第118話 刻め、黒歴史

 警戒しつつもクロの首から丸めた手紙を外したフィルロッテさん。彼女は手紙の表に書かれているサインを見て目を見開いた。そして急いでライラックさんのところへ戻る。それを見送ったクロは小さく欠伸をして丸くな……って、こら、目を閉じるな。様子がわからないだろう。

「手紙にリリとゲハール殿のサインです」

「なんですって?」

 全員が全員、手紙とクロを交互に見た。まあ、文献の中でしか存在していないはずの魔物が仲間からの手紙を持ってくれば驚くよね。

 ライラックさんに促され、フィルロッテさんは手紙を開く。

「間違いありません、リリの字です。ええと……親愛なるフリーデ様へ……中略します」

 なにが書いてあったんだ、おい!

「……この手紙を運んだ有翼猫ウィングキャットはマイちゃんの使い魔ですので安全です。……って、ええっ!?」

 再び全員が丸くなっているクロをガン見する。いや、うん、それはそうなるよね。私がこんな強力な魔物を使役しているとか、にわかには信じられないだろうなあ。ああ、フィルロッテさんたちが胡散臭そうに手紙を睨んでいる!

「これは……本当にリリロッテ殿の手紙なのか?」

「筆跡は間違いないですけれども……」

「誰かに脅されて書いたという可能性は?」

 ちょおおおおっ! なんか疑われはじめたぞ。いくらなんでも私が有翼猫ウィングキャットを使役するなど信じられないってことかっ。マズイ、どうすればいい?

「ぷっ……ふふ」

 と、小さな笑い声が。全員の視線の先にはライラックさんがいる。思わず吹き出してしまったようで、注目されていることに気づくと頬を赤らめた。

「フリーデ様?」

「ああ、ごめんなさい。いえ、マイちゃんなら有翼猫ウィングキャットを使い魔にしても不思議じゃないから」

「え……」

 全員が絶句した。そんな部下たちにライラックさんは苦笑する。

「彼女はちょっと……いえ、かなり私たちの予想の外にいる子だから。だからその手紙も信じていいと思うわ」

 えーと、それはフォローなんですか? まあ、私が転生者で神から色々とスキルをもらっていると知っているから、そう言いたくなるのもわかるんですが……。ああっ、ほら。フィルロッテさんたちが戸惑っているじゃないですか。

「とりあえず、先を」

「あ、はい」

 促され、フィルロッテさんは手紙を読み進める。その内容に先ほどまでの戸惑いはかき消され、場の空気が目に見えて重くなっていく。無理もない。

 ゲハールの奴隷が偽装契約で反乱軍に潜り込んだスパイであったこと。

 ゲハール以外にもスパイの奴隷を持っている者がいるかもしれないこと。

 おそらく合流場所が宰相に把握されていることなどなど。悪い情報がてんこ盛りだもの。

「……ついては、合流場所の変更を具申いたします。他の班にはマイちゃんの有翼猫ウィングキャットが運ぶので、急ぎ決定の上、命令書をご用意いただきたく思います。フリーデ様のリリロッテより。……以上です」

 しばらく誰も声を発しなかった。ようやく口を開いたのは魔法使いの男性だった。

「フリーデ様の言を疑うわけではありませんが、確証が欲しいですな」

 そう言ってクロを見る。なるほど、本当に手紙を預けていいのかどうか踏み切れないのか。う~ん、どうしようかなあ。仲間しか知らない情報をどうにかして伝えられればいいんだけど……あ、そうか。

『クロ、私の言う通りにして』

『わかったニャ』

 クロに指示を出し、岩肌に文字を刻んでもらう。というか普通に岩を削れる爪とか怖いわ。

 ライラックさんたちは、まるで爪を研ぎ始めたようにしか見えないクロを不思議そうに見ている。やがてクロは文字を刻み終わり、刻んだ部分を軽く叩き、ひと声鳴いてから少し離れる。察したフィルロッテさんがそこに近づく。

「えっと……小鳥の囀り亭にて?」

「えっ?」

 ギクリとしたのはライラックさんだ。それに気づかずフィルロッテさんは読み続ける。

「ギルドマスターに様子を見てくるようお願いされた私は、小鳥の囀り亭を訪れた。ファンの従業員に妨害されかけたものの無事に部屋まで案内され、私の来訪が伝えられると中からドタバタと慌てたようなーーーー」

「ストップ! フィル、ストーーップ!」

 飛び出したライラックさんがフィルロッテさんを押し退けるようにして刻まれた文字を隠す。全員が、おそらく初めて見るであろうライラックさんの狼狽ぶりに目を丸くしている。

「フリーデ様?」

「見てはダメ。いい? 絶対に見てはいけませんからねっ!」

 全身でクロの掘った文章を隠しながら、ライラックさんはそれを読む。そして「あ……あああ……」と情けない声を出しながら、その場にずるずると崩れ落ちた。

「……マイちゃんだわ」

「え?」

「その有翼猫ウィングキャット、間違いなくマイちゃんの使い魔だわ。というか、マイちゃん、使い魔を通じてここを見ているんでしょう!?」

 ライラックさんがクロを見ながら叫ぶ。クロが呑気にニャアと鳴き、右前脚を上げる。肯定だ。ライラックさんは、がっくりとうなだれた。

 岩壁には小鳥の囀り亭での、私とライラックさんしか知らない、あーんなことやこーんなことを簡単にだけど刻んだ。間違いなくクロが私の使い魔だと、これで確証が持てただろう。まあ……ライラックさんが立ち直るには少し時間がかかるかもだけど。うん、ごめんよ。

「マイちゃんがここを見ている……、じゃ、じゃあ、リリは今どうしてますか?」

 フィルロッテさんが問う。クロに指示し、岩壁に「フィルだけズルイ、と叫んで悶えています」と刻む。それを読んだフィルロッテさんが恥ずかしそうに両手で顔を覆った。

「うん、少なくともリリの班が敵の手に落ちたということはなさそうですね……」

 こうして、クロが私の使い魔だと信じてもらえた。……よかったのか、こんなので。

 さて、色々あったけれど、ライラックさんは立ち直ると他の班への手紙を書き始めた。集合地点変更の指示だ。ちなみにライラックさんは岩壁に刻まれた内容を全部削ってしまった。合流してからが怖いなあ。

「できれば協力者にも伝えたいのですが……」

「無理でしょうね。彼らがどのルートで合流地点に来るのか、わかりませんので」

 残念ながら他の協力者たちに連絡をとる方法は今は無い。あるとすれば、先に合流地点付近に到着し、それらしき者たちを捜すしかないだろうか。まあ、そこまで都合よく事が運ぶとは思えないけれど。

 書きあがった手紙は籠に入れ、クロの飛行時の風圧で手紙が飛ばないように蓋をした。あとは他の班を探しだし、手紙を投下するだけだ。うん、言うは易し、行うは難しだけどね。

「それじゃあ、お願いしますよ」

「ニャア」

 渡された籠をクロが咥える。と、ライラックさんが不意に顔をクロの耳元に近づけて囁いた。

「マイちゃん、合流したらお話があります」

 ひいっ。

 逃げるようにクロを離陸させた。

 ちなみに、他の班はなんとか全部見つけることができた。【索敵】バンザイ。まあ、すべての班が見たこともない魔物が落としていく手紙をやたら警戒していたけれどね。まあ、こればかりはしょうがない。

 ともあれ、陽が落ちるまでにはすべて終了。

 ちなみに私は馬車に酔いました。うっぷ。

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