第98話 技術&経験VSスピード

 ここでモードシュラッグについて簡単に説明しておこう。

 金属加工技術が発達して鎧が分厚くなってくると、剣で効果的なダメージが与えられなくなってきた。そこで編み出されたのがモードシュラッグという戦闘法だ。ぶっちゃけてしまえば、リリロッテさんがやったように、刀身を持って柄の方で相手をぶん殴ってしまおう、というものだ。剣は構造上、柄の方が重くなっているので、ハンマーのように使って打撃を与えるのだ。もっとも、その使用法に合わせて剣の鍔や柄も鋼鉄製にしないと壊れてしまうけど。

 刀身を握って大丈夫なのか、という疑問もあるだろうけれど、普通は金属製の籠手を装備しているから問題はない。

 基本的な構えはリリロッテさんが見せたような牙突もどきなため、相手には突きを警戒させて打撃を見舞うという奇襲効果が見込める。

 うん? モードシュラッグが一般的になったら警戒されて打撃が決まらないんじゃないかって?

 そう思うよね。だけどここで、もう一つの戦闘法が活きてくる。それがハーフソードだ。

 ハーフソードもモードシュラッグと同じく、分厚くなった鎧への対抗策として生まれた技だ。しかし、モードシュラッグが鎧の上から打撃を与える目的なのに対し、ハーフソードは鎧の隙間に正確に突きを入れるための技だ。そして厄介なことに、基本的な構えはどちらも一緒なのだ。

 なので、攻め手はモードシュラッグとハーフソードを組み合わせて攻めの選択肢を増やせるのに対し、防御側は常に防御の選択を連続で迫られる。つまり、なにが言いたいかと言うとだね……受けに回ったらこっちが不利だってことさ!

 なんでこんな情報を知っているかと言えば、前世で異世界転生ものにハマり、昔の戦闘方法などを調べたことがあるからなのだ。なにが幸いするかわからないねっ。

 っと、説明が長くなってしまった。

 さて、私は剣を頭上に構えてリリロッテさんの打撃を防いだ。驚きの表情を隠さないリリロッテさんだけど、すぐに次の攻撃に移った。剣を下に引っ張ったのだ。

 リリロッテさんの剣の鍔が私の剣の刀身に引っかかり、そのまま下へと引っ張られる。思わず前のめりになるところに、カウンター気味に柄が突き出された。狙いは頭部のリボンだろう。

 しかーし、モードシュラッグだと知っていれば攻めのパターンも読めている。

 上段からの打撃を防御された場合、相手の剣に鍔を引っかけて下に引っ張り、バランスを崩したところに柄での突きというのはモードシュラッグの基本的なコンボだ。なので私はあえて前方に転がる!

「ええっ!?」

 柄での突きをかわされて驚くリリロッテさん。そんな彼女の横を転がって通り過ぎる。もちろん途中で剣を一閃、右脚のリボンをいただいた。


 おおおおっ。


 どよめきが広がった。私が二つ目のリボンを取られると、誰もが思っていたんだろう。

「まさか……まさかまさか。初見であれに対応されるなんてっ!」

 再び距離をとって相対すると、リリロッテさんは嬉しそうに言った。そして剣を構え直すと、一気に突っ込んできた。……うん、なにかスイッチ入れちゃったみたいだねっ。

 こりゃあ、もうちょっと本気でやらないとマズイかもしれないぞ、と。

 …………………………。

 ………………。

 ………。

 それからしばらく。私はリリロッテさんと一進一退の攻防を繰り広げていた。

 日々の鍛練と経験に裏付けられた、堅実な守りと変幻自在の剣捌きで攻めてくるリリロッテさんに対し、私は身体能力だけで対抗していた。パワーとスピードなら圧倒できるんだけど、やはり戦闘経験の少なさが響いている。どうも攻撃の初動を読まれているみたいで、リリロッテさんの剣が先回りしていることが多い。

 木剣がぶつかり合う音だけが、しばらく拠点の森に響いていたと思う。


 ミシッ……。


 そこになんの前触れもなく異音が混じった。打ち合わせたわけでもなく、二人同時に動きを止めてしまった。そこにフィルロッテさんが割って入ってきた。

「はい、そこまで」

 肩を叩かれ、ようやく緊張が解けた。あー、疲れた。

 剣を確認すると……ああ、やっぱり、ヒビが入ってる。見ればリリロッテさんも同じようで、刀身を確かめて肩をすくめていた。

「剣筋は素人ですけど、とにかく動きが速い。悔しいですが、フリーデ様がおっしゃった通り強いですね!」

「いい勉強をさせてもらいました」

 打ち合って満足したのか、いい笑顔を見せるリリロッテさんに頭を下げた。実践は一番の勉強だしね。

 そんな私の目の前に、ニュッと手が飛び出してきた。

「また模擬戦りましょう」

「はい、ぜひ」

 すっかり当初の目的を忘れたらしい笑顔のリリロッテさんと握手をする。すると、周囲の空気が少しゆるんだ気がした。ちらりと様子を窺えば、周りの人の私を見る目がちょっとだけ優しくなっているような?

