第116話 召喚!

 夜が明けた。短い睡眠に誰もが眠そうだったけれど、時間は待ってくれない。あくびを噛み殺しながらの準備は大きな問題もなく終わった。

 奴隷商人の馬車にあった食料をありがたく使わせてもらい、全員がお腹を膨らませて出発した。

 キースたち紅い風は、私の託した手紙を持って国境に向かった。目的ができたからかキースに迷いは感じられず、問題なく手紙をハンターズ・ギルドに届けてくれそうだ。

 アムゼイとフィゴー親方は隠れ里に帰る。すぐにでもラエン鉱の採掘と精錬を進め、武具の供給を約束してくれた。ちなみに、他の奴隷たちはアムゼイたちの隠れ里に向かい、身の振り方はそこで考えることにしたようだ。

 彼らを見送って私たちも出発した。幸いにも奴隷商人の馬車を確保したため移動速度は格段に上がるだろう。ちなみに御者はナンチェだ。ナンチェは罰を覚悟しているのか逃げるそぶりもなく、自由になったにも関わらずゲハールに従っている。ひょっとしたら奴隷生活が長かったため、自由に振る舞うことがわからないのかもしれないな。だとしたら悲しいことだ。

 ちなみに馬車に乗っているのは私たち反乱軍六名と、拘束されている奴隷商人だけ。奴隷商人の護衛たちは、かわいそうだけど生き残った者たちは殺された。私たちが叛乱軍だと知られてしまったので、自由にさせたら王国軍に情報を売るかもしれない。これ以上の情報漏えいは避けたかったのだ。汚れ役は紅い風が引き受けてくれたけど気は重い。ふう。

 高くなってきた太陽によって、夜明けの涼しさが駆逐されていく中を馬車は快調に進んでいく。さらに奴隷商人が宰相からもらったというアンデッド避けのお守りが道中を楽にしてくれることだろう。とはいえ楽観はできないんだよね、なにせ私たちが一番問題が多いのだから。

 一番の問題は、反乱軍やその協力者の中に奴隷のスパイがいて、情報が宰相に筒抜けになっていることだ。叛乱軍ではゲハール以外にも奴隷を持っている人がいたけれど、その中にスパイがいるかどうかはここじゃ判断できない。ナンチェは合流場所を知らないけれど、他の奴隷が合流場所を知っていて、情報を流していたら最悪だ。宰相は合流場所に罠を仕掛けて待ち受けることだろう。

 運よく反乱軍に他の奴隷スパイがいなかったとしても、フリーデ王女の呼びかけに応じて合流場所に集まってくる協力者たちの中に奴隷スパイがいたら、結局は合流場所がバレてしまう。なんとかして合流場所を変更しないと、ミローネ王女を救出するどころじゃなくなってしまう。

「では、フリーデ様の班の移動ルートは知らんのだな?」

「残念ながら。情報漏えいを警戒してのことでしたが、ここで裏目にでてしまうとは……」

 ゲハールの問いにリリロッテさんが無念そうに答える。どうやら他の班の移動ルートはわからないようだ。というか、私たちは誰かのせいで行軍速度がかなり遅かったのだ。馬車が手に入って速度は上がったとはいえ、ただでさえ遅れているのだ、ルートを知っていたとしても合流できたかどうか。

 いや、まあ、私が本気出せば他の班を探しながら追いつけるんだけどさあ。それやっちゃうと仲間からも警戒されちゃいそうだしねえ。ただでさえ、模擬戦やら敵襲の察知とかで「何者だ、こいつ」って目で見られることがあったし。ん~、なんとか他の方法はないだろうか……。

「……あ」

「マイちゃん、どうかしたの?」

「あー、ちょっと試してみたいことがあるので、場所を開けてくれます?」

「なに? なにかやらかすの?」

 その言い方やめてぇっ!

