第106話 坑道突入

 山喰いの気配が激減した坑道に入った。崩落を防ぐための梁が一定間隔で並ぶ通路は、人が二人並んでも問題なく歩けるほど広い。トロッコのためのレールが錆びておらず、山喰いが占拠してからさほど時間は経っていないようだった。

 ちなみに照明は私が光の魔法で用意した。リリロッテさんが聖なる光を光源にしようとしたので必死に止めたよ。ちんじゃう。

「さあて、女王はどこでしょうかね」

「最深部じゃないですか? 道案内は頼んでも?」

「ああ、任せろ」

 坑道は一本道じゃない。鉱石が期待できずに掘るのを止めたり、水が出たので途中で止まっている道などが多いのだ。アムゼイは何度も鉱山に入っているから道も知っているので、道案内は任せることにした。私とリリロッテさんが先頭に立ち、真ん中にアムゼイ、そしてガイヤを殿に置いた。アントミルに参加していない外回りの山喰いが戻ってこないとも限らないし、後ろも注意しないとね。

「マイちゃん、頼りにしてます」

「任せてください」

 【オートマッピング】に【索敵】で山喰いの位置はおおよそ把握できる。まだ侵入に気づかれていないのか、急に動きの変わった反応はない。

 警戒しつつ、ゆっくりと進む。所々、アムゼイの知らない道があるのは、山喰いが独自に掘ったものだろう。

「この奥に数匹いますね」

「倒しましょう」

 その、独自に掘った通路の奥に三匹の反応がある。リリロッテさんの決断は早かった。放置して先に進んで、挟み撃ちされるのを警戒しているんだろう。

 足音を殺して奥へと進む。とはいえ、こちらには光源があるし、近づけば匂いを隠すこともできない。目視できる距離に到達した時には、三匹の山喰いは明らかに戦闘態勢だった。

 山喰い以外に特になにかがあるわけでもない。細かく砕かれた岩が大量に転がっているだけなので、巣の拡張作業中だったのかもしれない。


 ギチギチギチッ。


 大顎を打ち鳴らして耳障りなーーーー多分、警戒音を発して、三匹の山喰いは一列になって突撃してきた。

「援護をお願い」

「了解です。大地の盾!」

 二匹目の足下から岩の壁が出現する。カウンター気味に顎を打ち上げられた山喰いがもんどりうってひっくり返る。しかも壁が邪魔して一匹目が孤立した。

「ナイスだね。はあっ!」

 先頭の大顎による噛みつきを回避し、リリロッテさんはカウンター気味にモードシュラッグで前脚を殴りつける。見事に関節を粉砕し、山喰いのバランスを崩す。素早く剣の柄を握ったリリロッテさんが下から薙ぐように刃を振り上げると、ゴトリと大きな頭部が落ちた。おおっ、的確に頭部と胴体のつなぎ目を斬るとか、やはり凄いな。

 壁を迂回した二匹目に、私は再び大地の盾を発動させる。ただし、今度は床と天井からだ。


 グチャアッ!


 まるでギロチンのように上下から挟まれた山喰いの胴部が潰れ、動かなくなる。

「うわあ~、マイちゃん、エグい」

「いや、倒すのにエグいもなにもないでしょう!?」

 バカなことを話している間に、再び迂回を余儀なくされた三匹目がやってきた。そいつは威嚇するように上体を起こすと、折り曲げた尻をこちらに向けた。

「よけてっ!」

「え? ……うわっ!」

 スプレーのような音とともに液体が発射された。リリロッテさんはすでに回避行動をとっていたので無事だったけれど、少し反応が遅れた私は結構ギリギリだった。じゅっ、と音を立てて外套にポツポツと小さな穴が空く。うわっ、まともに浴びてたら大変なことになるところだった。なんて強力な蟻酸だっ。

