第117話 発見!
「それで、どんな名前にしたんです?」
好奇心を隠さずリリロッテさんが訊いてくる。ゲハールはリリロッテさんの口にした文献の内容を気にしているのか、ガイヤの背後に隠れて「本当に大丈夫なんだろうな!?」って叫んでいるけど、リリロッテさんは早々にクロに敵意がないことを感じ取ったみたいだ。さすがというか。
う~ん、さて……言いたくないけど名前を呼ばないといけない時もくるだろうしなあ。
「……クロ」
「へえ、どういう意味?」
「え?」
「え?」
お互いに首を傾げる。しばらく考えて、理解した。自分、日本語で「クロ」って口にしてた。当然だけど、この世界じゃ黒は別の発音になる。【自動翻訳】のお陰で忘れてたよ。
「なんとなくフィーリングで、かな」
「そうなんだ」
なんて誤魔化していると、当のクロがとことこと近寄ってきて器用に前脚で私の袖に爪をひっかけた。
『それでご主人様、クロになにしてほしいニャー?』
え、喋った!? だけど他の人には「にゃ~ん」としか聞こえなかったみたい。どうやら召喚者とだけ意思の疎通ができるようだ。
さて、してほしいことはあるけれど、まずはクロができることを聞いてみよう。ふむ……ふむふむ。
「言葉、通じてるのかしら?」
「みたいですねぇ」
リリロッテさんとヨナが顔を見合わせている。傍から見れば猫相手に独り言を言ってるだけの残念な人にしか見えないもんね。って、ゲハール、そんな目で見るな!
「うわあ……」
「どうしたの?」
「ちょっとハイスペックすぎる」
できることを聞いて驚いた。まず、クロは飛行できる。翼があるから当然だと思うけど、猫のボディで飛べるのかと疑問に思ってたからね。え? お前も人間の身体で飛んだだろうって? ア、ハイ。
猫の魔物だけに鼻と目が良く、夜目も利く。さらに闇系の魔法が使える。……あとで教えてもらおう。使い魔に魔法を学ぶ主は情けない? プライドで魔法が使えれば苦労しないからねっ。
あと、地味に強力なのが、主である私と魔力と感覚が共有できるできることだ。クロが見たもの、聞いたことは私にも伝わるし、逆に私の見聞きしたものはクロにも伝わる。私のスキルや魔法を離れているクロに使うこともできる。めっちゃ凄くない?
そして、一番凄いのはクロは自律行動ができること。他の使い魔のことは知らないけれど、私の指示を待たずに自分で判断して行動できるのは凄いと思う。うん、文献に残るくらいの強さはあると思うね。
「多分、この子なら他の班を探しだすことができると思いますけど」
そう告げるとリリロッテさんはゲハールを見た。彼女自身はクロを利用することに前向きみたいだけれど、ゲハールにも了解をとっておかないと後がうるさそうだし。
「ふむ、他に手があるわけでなし、やれるだけやるのがよかろう」
意外にもゲハールはあっさりとクロに任せることを認めた。まあ、本人が言ったように、私たちには他に選択肢がないのだし当然か。あ、私が自分で探すというのはナシでね。
さっそくリリロッテさんが手紙をしたため、彼女とゲハールのサインをいれる。それを丸めて紐で縛る。
「じゃあ、クロ。この手紙を仲間に届けたいんだけど、どこにいるのかわからないの。私と視界を共有して、見つけたら届けて指示を待って」
『任せるニャ~』
受け取った手紙をクロの首にくくりつける。それから他の班がいるであろう方向────少なくとも私たちよりは西にいるはずだ────を教えると、クロはひと声鳴いてから馬車から飛び立った。
どひゅんっ!
風切り音を残して、コマが切り替わったかのように目の前から消えるクロ。西の空で点になり、すぐにそれも見えなくなった。
「え、ちょ、もう見えないんだけど」
「マイ様、【加速】をかけました?」
「あー、うん、念のためと思って。……いらなかったかなあ」
【加速】を抜きにしてもめちゃくちゃ速いな! ひょっとしたら私より敏捷が高いのかもしれないぞ、あれは。
っとと、こうしている場合じゃない。クロと視界を共有してライラックさんを探さないと。
目を閉じ、クロとリンクするよう念じる。……よし、繋がった。って、めっちゃ速っ!? 景色が絵の具で塗りつぶされたように滲んで見える。音速いってない?
