第105話 アントミル
●前書き
いつも読んでくださる皆様には感謝しかありません。
さて、ここでご報告です。……書き溜めているストックが尽きました。初期には二日に一回、途中からは三日に一回の更新を続けてきましたが、これからは無念の不定期更新になります。
できるだけ早く書くよう努力はいたしますが、リアルの色々もあるので、どうかご理解のほどよろしくお願いします。
それでは本編をどうぞ。
◆
そして次の日。
兎のような動物
草一本生えていない荒野と化した山の中腹。そこに鉱山────現在は山喰いの巣────の入り口はあった。今は風下の岩陰に隠れて様子を窺っているところだ。
今、この場にいるのは私、リリロッテさん、そしてゲハールの護衛だった騎士のガイヤ。そしてアムゼイの四人だ。
山喰いを倒しに行くと言って、そのまま逃げられてはたまらないというので、ゲハールとヨナ、ナンチェは村に残っている。人質みたいなものだ。
『お前たち、必ず戻ってくるのだぞっ。儂の命がかかっているのだからなっ!』
ゲハールがゴネたのは予想通りだった。だからといって連れてきても邪魔にしかならないしなあ。
ちなみにアムゼイは見届け人としてついてきただけで戦闘には参加しない。というか、戦ったら間違いなく死ぬ。筋肉質な肉体だけど、鍛冶師としての筋肉であって戦闘経験はないらしいので。なので三人で山喰いをどうにかしなければいけないのだ。……【索敵】の画面を埋め尽くすほどの数の蟻を、だ。
帰りたい。
「リリロッテさんは、山喰いと戦ったことはありますか?」
「一度だけ、魔物の死体に群がっていた数匹とね」
「強さはどれくらいですか」
「あー……あれは重装甲の歩兵だね。しかも恐怖というものを感じない。目の前で仲間が殺されても構わず、屍を踏み越えてひたすら襲ってくるのよ」
つまり、なにも考えずにあの巣を攻撃しようものなら、百を超える、恐怖を感じない重装歩兵に襲われることになるのか。ますます帰りたいぞっ。
「巣の中に大量の水を流し込めれば早いんだけどなあ」
「そんなことをしたら坑道が崩落する。認められん」
わかってますよ、言ってみただけ。
「しかし、どうするのですか。狭い坑道内であれだけの数を相手にできませんよ」
ガイヤが不安を隠さない。だからといって、外なら勝てるわけでもないよね。数の暴力に蹂躙される未来しか見えない。
どうしたものかな。少なくとも餌を探しに行く個体くらいは巣から遠ざけたいところだよね。どこかに大きな魔物でも置いておくか? いや、食いちぎってすぐ戻ってきちゃうかな。できればずーっと戻ってきてほしくないんだけど。
……いや待てよ。蟻と同じだというなら、あれができるかもしれない!
一旦、巣の入り口を離れ、まだ草木が残っているエリアまで戻ってくる。ちょうど適当な大きさの広場があったので、ここを使おう。
「ひとつ、私に任せてくれませんか? うまくいけば多くの山喰いを無力化できるかもしれません」
「そんなことができるの?」
「やってみないと、なんとも。だけど、うまくいけば格段に巣の攻略が楽になりますよ」
反対意見は出なかった。うん。
「じゃあ、ちょっと準備するので、風向きに気をつけて隠れていてください。あと、なにか変なことが起こっても、声を出さないようにお願いしますね」
「変なこと?」
「はい、変なことです」
三人を残して森の中に入る。【索敵】でまだ生き残っている動物を探す。小型の動物だと数が必要だから、できるだけ大物がいてくれると嬉しいんだけど。
そう考えながら森の中を走ることしばらく。【索敵】に大きな動物の反応が。どうやら運がいいらしい。
駆けつけた先にいたのは、体長五メートルはありそうな巨大なトカゲだった。四肢は太く、体高も高くて体の厚みもある。しかもペアらしく二匹もいた。うんうん、とてもラッキー。大量の血液が手に入りそうだ。
巨大トカゲと目が合うと問答無用で突撃してきた。残念、私は餌じゃないよ。