 だけど山喰いの行動もそこまで。体勢を直す前にリリロッテさんがあっさりと倒してくれた。

「大丈夫だった?」

「なんとか。予備動作が大きいので、次からは避けれると思いますよ」

「ならよかった。しかし、マイちゃんが分断してくれると戦いやすいわね」

「じゃあ、その方法でいきましょう」

「よろしくね。それにしても……剣も魔法も使えるとか、マイちゃん何者?」

「秘密です」

 吸血姫です、なんて言えるはずもない。リリロッテさんは納得していなかったけれど、強引に話を打ち切って坑道に戻り、奥を目指した。



「……なんですか、このにおいは」

「鼻が曲がりそうだな」

「餌の貯蔵庫が近いのかもしれません。雑食だからなにを保管しているかわかったものじゃないですよ」

 作業中らしき山喰いを数匹、始末して進むことしばし。坑道は途中で下りになり、下の階層に踏み入った途端、吐き気を催す腐敗臭に出迎えられた。

「しかし、好き勝手に掘ってくれたもんだな。これじゃあ、案内は無理だぞ」

 アムゼイが通路を見渡して忌々しげに呟く。山喰いが拡張しまくったんだろう、横道が増えて元の坑道とは様相が変わってしまっているようだ。それに途中から天井が低くなり、アムゼイやガイヤは歩くのも苦労している。戦闘にも支障が出るな、これは。

 【索敵】で確認すれば、何匹もの山喰いが特定の部屋をせわしなく往復しているのがわかる。片方の部屋には小さな反応が複数あることから察するに、育児室と餌の貯蔵庫を往復しているのではないかと思う。そして最奥の大部屋に、一際大きな反応が一つ。これが女王だろう。

「マイちゃん、わかる?」

「はい、大体。手前のやつから倒していきましょう」

 低い天井のせいでガイヤはあまり戦力にはならないだろう。挟み撃ちを避けるためにも、手前にいる個体から順に倒していく。

 さらに奥を目指すと、所々に水溜まりが目につくようになった。天井から水が滴り落ちてきているのだ。アムゼイが顔をしかめる。

「あまり派手な魔法は使うなよ、下手すりゃ崩れるぞ」

 アムゼイが指差した天井部分には大きな亀裂が。人間の頭ほどもありそうな岩塊が今にも落ちてきそうだ。あの天井に刺激を与えるのは避けた方がいいだろう。忍び足で、壁際をゆっくりと通りすぎる。なんだか足音だけでも崩落してきそうだったので。

 その先は十字路だ。右にも、左にも、そして正面にも山喰いの反応がある。しかしそれ以上に困ったのは。

「これは……私でも辛いわね」

 リリロッテさんが十字路の真ん中まで進んで首を振る。徐々に天井が低くなっていっていて、十字路の先は彼女ですら立って歩けないほどになっているようだった。武器など満足に振るえまい。

「天井が高い場所まで戻り、山喰いを誘き出して叩きますか」

「それがよさそうね」

 ガイヤの意見に頷き、リリロッテさんがきびすを返した時。


 ピィーン。


「え? なにか引っかけ……?」

 弦が切れたような微かな音がした。

 髪を気にするリリロッテさん。彼女の頭の高さで、切れた細い糸が暗闇に吸い込まれるように引っ込むのがかろうじて見えた。

 え? 糸? なんで山喰いの巣に?

 考えている時間はなかった。背後からの轟音が洞窟内に響き渡ったのだ。見なくてもわかる、天井が崩落したんだ。

「帰り道を塞がれた!?」

「マズイです、来ます」

 山喰いたちの動きが変わった。三方から凄い速さで十字路に集まってくる。その中でも一つだけ、他より先んじて近づいてくる反応があった。

「気をつけてください、右から一体きます!」

 照明の魔法を増やし、三方に飛ばす。光に照らし出されたのは山喰いではなくーーーー。

「……なんで」

 重力を無視したかのように軽快に、天井を駆けてきたのは巨大な蜘蛛だった。

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