第108話 青ラエン
「あ」
っと言う間に女王は倒された。漫画やアニメではめっちゃ強い敵として描かれることが多い女王蟻だけど、少なくとも山喰いの女王は巨大なだけで普通の蟻と同じだった。つまり、卵を産むだけで自力で移動もできないただの的。護衛の兵隊も数匹だったから結果は見えていたわけだ。まあ、タンクローリーほどもある蟻とか、気持ち悪くて精神的にあれだったけどね。
隣にある育児室には大量の卵と幼虫が蠢いていて、虫が嫌いな人が見たら卒倒しそうな光景だった。卵なんか三十センチはありそうな巨大なゼリービーンズって趣だったし、幼虫は……詳細に説明するの誰得?
「幼虫も全部殺しておきます?」
「いや、卵と幼虫はあとで回収に来るから、このままでいい」
「回収?」
「食うんだよ」
お、おおう、虫食ですか。いや、でも、アフリカなどでは普通に巨大な芋虫食べてるし、日本だってハチノコを食べるところがあったわ。山喰いの卵と幼虫ともなれば、しばらくは食に困らないかもしれないなあ。
「これで、依頼は完了ということでよろしいですか?」
「ああ、助かった。銀で武器を作ったら、あんたたちに回すよ」
銀か。銀といえば……。
「アムゼイさん、この青ラエンってなんですか?」
壁の一部を指して問えば、三人がギョッとしてこちらを見た。え、なにかマズった?
「あんた、鉱石がわかるのか!?」
「マイちゃん、青ラエンってどういうことです!?」
おおう、リリロッテさんの壁ドン。だけど山喰いの死骸が散乱する地下じゃ、別にときめかないな。いや、問題はそこじゃなくて。
「どうと言われても、銀に混じってあるんですよ、青ラエンって鉱物が」
そう言って壁を叩く。
さっき【スキャン】&【解析】して見つけたのだ。銀ほどじゃないけれど、割と豊富に青ラエンという鉱物があるのがわかった。だけど、何に使えるのか私は知らない。だから訊いたんだけど、どうやら想像以上に貴重なもの?
「アムゼイさんは、青ラエンのことを知っていたんですね?」
「……ああ。だが、騙したり、隠そうとしたわけじゃないんだ。詳しくは村で話すから、とりあえず戻らないか?」
リリロッテさんの問いかけに、アムゼイさんはなんとも歯切れの悪い返答を返す。だけど村に戻るのは賛成だ。リリロッテさんもガイヤも同意したので、村に戻ることにした。
坑道から出るとだいぶ陽が傾いていた。帰路の中でリリロッテさんが青ラエンについて説明してくれた。
ぶっちゃけてしまうと、青ラエンとはラエン銀と呼ばれるレアメタルの一種類であり、ファンタジーでよく聞くミスリルに該当するものらしい。アンデッドに効果があり、魔力の伝導率が異様に高いために、ラエン銀の武器は魔法を使える戦士や聖騎士たちには垂涎の品だそうだ。
ちなみに青ラエンの他に赤、黄、緑と種類があり、順に魔力伝導率が下がっていくという。つまり、山喰いが棲みついた鉱山は最高級のラエン銀の鉱脈があったわけで、宰相に知られなくてなによりだ。
「だけどマイちゃん、青ラエンを鑑別できるのに効果は知らなかったの?」
「そ、それは……たまたまお世話になった商人さんに原鉱を見せてもらったことがあるだけで、用途までは聞いてなかったんですよ。当時は幼かったし、孤児だったので、青ラエンの使い道に興味なんてなかったんですぅ」
く、苦しい言い訳だわ。実際、リリロッテさんは納得しているようには見えないもん。それ以上追及されなかったのは彼女の優しさだろうか。
村に戻ると、山喰い殲滅を喜ぶ間も惜しんで、早速村人たちが籠やら袋を抱えて坑道に向かった。そろそろ日が暮れるというのに元気だね。いや、それだけ飢えていたのか。
「マイ様、ご無事でなによりですうっ!」
私の無事を知ってヨナが抱きついてきた。うんうん、癒しだわ。抱きしめてモフモフする。【マイホーム】が出せるなら速攻でお持ち帰りなんだけどなあ。
「ふんっ、たかが蟻に随分と時間がかかったではないか」
ゲハールが相変わらず毒づいていたけど、私もリリロッテさんも無視した。ガイヤだけが無視するわけにもいかず、必死にご機嫌をとってたのがかわいそうではあった。
「それで……どういうことなのですか? 青ラエンを隠していたわけでないというのは」
落ち着いたところでリリロッテさんが切り出す。驚いたゲハールが口を挟もうとしたけれど黙らせた。あいつが口を出すと進む話も進まない。
アムゼイは言いにくそうに口を開く。
「……今、ここには青ラエンを精錬、加工できる者がいないんだよ」
