとして捕まったフリーデ様を、ベトレイヤの野郎は建国の小島で処刑しようとしたのさ」
サイサリアの歴史が始まった場所で王族を処刑か。サイサリアの歴史を終わらせるという意思表示だったんだろうな。
それにしても────。
「フリーデ様、よくご無事で」
「ああ、捕まったのは影姫だったらしくてな。処刑直前に当人がそれを暴露して、本物のフリーデ様は無事に脱出したのさ。必ずベトレイヤから国を解放すると約束してな」
言いながら男性は得意そうだった。フリーデ様の武勇伝を語るのが楽しくて仕方ないのだろう。
それにしても影姫、つまり影武者かあ……。
「マイ様?」
「いや、なんでもないよ」
なにかが頭の片隅にひっかかる。だけど、それを確かめる前にライラックさんが場を静め、意識がそっちに引っ張られると同時に、ひっかかっていたものはスルリと頭の中から抜け落ちてしまった。
とりあえず、まだ二日ある。その間にミローネ王女の救出作戦を考えねばならない。一般人のふりをした者を送り込んでの更なる情報収集、警備の配置や護送ルートの確認。陽動は必要か? 救出部隊の人選は? 救出したあとの逃走ルートは? やることは山とある。
わざわざ処刑の日程を発表しているので、無いとは思うけれど、処刑の前倒しの可能性も捨てきれない。どうやら明日も忙しい日になりそうだった。
何度かの休憩を挟みながら、会議は夜半まで続いた。その休憩時、ライラックさんに呼ばれた。
「私がいる必要、あります?」
開口一番、疑問を口にするとライラックさんは声を潜めた。
「こちらの予定通りに事が運ぶとは思っていないわ。だからマイちゃんには、臨機応変に動いてほしくて」
「それって、どういうーーーー」
「こちらの作戦を理解した上で、予期せぬ出来事に備えて欲しいの。指示を待たず、自身の判断で動いてくれていいわ。私たちでは対処できない事態でも、マイちゃんならなんとかしちゃうと思うから。ミローネ王女を助けられるのなら、多少おかしなことが起きてもフォローするから」
私がなにかやらかす前提はやめてください。
「……対処できない事態になると?」
「最悪、ね。マイちゃんに負担をかけずに済めば、それに越したことはないけれど」
確かに、予定通りに進む可能性は五分五分だろう。つまり私は保険か。掛け金は高いですぞよ?
「まあ、私がうごかなくて済むことを祈ってます」
「ええ、本当にね」
そう言って小さく笑い合った。……うん? フラグが立った? いやいやいや。
それから二日かけて情報収集と救出作戦の検討が続いた。
一度だけ王都の様子を見に行ってみた。高い城壁に囲まれた都市は区画整理がしっかりしていて、整然としていた。しかし、かつては美しかったであろう王都は薄汚れ、生気をなくした人々が細々と暮らす無惨な都へと変貌していた。
影から影へと渡って人々の話に耳を傾けてみたところ、彼らはミローネ王女の処刑決定を嘆き、ベトレイヤへの呪詛を小声で吐き出していた。だからだろうか、反乱軍は市民の協力を得られないかと頭をひねっているけれど、食料が不足しているのか痩せた人が目立つ彼らが戦力になるとは思えないなあ。
その後、城の裏手にある湖を遠くから見てきた。結構大きな湖で、北にある川からの支流が一本だけ繋がっている。ほぼ中央に小さな島────建国の小島があった。島にはいくつかの柱が等間隔で配置され、中央に祭壇のようなものがあるのが確認できた。島を取り囲むように五つの橋が等間隔に架けられていたけれど、もともと橋はひとつだそうだ。つまり、処刑を見物できるように設置したんだろう。悪趣味な。今は柵が設けられていて自由に渡ることはできなくなっていた。
実は城や建国の小島も偵察しようかと思ってたんだけど、うっかり察知されたらミローネ王女救出に響くのでやめておいた。あと気になることといえば、湖に近づくほど体内のシーン・マギーナの共鳴が大きくなることかな。湖になにかあるのかなあ。
あっという間に二日が経ち、ミローネ王女処刑の日がやってきた。昼頃に雨が降ったけれど、夕方には止んだ。
今回の処刑には見せしめの意味もあるため一般人の見物が許可されている。救出部隊はそれら見物人に紛れて小島に入ることになっている。
その小島には断頭台のような構造物が造られているのが確認できた。中央ではなく端っこにあるのが気になるけど、意味はあるんだろうか?
他にも救出部隊の脱出を手助けする部隊が、リリロッテさんをリーダーに昨日から周囲の森に潜伏中だ。雨の中、動けずに大変だったろうな。
処刑時刻に合わせて陽動も行われる手筈になっていて、少しでも王国軍の兵力を分散させるようになっている。
私とヨナ、クロは森の中に潜み、定期的に巡回しに来る兵をやり過ごしながら処刑の時間を待っていた。
「…アンデッドが多いなあ」
巡回や見張りの兵たち。人間もいるけれど半分近くはアンデッドだ。一般人の人々はこの事実を知ってるんだろうか。
陽が傾きはじめると次第に人が増えてきた。くたびれ、生気を感じさせない人々が湖周辺に集う様は幽鬼の群れを思わせる。どっちがアンデッドかわからないなあ、これは。
暗くなり、この日のために設置された篝火に火がつけられていく。時間的にはそろそろ日没の鐘が鳴るころだけど、まだミローネ王女は連行されてこない。どこから、どうくる?
と、ここで王国軍に動きがあった。巨大なハンマーのような武器を手にしたアンデッドが四つの橋を渡り始め……あろうことか橋を中ほどで破壊したのだ!
当たり前だけど宰相は、反乱軍がミローネ王女を救出に来るとわかっていたんだろう。処刑直前に橋をひとつだけ残すとか、こちらの逃げ道を見事に潰してくれたな。
ただひとつ残された橋に人々が殺到する。先頭の人々は島に上陸できているけど、大半の人は橋の上だ。救出部隊も紛れているだろうけど、これじゃあ身動きできないんじゃなかろうか。
だけど今さら作戦変更も練り直しもできない。それが証拠に、日没の鐘が鳴ると同時に町の方が騒がしくなった。陽動部隊が行動を開始したようだ。湖周辺にいた人間の兵士が何人か、町の方へと向かって行く。うーん、数は減ったけど橋がひとつにされてしまってはなあ……。
と、集まった人々の間にどよめきが広がった。見れば湖に波が立っていた。あれは……。
「あれもアンデッドか」
「ええっ!?」
ヨナが驚くのも無理はない。【索敵】の反応で騙されていたけれど、湖に現れたのは巨大な蛇のようなアンデッドだった。どこに潜んでいたのか、奴は悠々と湖を泳いで建国の小島に近づいてくる。そして島の岸辺でその大きな口を開いた。人々の間から悲鳴や呻き声が聞こえてきた。
口の中にいたのは悪趣味なキラキラ衣装を身につけた小太りの男と、巨大な斧を担いだ全身鎧のアンデッド。そして首輪をつけられ、男に握られた鎖で引かれている赤毛の女性。多分、彼女がミローネ王女だろう。
自決防止にか猿ぐつわを噛まされ、後ろ手に拘束されているようだ。粗末な服に薄汚れた髪が、彼女の監禁生活を物語っているようだった。
彼らは断頭台が設置されている岸に上陸する。なるほど、断頭台が端っこにあったのは、残された橋から一番遠い位置に設置したからなのか。
「マイ様、どうされます?」
『ご主人様、どうするニャー?』
「これは……まいったなあ」
やらかすしかないかなあ、これは。
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