第107話 狭ければ、拡げてみせよう坑道を

「どうして蜘蛛がここにっ!?」

 驚く暇もなく、蜘蛛はリリロッテさんに向けて糸を飛ばした。奴の尻から細い糸が網のように拡がってリリロッテさんに絡みつく。

「くっ、しまった!」

「リリロッテさん、我慢してくださいねっ」

 蜘蛛がいる理由を考えるのは後だ。まずはリリロッテさんを助けないと。

「俺のこの手が真っ赤に燃える!」

「え、俺?」

「突っ込まないでくださいっ!」

 いかん、悪ノリしてしまった。急に恥ずかしくなってきたぞ。

 と、ともかく。魔法を発動させると右手が燃え上がった。武器や拳に炎をエンチャントする魔法、【紫炎】だ。

 しかしこれ、熱い。確実に火傷してる。だって袖が燃えだしてるもん。ギルドの資料室で読んだ魔法書には、両手両足を燃やして戦った格闘家の話が載っていたけど、火傷については言及されていなかった。イメージするのは容易いけれど、火傷しないためにはコツがいるのかもしれないなあ。

 いやまあ、火傷はともかく。燃える拳でリリロッテさんに絡みつく糸をなぎ払う。本当なら火弾でも飛ばしてやりたいんだけど、天井にダメージ入って崩落、なんてのはゴメンだしね。

「熱っ、熱うっ!」

 予想より糸は燃えやすかった。リリロッテさんに絡みついていた糸は一気に燃え上がり、一瞬だけどリリロッテさんが火ダルマになったほどだ。

 当然、炎は糸を燃やしながら蜘蛛にも迫った。だけど蜘蛛は素早く糸を切り離し、猛然と逃げだした。よほど炎が怖いらしい。

 あれ? 照明が松明だったら火傷しなくてすんだのかな。火傷損? ……まあ、過ぎたことはしょうがない。今はこの状況をなんとかしないとっ。

「ごめんなさい、助かったわ。手、大丈夫!?」

「大したことないです」

 三方から敵の群れ。

 退路は断たれた。

 低い天井で私以外は満足に戦えそうにない。

 派手な魔法は危険かもしれない。

 どうする? どうしたらいい?

 光が届く範囲に大量の山喰いの姿が浮かび上がる。

「大地の盾っ!」

 三方に壁を立てると、地面から壁がせり出す振動で、天井からパラパラと小さな破片が落ちてきた。予想以上に地下道の耐久性が低い!? 山喰いが手抜き工事したのか、予想以上に水の侵食が速いのか。どちらにせよ、こちらが極めて不利だ。

「くうう……、せめて天井が高ければ、聖騎士の名に懸けて捌ききってみせるのに!」

 ガリガリと岩の壁が削られる音の中でリリロッテさんが悔しそうに叫ぶ。

 天井……。そうか、自分たちに不利な状況だというなら、少なくとも不利ではない状況にすればいいんだ。

 地面に手をつき、精神を集中させる。

「リリロッテさん、ガイヤさん、少しの間だけ持ちこたえてください」

「なんとかなるの?」

「多分」

「承知したっ!」

「な、なんとかしてくださいよ?」

 辛い中腰姿勢で私を守るように前に出るリリロッテさんとガイヤ。

 目を閉じ、掌から大地を探る。どこだ……どこにいる?

「ふんっ、単調な噛みつきで私が倒せるとでも?」

「くそう、来るな、来るなっ!」

 壁が崩れる音に続いてリリロッテさんの声。金属音がそれに続く。ガイヤも必死に応戦してくれているようだ。

 急げ、どこにいる。どこに……。

「……いた」

 大地の奥深く、頭上で起きていることなど興味ないと言わんばかりの土の中級精霊が!

『母なる大地の精霊よ、我が願いを聞き届け給え。拡張し、整地し、鋼のごとく揺るがぬ道と成して、我らを助け給え!』

 語りかけると同時にマナを一気に五百ほど注ぎ込んでやる。さあ、それだけあれば大丈夫でしょ? 助けてちょうだい。

 途端、大地が揺れた。

「じ、地震!?」

「マズイ、崩落するぞっ!」

「いえ、大丈夫です」

 立ち上がり、狼狽する三人に胸を張る。私たちの周囲で、地下道が変化を始めていた。

 最奥へと続く地下道が拡がり、天井が上昇する。デコボコだった地面は整地したように平らになり、地下道自体が日本のトンネルのように綺麗なアーチ状の壁と天井に変化していく。魔法で無理矢理に変化させるのではなく、土の精霊の力で変化させているため、崩落することもない。そんな無様な変化は土の、しかも中級精霊のプレイドが許さないだろうからねっ。

