第97話 あ、この人強い

 場の空気的にもリリロッテさんとの模擬戦は避けられないようだ。どうしてこうなった。

 ため息をついていると、一人の女性が革の防具を持って近寄ってきた。……うん? どことなくリリロッテさんと似ているような。

「妹がごめんなさい」

「え、お姉さん?」

 近くで見ると顔がそっくりなのがよくわかる。リリロッテさんと同じ青い髪、だけどリリロッテさんがポニーテールなのに対して、目の前の女性はショートカットだ。

 彼女は私の前で優雅に一礼した。

「私の名はフィルロッテ、リリの双子の姉よ、よろしくね。ごめんなさい、妹の我儘につき合ってあげて」

 言いながら革の帽子を私に合わせてくる。子供用ではないので、紐でサイズ調整をするようだ。時間がかかりそうだから、今のうちに訊いておこう。

「あの、リリロッテさんはどうして私と勝負などと?」

「リリはね、過去にフリーデ様に助けられたことがあって、それ以来フリーデ様一筋なの。二年前、フリーデ様だけをリトーリアに逃がさなければならなかった時は、それはもう大変で……。だけど、いつかフリーデ様が戻られた時、誰よりも頼られる聖騎士を目指して鍛錬に励んだのよ。……これでよし」

 帽子はしっかりと頭部に固定された。キツくもなく、動かしても簡単には外れないみたいだ。

 続いてフィルロッテさんは革の胸当てをつけてくれる。

「それで昨日、フリーデ様がお帰りになって、強くなった自分を見てもらおうと思ったら、フリーデ様があなたたちの話ばかりするじゃない。もちろん、あなたたちへの不信感を払拭したいとのお気持ちからなのはわかるけれど、妹はそれが悔しかったらしくてね……。だから、ごめんなさい、少しだけつき合ってあげて」

 申し訳なさを隠さない彼女の言葉。多分にフィルロッテさんも苦労してるんだろう、しょうがないなあ。

 革の胸当てをつけたフィルロッテさんは首をかしげた。

「……大人用の胸当てがピッタリとか……」

 見ないでください。というか、自分の胸と比べないでくださいっ!

 そして籠手をつければ準備完了。少し大きいけれど問題ないだろう。

「準備できましたね? では、これを」

 フィルロッテさんが離れるのを確認すると、リリロッテさんは木剣を投げてきた。なにも考えずにそれをキャッチし────。


 カンッ!


 乾いた音とともに木剣が私の手から飛んで宙を舞った。くるくると回転しながらギャラリーの方へと飛んでいき、慌ててよけた人々のいた場所に突き刺ささる。

(……こら、シーン・マギーナ。他の武器に嫉妬するのはやめろと言ったでしょうがっ!)

 掌を見つめながら心の中で叱る。体内に収納したことでシーン・マギーナが私のメインウェポンになったということはシーン・マギーナも理解(?)しているはずなんだけど、たまにこうやって他の武器を手にしようとすると邪魔をしてくれる。ヤンデレか? ヤンデレなのかっ!?

「……今のは一体」

「すみません、取り損ねました」

「いや、どう考えても今のは────」

「取り損ねました」

「…………」

 取り損ねで押し通し、木剣を手に取る。数回振って重さとバランスを確認する。うん、大人用だけど問題ない。

 ん? なにか周囲の人が驚いてる?

「練習用とはいえ、片手で振るとはなかなかですね」

「あー……」

 見た目だけならチビッ子だもんね、私。それが大人用の剣を軽々と振れば驚くか。

「それで、勝敗はどのように?」

「えっ?」

 って、なに驚いてるのさリリロッテさん。もしかして勝負することしか頭になくて考えてなかったのか?

「じゃあ……どちらかが動けなくなるか、負けを認めるまで」

「参りました」

「ちょっ、早っ!?」

「嫌ですよ、そんなの。動けなくなるほど怪我をしたら皆に迷惑ですし、相手が意地でも負けを認めなかったら終わらないじゃないですか」

 指摘にう~んと唸るリリロッテさん。

 えーと、この人一応、聖騎士なんだよね? 大丈夫なの、サイサリアの聖騎士って。全員こんなんなの?

 思わずフィルロッテさんを見ると、彼女は顔を真っ赤にして両手で顔を覆っていた。うん、苦労されてますね。

 なんともマヌケな状況に場がしらけそうになった時。

「では、こうしましょう」

 ライラックさんが口を開いた。凛とした口調だったけれど、その前に軽くため息をついていたのは見逃しませんでしたよ?

