第104話 山喰い

 武器を突きつけられたまま森の中を進むことしばらく。アムゼイの先導でたどり着いたのは、一言で言うなら。

「……廃村?」

 思わず声に出てしまった。いや、しょうがないじゃん、まともな建物が無いんだから。

 もともとは小さな村だったのかもしれない。だけど今見えるのは、屋根や壁が抜けている家屋たち。一部の建物は完全に崩れている。そして多くの建物が蔓草に覆われて自然に還ろうとしているように見える。

 ただ、人の反応はある。朽ちた建物の中に、岩壁の奥に。岩場の隙間からうっすらと煙があがっていることからも、ここで彼らが生活しているのは間違いないだろう。

 そのまま、岩壁にもたれかかるように倒壊している建物に連れていかれる。ちなみに野盗どもは別の方向に連れて行かれた。どうなるかは気にしない。

 ふと視線を上げると、不自然な禿げ山が目に入った。その山だけ植物を刈り取ったような地形はなんだろうか。思わず立ち止まってしまって後ろから小突かれた。痛いじゃん。

 そんなことをしている間に、アムゼイは傾いた扉を脇にどけるようにして中に入る。

「……なるほど、普段から使われているようですねえ」

 リリロッテさんが呟く。うん、その通りで、中も材木などが散乱しているように見えるけれど、ちゃんと人が歩く場所は確保してある。そのまま岩壁にもたれかかったような壁材を横にどけると、ポッカリと人口の洞窟が現れた。そのまま中へと連れて行かれる。

 【オートマッピング】でわかるけれど、構造的にはリリロッテさんたちがいた拠点と似ている。朽ちた建物はカムフラージュということか。いや、ということは、だ。隠れて過ごさないとならない理由があるということじゃないか。あ~、厄介ごとの匂いがするぅ。

 やがて私たちは比較的大きな広間に入れられた。家具などはなくむしろのような物が敷いてあるだけで、どうやらそこに座れということらしかった。

「俺の名はアムゼイ。この集落の現リーダーだ。まずはアムルを助けてくれたこと、礼を言う」

 彼は頭を下げた。相変わらず武器を突きつけられたままだけどね。それが不満なのか、ゲハールは口の中でモゴモゴ言ってるけど、静かにしているからいいか。

 しかし、そうか。あの女性はアムルって名前なのか。

「ところで、あんたたちは何者だ? 王国軍じゃなさそうだし、ハンターってわけでもないだろう」

 問われてリリロッテさんと顔を見合わせた。正直に話していいものかどうか、自分は判断がつかない。しかし、アイコンタクトが成立する前に空気を読まないやつが動いた。

「ふん、我が名はグスモン・ゲハール。前王より男爵位を賜りし者だ。今はフリーデ様の元、憎き宰相を倒すために王都を目指す途中よ」

 ふんぞり返るゲハールをリリロッテさんと一緒にジト目で見てしまった。駆け引きができないのか、この男は。

 ゲハールの自慢気な発言を聞いたアムゼイは目をしばたかせた後、露骨にあざけりの表情を浮かべた。

「……はっ、誰かと思えば、領民を見捨てて逃げ出したっていうお貴族様か」

「な、なんだと!? 貴様、儂を愚弄するかっ!」

「愚弄もなにも本当のことだろう。見捨てられ、難民となった人々がここまで流れ込んできて、いい迷惑だったぞ」

「……見捨てたわけではない。我が領内に逃げ込まれたフリーデ様を保護し、逃走経路を確保して逃走を手助けしていたら……宰相の手下が迫ってきたため戻れなくなっただけだ」