 冗談(?)を言いつつもリリロッテさんたちは場所を空けてくれる。奴隷を解放したので馬車の中は比較的広くなっているけれど、試したいものがどれだけスペースを食うかわからない。幸い、ゲハールもなにか言うでもなく御者台の方へと移動してくれたので、私は空いたスペースの中央に座ってステータスを確認する。


【使い魔召還】


 シーン・マギーナの主になってから覚えた種族スキル。多分、シーン・マギーナの固有能力なんだろうけれど、主の私は問題なく使えるらしい。このスキルで他の班を探して連絡がとれるような使い魔が出てきたりはしないだろうか。いくらなんでも都合がよすぎるか? でも、やらないよりはやった方がいいだろう。

 えーと、使い方は……ああ、使おうと思うと頭の中に手順が浮かんでくる。便利だな。

 シーン・マギーナを召喚し、馬車の床に軽く突き立てる。いや、貫通させたりしないから、そんな驚いた顔で見ないでっ。

「召還!」

 【使い魔召喚】を発動させると、おおっ、シーン・マギーナが勝手に動いて円を描いていく。その円の中に複雑な紋様が浮かび上がり、魔法陣を構成していく。

「ええ、マイちゃん、なにする気?」

「お、おい、小娘、大丈夫なんだろうなっ!?」

 ギャラリーが大騒ぎだけどスルー。今は召喚に集中して、と。……ん? マナを要求されてるな。なるほど、注ぎ込んだマナの量によって召喚される使い魔の強さが変わるのか。今の私のマナは……うおう、軽く1000を越えてたわ。

 ん~、どうしたものかな。そこそこの使い魔を複数召喚して数でカバーするか、最強クラスの使い魔を召喚して能力を活かすか。……よし、どうせなら強い方がいいだろう、マナはきり良く1000投入しちゃおう。並みの魔法使いの十倍近いマナならば、相当に強い使い魔が召喚できるんじゃないかな。というわけでマナをどぼーっと。

 マナを注ぎ込んだ瞬間、魔法陣が強く輝いた。魔法陣の枠線に沿って光の壁が形成され、隔絶された空間に何者かの姿が徐々に形成されていく。

「わ、まさか召喚?」

「一体なにをぶつもりだ、小娘」

「さあ、わかりません。なにせ初めてなので」

 絶句するゲハールを無視して魔法陣を見つめていると、徐々にその姿がはっきりしてきた。黒い、黒い翼が光の壁の中で大きく広がる。そして────。


「みゃあ~~~~~~~~んっ♪」


「「「「「は?」」」」」

 私も含め、全員の目が点になったと思う。なにせ魔法陣の光の壁の中に顕現したものは……。

「ね、猫?」

「でも翼がありますよ、マイ様」

 魔法陣の中には私と同じくらいの大きさもある大きな漆黒の猫がいた。くあ、と欠伸をし、のんきに顔など洗い始めている。うん、どこからどう見ても猫だ。背中に黒い翼がある以外は。

「え、まさか……有翼猫ウィングキャット!?」

 リリロッテさんの悲鳴のような声が馬車に響く。御者のナンチェがちらちらと後ろを見たそうにしているけれど、真面目なのか馬車の制御に徹していてくれる。いい子だね。って、今はそうじゃなくて。

「知ってるんですか、リリロッテさん」

「いや、知ってるというか、文献で読んだくらいなんだけど……なんでも古代に存在していた強力な魔物で、見た目によらず強いって話よ?」

「まあ、強そうには見えんな」

 ゲハールの言う通り、のんきに顔を洗っている黒猫からは強者の威厳とかそういうものが一切感じられない。あ、耳の後ろまで洗ってるな、明日は雨か? ……いや、そうじゃなくてっ。マナを1000も注ぎ込んだんだから弱いわけがない……はずだ。

 と、顔を洗い終えた有翼猫ウィングキャットが不意にこちらを見た。ゴロゴロを喉を鳴らしながら、金色の瞳がなにかを訴えてきている。えーと、なにを期待しているんだ?

「マイ様、ひょっとしたらこの子、名前をつけてほしいんじゃ」

 獣人だけになにか通じるものがあったのか、ヨナが言う。なるほど、名前かあ。

(……クロ?)

 まったく安直にそんな名前が頭に浮かんだ。瞬間、

「みゃう~ん♪」

 了解した、とばかりに有翼猫ウィングキャットが鳴き、まるで某基地のバリアのように光の壁が割れた。パリーンって音が聞こえないのが不思議なくらいに。

「マイ様?」

「マイちゃん?」

「小娘?」

「……やっちゃった」

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