自分をひと呑みにできそうな大口の攻撃を回避し、喚び出したシーン・マギーナを一閃する。硬い鱗もなんのその、巨大トカゲの首がパックリと開き、思い出したように血液が噴出する。
ペアのトカゲが恐怖からか動きを止めてしまった。隙あり一閃、ごちそうさま。
動かなくなった巨大トカゲに手を合わせつつ、【血液操作】でトカゲの血液を集めていく。やがて、自分が入れそうなくらいの血のボールができた。んで、この血液ボールを浮かせたまま山喰いの巣の方へと素早く移動する。血の匂いで獣が寄ってくるかもだしね。
「……いた」
【索敵】に反応。ちょうどリリロッテさんたちが隠れている広場の方へ移動している個体を発見。風下の木の上に登り、【操髪】で伸ばした髪を血液ボールに接触させて地面スレスレに浮かす。どうしてこんな面倒なことをしているかと言えば、【血液操作】って自分から距離が離れるとマナの消費が激しくなるのだ。だけど自分と接していればマナの消費は少なくてすむ。そう、たとえそれが髪の毛であろうともねっ。距離がある時は【操髪】で髪を伸ばしてもマナの消費が少なくてすむのだ。
さて、餌を探して歩いてきた山喰いは、巨大な血液ボールを最初は警戒した。だけど血の匂いで餌と認識したのか、やがて近寄ってきて血を飲みはじめた。時間にして数秒、血を飲み込んだ山喰いはクルリと向きを変え、来た道を戻っていく。よしよし。
待つことしばらく。【索敵】に反応が。先頭を切って進んでくるのは多分、先ほどの山喰いだろう。いくらか遅れて大量の反応が、整然と列を成して追ってくる。
先頭の山喰いは、再び血液ボールに吸いつこうとする。が、そうはさせん! 髪を伸ばし、血液ボールを遠ざける。
追う山喰い、逃げる血液ボール。やがて山喰いは、まんまと広場へと誘導された。なんか釣りをしている気分だなあ。
さて、血液ボールを広場の外周に沿ってぐるりと円を描くように移動させる。山喰いもそれを追って円を描く。隠れているリリロッテさんたちの反応が挙動不審だけど気にするのは後にしよう。少しずつ円を内側に向かうように移動させていると、やがて後続の山喰いたちが広場に入ってきた。
「……そろそろいいかな」
そう判断し、血液ボールを一気に髪の毛から吸収する! ごっくん、ごちそうさまでした。消費したマナは回復したし、リリロッテさんたちのところに戻ろう。黙ってこっそり戻ると驚くだろうから、わざと小さな音を立てて、と。
「ただいま戻りました」
声をかけると、広場を眺めていたリリロッテさんたちがノロノロとこちらに振り向く。三人とも、なにか悪い夢を見たような表情をしている。
「……あれ、マイちゃんがやったの?」
「ええ、まあ。うまくいってよかったです」
「えっと……なにをどうしたのか、説明してくれると嬉しいかな」
リリロッテさんが指差す広場では、次々と外回りの山喰いが合流し、何十匹もの山喰いがグルグルと広場を歩き回っている。まるで渦巻のように。
アントミル。
蟻のバグ行動とも言われている異常行動だ。
蟻はフェロモンで地面に匂いをつけながら移動する。どれだけ遠出してもフェロモンを辿れば巣に戻れるし、餌のある場所まで迷わずたどり着ける。ところがフェロモンで円を描くと、蟻はフェロモンを放ちながらその円を回り続ける。そして合流した他の蟻も同じように回り出す。自分が、仲間がつけたフェロモンを追いかけながら、死ぬまで回り続ける。それがアントミル。
山喰いが蟻と同じ生態ならば、と思って試してみたけれど、上手くいったようだ……ということを、できるだけわかりやすく三人に説明した。血液ボールをどうやって移動させたか、などは魔法ということでひとつ納得してもらうとして。
「で、巣を攻略するなら今のうちですよ」
残っているのは幼虫の世話などをする内勤の山喰いだけのはずだ。数的には相当に減っている。
「あー、うん。それじゃ、行こうか……」
ガシャガシャワシャワシャと気持ち悪い山喰い集団の異常行動から目を逸らし、リリロッテさんは疲れたように言った。
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