 言い訳めいた反論にしかならない。そんなゲハールをアムゼイは冷めた目で見下ろした。

「フリーデ様ねえ……。ミローネ様については風の噂でたまに耳にするが、フリーデ様はまったく耳にしないな。部下が部下なら王女様も同じかね」

「……フリーデ様を侮辱しないでいただきたい」

 すぐ隣から冷気に似た気配を感じて鳥肌がたった。怯えたヨナが思わずしがみついてきたくらいだ。

 リリロッテさんも、一般の人に殺気を向けてはいけないと思っているんだろう。だけど無理矢理、殺気を抑え込んだ痛いくらいに冷えた声にアムゼイと仲間はたじろいだ。

「フリーデ様は確かに国を出ましたが、それは隣国で協力者を集めるためです。ある理由から目的半ばで帰国されましたが、ミローネ様もフリーデ様も、民草が安心して暮らせる国作りを望んでおられます」

 努めて無表情、無感情に話そうとしているリリロッテさん、怖い。

 その迫力に圧倒されていたアムゼイだけど、なにかを思いついたように小さく笑った。

「なるほど。じゃあ、あんたたち、俺たちが安心して暮らせるよう今、力を貸してくれるんだな?」

「……内容によります」

 リリロッテさんの返答は遅れた。本当なら先を急ぎたいけれど、啖呵を切った手前、見捨てるわけにもいかない。

 そんなリリロッテさんの逡巡を知ってか知らずか、ふと真顔になってアムゼイは言った。

「山喰いを退治してもらいたい」

「山喰い?」

 初めて聞く言葉に首を傾げながらリリロッテさんを見ると、渋い表情をしながら答えてくれた。

「山喰いっていうのはね、一言でいえば……体長一メートルほどの巨大な蟻ですよ」

 この山喰い、大きさを除けば生態は地球にもいた蟻と大差はないらしい。女王蟻がいて、群れを作り、雑食でなんでも食べる。……そう、大差ないのだ。大きさ以外は!

 女王蟻は自身で巣穴を掘るか、廃坑などに棲みつき、毎日せっせと卵を産み続ける。そして巣からは百を超える蟻が群れを成して溢れ出し……周辺のあらゆる物を食い荒らしていく。その食欲は凄まじく、一夜にして山が不毛の地と化したとも伝わっている。だから山喰いと呼ばれるらしい。

 その山喰いが、近くに棲みついたと言うのだ。

 あ、遠くに見えた禿げ山、あれか?

「二年前の政変の後、宰相の野郎が国中の鉱山を管理下に置いたのは知ってるだろうが……」

 え、そうなんだ?

 思わずリリロッテさんを見ると、重々しく頷いた。

「国中の鉱山を管理下に置き、市民が武器を持つことも禁止したんですよ、ベトレイヤは。反乱を恐れてのことなんでしょうが、武器を取り上げられ、鉄の供給が途絶えたため、人々はアンデッドに対抗するのも難しい状況だと聞いてます」

 なるほど、アムゼイたちが武器もどきしか持っていないのはそのためか。

「俺たちは鉱山で働いていた。御多分に漏れずその鉱山も取り上げられたが、その直前に俺たちは新しい鉱脈を発見していた。その鉱山を秘匿し、いつか来る反撃のために武器を作ろうとしていたんだが……」

「その鉱山に山喰いが棲みついた?」

 アムゼイは苦々しく頷いた。

「奴らのせいで王国軍がこの辺りを避けるようになったのは不幸中の幸いだが、奴らは巣の周辺の樹木から動物までをことごとく食い尽くしていってる。このままじゃ食い物を探してこの集落が襲われるのも時間の問題だ。……なあ、フリーデ様はこういう時、助けてくれるんだよな?」

 アムゼイの問いに、リリロッテさんは即答しない。

 ちらりとゲハールを窺うと、そっと目を逸らされた。あの野郎、責任を取りたくないんだな。

「……わかりました、お引き受けしましょう。その代わり、ひとつ条件があります」

「……なんだ?」

「山喰いを駆逐して鉱山を取り戻した暁には、反乱軍に武器の供給をお願いします」

「いいだろう」

 こうして、私たちは山喰い退治に向かうことになってしまった。

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