 ちなみに、地下道を拡げた分の土や岩石はどこへ行くのか、わかります? ふふふ、左右の通路ですよ。

 ブチブチ、ベキボキ、と。山喰いがせばまっていく通路に押し潰されて死んでいく。突然の地震で動きが止まっていたので逃げることもできなかったみたいだ。

 呆然と、押し潰される山喰いを見ていたリリロッテさんが、ギギギとぎこちなくこちらを向いた。

「これ……マイちゃんがやったの?」

「なんとかなったでしょ?」

「なんとか……。あ、うん、なんとか、ね……」

「ちょっと疲れたので、あれは任せますね」

 最奥へと続く直線の地下道には、まだ山喰いの群れがいる。地震で動きが止まっていたけれど、思い出したようにこちらに向かって突撃を再開した。

「……ああ、もうっ。マイちゃんはやっぱり只者じゃないわあっ!」

 やけくそ気味に山喰いを迎撃するリリロッテさん。我に返ったガイヤもそれに続く。場所さえ整えれば、二人が山喰いに遅れをとることはない。次々と山喰いの屍が積み重なっていく。

 腰を下ろして二人の奮闘ぶりを眺めていると、隣にアムゼイがやってきた。

「あんた……とんでもないな」

「褒めてます?」

「ああ」

「それは、ありがとうございます」

 化物を見るような目をされているけど気にしないー。

「あんたがいてくれれば、ここの採鉱も楽になるんだろうがなあ」

「そういえば、ここは……熱っ!」

 ガイヤが避けた蟻酸がここまで飛んできたのでギリギリ回避。少し距離をとってから改めて。

「ここは、なにが掘れるんです?」

「上の階層では鉄が、ここじゃ銀が採れるな」

 ほほう、銀か。それはアンデッドに有効な武器が作れそうだなあ。

 なんとなく【スキャン】と【解析】で壁を調べてみると、なるほど、確かに銀を含んだ鉱石がある。……ん? なんだこれ。

 銀でも鉄でもない鉱石。それを確かめようと立ち上がったのに合わせるかのように、戦闘音が止んだ。

「ふ~っ、終わったあっ」

 息を整えながら壁にもたれかかる騎士二人。その前には山喰いの骸が山を成していた。蟻酸のせいか異臭が凄い。採掘を再開するためには、これを片づけないといけないよなあ。どうするんだろう。

「マイちゃん、あとどれくらいいるか、わかる?」

「うーん、奥に女王がいると思います。ただ、兵隊はもう少ないと思いますよ」

 ほとんどの兵隊が迎撃に出てきたのか、最奥の女王らしき反応の周囲には、それほど数はいない。途中にある脇道の奥には大量の反応があるけれど、多分幼虫だ。脅威にはならないな。

「蜘蛛はいるのか?」

「さあ、そこまでは。いるかもしれないし、いないかもしれない」

「そもそも、なんで蜘蛛がいるのよー」

「……居候かな」

「人間じゃないんだから」

「いえ、冗談じゃなくて」

 特定の昆虫の巣に別の昆虫が棲みつくのは珍しくない。シジミチョウの幼虫は蟻の巣に運ばれて蟻に世話されるし、セイボウという蜂の仲間には、なんとスズメバチの巣に乗り込んで、スズメバチの幼虫に卵を産みつける猛者がいる。どちらもフェロモンで仲間と誤認させているようなので、ここで遭遇した巨大蜘蛛もフェロモンで山喰いのフリをしていたのかもしれない。

 土の中に巣を構える地蜘蛛には、天敵であるジガバチの侵入を阻止するため、巣穴をふさぐトラップを仕掛けるものもいる。退路を断った崩落は巨大蜘蛛のトラップだった可能性は高いと思う。ジガバチを避けるために山喰いを利用していたとするなら、一応の辻褄は合う。

 ……とまあ、そんな話を噛み砕いて説明する私に三人は、奇妙な生き物を見るような目を向けてきた。

 失礼な。

「とにかく、あとは女王を倒せば終わりです。頑張りましょうね」

 気を取り直して、私たちは女王が鎮座しているであろう最奥を目指して歩き始めた。

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