 どうやら力を見せつけたことで、ある程度は認めてもらえたんだろうか。いくらライラックさんがフォローしても子供だし、やはりどれくらい強いのか不安だったのかもしれないな。まあ、相変わらずゲハールだけは睨んできたけれどね。

 とはいえ、急に私たちへの待遇が変わるわけでもなく。すぐに物置に戻されてしまった。

「マイ様、私も鍛えたいです」

 ヨナが少し興奮したように言う。さっきの模擬戦を見て刺激を受けたらしい。もっと強くなって役に立ちたいと、熱く語ってくれた。その意気やよし、機会があればヨナも鍛えてもらえるようにお願いしてみよう。

 そう決意したのだが、その機会は予想以上に早く訪れた。

 拠点にいる騎士たちは早朝に訓練を行っているようなのだが、次の日から私たちもその訓練に参加することを許されたのだ。やはり実力を見せたのは大きかったようだ、実にありがたい。

 ヨナを鍛えてほしいとお願いすると、早速リリロッテさんが模擬戦の相手を買ってでてくれた。だけど少々実力差がありすぎたようで、ヨナは今、別の騎士と手合せしている。

 私はといえば、今日の相手はフィルロッテさんだった。リリロッテさんと違って得物は槍だ。

「剣よりはこっちの方が性に合ってるのよね」

 そう言いながら穂先の無い棒をバトンのようにクルクルと回すフィルロッテさん。あー、この人も強いわ。

「ところで、魔の山が近いのに魔物の襲撃は大丈夫なんですか?」

「詳しくは言えないけど魔物避けを仕掛けてあるのよ。よほど強力な魔物でない限り、近寄ろうとはしないわ」

 魔物避け……あー、ここに来る途中で感じた不快感、あれかな。なるほど、本当に重要な用事でもなければ近寄りたくないわね、あれ。拠点防衛に関わることだから詳細は教えてもらえないけど、落ち着いたら知りたいな。

「それより、フリーデ様にあそこまで信用されるなんて、隣国でなにをしてきたのか聞きたいわ」

「なにと言われても……いえ、今する話です?」

「軟禁部屋に近づけないんだからしょうがないじゃない」

 まあ、まだまだ子供な私たちがライラックさんの信用を得ているのは不思議ではあるんだろうなあ。気持ちはわかる。

 だけど今、模擬戦の真っ最中なんですけどっ!?

 暴風のように襲い掛かってくる攻撃に対処しながら話せると思わないで欲しいっ!

 フィルロッテさんは槍が得意だと言っていたけれど、自分が想像した槍の動きではなかった。どちらかと言うと棒術に近い。ボクシングのように小刻みなステップに加え、クルクルと自身が回転しながら穂先だけでなく石突き部分でも普通に突きや打撃を放ってくる。しかも途切れることなく、お喋りしながらだ。

 槍は突くならば両手の間隔を広くし、回すなら狭くするのが普通なのだが、フィルロッテさんはその切り替えが異様に速い。突く際の体重移動もステップに紛れて非常にわかりづらい。スピードで勝っているからなんとか捌けてはいるけれど、普通のEランク・ハンターならとっくにK.O.されてるんじゃなかろうか。

「昨日のリリとの模擬戦でも思ったけれど、本当に速いわね」

「速くても攻勢に出れなければ負けですよ」

 そうなのだ、あまりに速い連続攻撃に攻めることができないでいる。【加速】を使えば可能だろうけど、模擬戦ではスキルは禁止だ。

 ……いや、スキルを使わなければ、自分よりステータスで劣っているはずのフィルロッテさんに勝てないのでは話にならない。なのでここは素直に胸を借りて戦闘経験を積むのだと考えよう。

「なに言ってるの、後退せずに攻撃を捌くなんて、なかなかできないわよ?」

「それはっ……ありがとうございますっ」

「ところで、どこでフリーデ様と出会ったの?」

「まだ喋りますか!?」

 予想外にお喋りなフィルロッテさんに振り回されながら、その日の模擬戦は終わった。

 放った伝書鳩が戻るまではここにいるはずだ。その間にたくさん模擬戦を経験し、少しでも強くなろう。

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