 ライラックさんは近くにいた侍女らしき人物に何事か指示を出した。女性が急いで拠点に戻っていく。戻ってきた彼女の手には、リボンがいくつか握られていた。さらにライラックさんが指示を与えると、彼女は私とリリロッテさんの身体にリボンをつけ始めた。頭部、左胸、そして右の太腿、計三カ所に。

「そのリボンを先に全部落とした方を勝ちとします。魔法、スキルの使用は禁止。ただし、長引くようならば引き分けを宣言することもありえます。よろしくて?」

「わかりました、フリーデ様!」

「了解です」

 しらけかけた空気が再び引き締まる。リリロッテさんと距離をとって相対すると、フィルロッテさんが間に立って手を振り上げた。

「それでは……はじめっ!」

 お互いに剣を構え、じりじりと距離を詰める。

(あ、この人強い)

 最初に感じたのはリリロッテさんの強さだ。なんというか、隙がない。よく漫画などで打ち込むこともできない描写があるけれど、そんな感じだ。ライラックさんに剣の稽古をつけてもらったからこそ感じ取れたのかもしれない。

 しかし、どれくらいの力で戦えばいいんだろうか。吸血姫の力をフルに使って戦えば楽に勝てるだろうけど、あまりに一方的だと怪しまれる可能性がでてくる。それを避けるとなれば、吸血鬼の城でライラックさんと戦った時ぐらいが無難だろうか。

 少しずつお互いの距離が縮まる。ギャラリーも固唾を飲んで見守っているようで、音らしきものは小鳥の囀りと風の音くらいだ。

 じりっと、リリロッテさんが間合いを越えた。身長的に彼女の方がリーチがあるのに、攻撃をしてこない。これは、先手を譲られている? このまま硬直していてもダメだし、ならば誘いに乗ってみよう。

「ふっ!」

「はあっ!」

 踏み込み、けん制の一撃を入れる。乾いた音とともに剣が弾かれるが、驚いたのはその後だ。驚くべき速さでカウンターの突きが入ってきた。

「っ!?」

 ギリギリ直撃は避けた。だけどリリロッテさんの突きは正確に、胸元のリボンを飛ばしていた。慌てて距離をとる。

「む……、今のを避けますか」

「リボンは取られましたけどね」

 軽口で返したけれど、掌に嫌な汗が浮いてきた。彼女は普段の言動からは想像できないくらいに強い。先ほどの一撃の捌き方からもわかる。

 よく漫画などでは、剣を豪快に振り回すような描写を見かける。だけど実際は、切っ先を大きく動かして相手の剣を受けると、相手は刀身をこちらの刀身に沿って滑らせることで本体を狙える。一方、こちらは切っ先が相手と異なる方向を向いているので反撃が間に合わない。ドラマや漫画、アニメでは魅せる戦い方が必要なので剣を振り回すことが多いけれど、実戦では危険な受け方だ。

 一方、リリロッテさんは切っ先を私に向けたまま、柄側を動かして私の剣を捌いた。このまま刀身に剣を滑らせてもその先にリリロッテさんの身体はないし、切っ先が私を捉えたままなので素早く反撃できる。今の突きはそのためだ。

 基本に忠実で守りが堅い。これは……味方に入れば頼もしいけれど敵にしたくない人だなあ。

「では、次は私からいかせていただきますよ」

 そう言ってリリロッテさんは奇妙な構えをとった。

(牙突?)

 左手を刀身に沿わせ、顔の横で剣を水平に構える。どう見ても某漫画で有名になった突きの構えだ。先ほどのカウンターの突きも見事だったし、彼女は突きが得意なのだろうか。

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。突きでくるなら、狙いは頭部のリボンだろう。となれば、かわしてカウンターでリボンを狙うしかない。

 間合いに入ると、リリロッテさんは鋭く踏み込んできた。よし、切っ先をよく見て……あれ? なんだ? なにか違和感がある。牙突のように突きを入れてくると思っ……あっ、左手が逆だ! 

 牙突の左手はライフルを構える時のように刀身を下から受けるように構えるはずだ。なのにリリロッテさんの左手は、まるで片手で拝んでいるような形だ。おかしい、なにかがおかしい。

 明確な違和感。それが前世の記憶と交わり、一瞬で正解を導き出せたのは幸運としか言えないだろう。

「はっ!」

「っとおっ!」

 咄嗟に頭上に剣を掲げ、振り下ろされた剣を受け止める。意外と大きな衝撃が腕を痺れさせる。

 リリロッテさんは突きではなく、上段からの斬り下ろしを放ってきた。しかも刀身を掴んで、柄の方で殴ってきたのだ!

 なんてこった、リリロッテさんは基本的な剣術だけでなく、モードシュラッグまで使いこなせるのか!

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