いや、驚いてないで、リンクして何ができるかできないか色々試さないとね。
……で、その結果。なんと【オートマッピング】と【索敵】が共有できることがわかりました。これは便利だよ! クロの目と鼻に二つのEXスキルがプラスされれば探索が捗ること間違いなし。
早速、近くに複数の人間の反応。
『クロ、確認して』
『わかったニャー』
返事と同時に視界が急激にブレた。ぎゃあーっ、三半規管が死ぬーっ。
「う……うええ」
「マ、マイ様、大丈夫ですか?」
「これは……酔う」
クロのやつ、旋回じゃなくてほぼ直角に方向転換してみせた。ニュータ〇プが乗った白いやつかと思ったよ、慣性の法則はどうなってるんだ? ただでさえ目を閉じて馬車に揺られてるんだからこれは酔うっ。
だけど視覚のリンク切るわけにもいかない。再び目を閉じると、ちょうどクロが目的の頭上に到着していた。お、見知った顔を発見。ライラックさんはいないけれど、どうやら反乱軍の別班のようだ。彼らもクロに気づいたらしく、武器を構えて警戒している。
『クロ、その人たちじゃないよ。匂いだけ覚えてから北上して』
『わかったニャー』
再び景色が流れだす。そして酔いと戦い続け、二つの班を確認した後だった。
「見つけた」
かなり北方の山岳部。崖に張りつくような細道の途中にライラックさんの姿を認めた。私の呟きに馬車に乗る全員が反応する。
「フリーデ様か?」
「うん、間違いないです。フィルロッテさんもいますね」
「あ゛~~~~~~~っ!!」
びっくりしたあっ。目を開けるとリリロッテさんが頭を抱えて呻いている。なんだ、なにがあった!?
「フィルだけズルいぃっ! 私もフリーデ様と一緒したかったのにぃ!」
……ああ、はい。そっちね。
『ご主人様、気づかれたニャー』
おっと、落ち込んでいるリリロッテさんは後回しにしてライラックさんだ。再び視界を共有すると、滞空しているクロを見上げているフィルロッテさんたちが大騒ぎだ。まあ、正体不明な魔物が頭上を飛び回れば警戒するよね。
『とりあえず距離をとって、彼女たちの進路上に降りて』
『わかったニャー』
クロが高度を下げる。そしてライラックさんたちの五十メートルほど前方に着地した。って、なんか視界をちらちらするのは前脚か。顔洗ってるんだ、呑気だな。
「
「フリーデ様、私の後ろに!」
対照的に相手の緊張感は一気にレッドゾーン。フィルロッテさんがライラックさんを背にかばい、他のメンバーは弓を構えたり魔法の準備に入ったりと完全に臨戦態勢だ。まいったな、これじゃ迂闊に近寄れないぞ。
『くあ……。ご主人様、近づけばいいニャ?』
『できるの?』
『任せるニャ~』
言うなりクロはトコトコと前進を開始した。おいおい、大丈夫か?
「撃てーっ!」
ほらあっ! 文献に残るだけという魔物が距離を詰めてきたのだ、当然だけどフィルロッテさんたちはこれを攻撃のために間合いを詰めてきたと勘違いしたらしい。風切り音より速く二本の矢がクロに向かって飛来する。
ペチッ、ペチッ。
「なっ!?」
え、ええっ? クロは無造作に前脚を振って二本の矢を弾いた。なんという反射神経と力だ。
「ならばっ!」
魔法使いが呪文を唱え、螺旋状に渦巻く炎の矢が放たれる。道を破壊するわけにはいかないから単発の、だけど強力な炎の魔法だ。
『ニャア』
ひょいっと、無造作にクロは炎の矢を飛び越える。さらに座って顔を洗う余裕を見せたりもする。煽るなあ、おい。
煽られているとわかったのだろう、騎士が再び弓に矢をつがえ、魔法使いが呪文の詠唱を始める。フィルロッテさんに至っては突撃するために重心を落としている。さすがにこれはヤバイんじゃあ……。
「待ちなさい」
お、ライラックさんが彼女たちを止めた。
「フリーデ様?」
「あの
ふう、どうやらライラックさんには戦う気がないことを気づいてもらえたか。
まだ警戒を解かないフィルロッテさんたちに苦笑を返しながら、ライラックさんは顔を洗っているクロに声をかけた。
「あなた、言葉はわかりますか? わかるなら右脚を上げてください」
「ニャア」
クロは応えるように右前脚を上げる。
「あなたは、私たちに用があってここに来たのですか? はい、ならば右脚を。いいえ、ならば左脚を上げてください」
「ニャア」
クロは再び右前脚を上げる。それからカリカリと音がする。……なにをしてるんだ?
「首に……手紙?」
ああ、首の手紙をひっかいてアピールしてたのか。なるほど。
こちらの意図を察したライラックさんが命じ、フィルロッテさんがまだまだ警戒しながら手紙を受け取りに進みだした。
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