「今?」
「ああ、そうだ。凄腕の鍛冶師、フィゴーの親方がいないんだ」
どういうことだろう。先を促し、そして驚いた。
国でも数少ないラエン銀を加工できるフィゴー親方は、アムゼイたちと一緒にここから少し離れた鉱山の町で鍛冶屋を営んでいた。だが二年前、宰相によって鉱山が国の管理下に置かれ、見せしめとして抵抗した人々もろとも町は破壊されてしまったそうだ。
フィゴー親方とアムゼイたち数人は、先ほど奪還した新しい鉱山を掘るためにこちらに出向いていて難を逃れたという。つまりこの村は、時が時ならば第二の鉱山の町として発展、賑わっていたかもしれないのだ。
王国軍に隠れて採掘を続けていたアムゼイたちだけど、山喰いに坑道を占拠されてしまう。ハンターはアテにならないので、なんとしかて自分たちだけで山喰いを倒そうと決意するも武器がない。採掘した鉄を武器に鍛えようとするも、コークスが底をついてしまう。
そこで、滅ぼされた町の隠し倉庫に残っているであろうコークスを回収に、フィゴー親方とアムルさん他数人が町に向かっていて……途中で奴隷商人に見つかってしまった。
どうやら正式な奴隷商人ではなかったようで、フィゴー親方たちは奴隷商人の護衛たちに追われることになる。商品として。そこでフィゴー親方が囮になってアムルさんたちを逃がしたらしい。
「あれ? それって、私たちが助けた時ですか?」
「ああ、そうだ。親方が奴隷商人に捕まり、アムルは自分たちを捜し回る護衛をやりすごした後、村に報告に戻ろうとした時にハンター崩れに襲われたんだ。やつら、奴隷商人を襲うつもりだったらしいんだが護衛が手強すぎるようだったから、アムルたちに目標を変えやがったんだ」
なんとまあ、偶然とはいえ、とんでもない現場に出くわしたんだなあ。
「親方の居所は、わかるのですか?」
「ここから西に、かつてこの辺りを治めていた子爵様の別荘がある。そこに奴隷商人たちが出入りしているのを仲間が見たことある、おそらくはそこだろう」
「子爵様が奴隷を買っていると?」
「いや、子爵様は鉱山の町の制圧に抵抗して討たれてしまった。家も断絶して、今この辺りは無法地帯だ。別荘も奴隷商人が勝手に使っているんだと思うが……」
リリロッテさんが地図を拡げる。アムゼイが今の場所と子爵の別荘の位置を示し、リリロッテさんが自分たちの進行ルートを目で辿る。
「もし親方が無事に戻ってくれば、ラエン銀を使った武器も用意できるんだが」
「あー……」
リリロッテさんは天を仰いだ。どうやら進行ルートのすぐ近くに別荘はあったようだ。
ぶっちゃけ、親方の救出は依頼じゃない。だけど、ラエン銀の武器が反乱軍に供給される可能性を無視するわけにもいかないよね。となると。
「私とヨナで先に偵察してきてもいいですよ」
「え、もうすぐ夜だよ?」
「大丈夫です、私は夜の方が慣れてます」
自身の赤目を指して言えば、リリロッテさんも納得顔だ。基本、アルビノは日中は苦手なのだ。だから夜に出歩く人が多い。夜に慣れていると言う理由づけにも説得力がある。
「……じゃあ────」
お願いしようかな、というリリロッテさんの言葉は遮られた。
「貴様ぁっ、そう言って奴隷と逃げるつもりではないだろうなっ!」
「「…………」」
思わずジト目でゲハールを見る。なにか言ってやろうかと思ったけれど、隣からプッツーンと、なにかが切れるような幻聴を耳にしたような気がした。思わずリリロッテさんを見ると、彼女は綺麗に表情を無くしていた。
「では、食事をしたら全員で行きましょう?」
「い、いや、儂は夜道は……」
「では、ゲハール殿はここでごゆるりとお待ちください。私とマイちゃん、ヨナちゃんと行ってきますから。もし私たちに不幸があったら、頑張ってフリーデ様を探して合流してくださいね」
極めて事務的に告げるリリロッテさんに、ゲハールは慌てた。
「ま、待てっ、儂らの進行ルートと合流地点を知っているのはお前だけだろうっ」
「そうですが、なにか?」
「お、お前たちにもしものことがあったら儂は────」
「ないといいですね、
怖いくらいに無表情で、しかしなにかを匂わせるようなリリロッテさん。ゲハールはそれを敏感に察知したようだ。つまり。
『ガタガタ言ってると置いていくぞ、この野郎』
ってわけだ。
ゲハールが折れるのに時間はかからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます