第96話 勝負を挑まれました

「これからどうなるんでしょうか」

「さあ、どうなるんだろうね」

 ヨナと二人、紅茶を飲みながらお話し中。ちなみに場所は【マイホーム】の入り口にテーブルを持ってきて、だ。どうしてまた、そんな場所でと思われるだろうけど、場所が場所だからしょうがない。

 あの後、軟禁部屋として使えるよう物置に手を入れていたらしく、かなり外で待たされた。いざ拠点に入れるとなっても、ゲハールの指示で荷物を取り上げられた。まあ、基本的に【マイホーム】があるので荷物を持ち歩くことはないので、手荷物はダミーだ。保存食やタオル、着替えなどの最低限の物しか入っていないので、取り上げられてもあまり困らない。その後、身体検査を受けてから、ようやく拠点に入れた。

 拠点に入ってから気づいたのは、【オートマッピング】の表示が切り替わらなかったことだ。どうやら丘をくり抜いて生活の場としているらしく、【オートマッピング】的には建物扱いなんだろう。

 拠点の中はかなり広く、壁や天井も実になめらか。手で掘ったわけではなく、魔法かなにかで作ったようだ。それとなく先導する男性に訊いてみたけど、詮索するな、あちこち触るな、とバッサリだった。まあ、言いたいことはわかる。【オートマッピング】のお陰で拠点の構造が丸わかりなんだけど、あちこちに隠し通路的なものがあるのだ。通り過ぎた通路にも一本あったので、迂闊に壁を触って隠し通路が見つかるのは嫌なんだろう。

 拠点の出入り口はあちこちにあるけれど、すべて内部で繋がっている。換気のための穴や、採光用の窓がいくつかあるけれど、地上からは見てもわからないようにカムフラージュされているはずだ。すべての出入り口や換気口が敵に見つかるとは考えにくいけれど、もしもの時のために隠し通路が用意されているんだろうな。

 もしもの時が来なければいいんだけどね。

 なに? フラグ? そんなこと言われても。

 さて、私たちが連れてこられたのは拠点の端も端。まだ壁土が真新しい小さな物置。中にはなにも置いていない棚がいくつかと、毛布と壺が置いてあるだけ。

 換気穴はあるけれど採光用の穴は無く、天井に急いで取りつけました、と言わんばかりの虫籠がぶら下がっている。ケイノのギルドで見た、光る虫が入っているあれだ。餌はなんだろうな。

「ランプじゃないんですね」

 採光用の窓があるとはいえ、拠点内は暗い。あちこちにランプが設置してあったけれど、ここだけ虫なのはどういうことなのか。

 訊いてみたら、予想外の答えがあった。

「この部屋には魔法封じの結界が張ってある。おかしな気は起こすなよ」

 ……あ、ああ、そういうことか。疑われている私たちに火は使わせたくないから、虫籠なのか。ご丁寧に魔法まで封じてくれちゃってまあ。

 物置の広さはそれほどでもない。魔法封じの結界は面積に比例して難易度と維持魔力が増える。棚もあるので十人も入ればいっぱいになりそうなこの部屋に結界を張るのは簡単だろう。

「朝、晩と食事は差し入れてやる。トイレはその壺だ、定期的に回収してやるから安心しろ」

 そう言い残して男性は出て行った。ガチャリと鍵のかかる音がする。扉には不似合いな南京錠がついていたけれど、あれも慌てて取りつけたんだろうな。

 しかし、壺がトイレかあ。さすがにそれは嫌だな。

 さて、私が最初にやったのは、棚を移動させて入り口から奥が見えないようにすることだった。こんな辛気臭い場所で過ごす気など起きないし、壺のトイレなど使いたくない。なので呼び出されるまでは【マイホーム】で過ごすのだ。【マイホーム】は魔法じゃないので問題なく発動する。

 だけど、【マイホーム】に入ると【索敵】が効かないため、誰かが接近してきても気づけない。だから常に扉を開けておいて自由に出入りできるようにしておきたいのだけれど、扉を見られるわけにはいかないからね。だから棚で【マイホーム】を隠さないと。まあ、すぐ終わったんだけどさ。

 拠点に着いたのが午前中だったので、夕食まで時間がある。なのでヨナとまったりティータイムで時間を潰すことにしたのだ。

「……あ」

「マイ様、どうしました?」

「多分、伝書鳩が飛んだ」

 拠点から発進した動物の反応が八つ。地形を無視して遠ざかっていくので、多分伝書鳩だろう。フリーデ王女の帰還を仲間に知らせるんだろう。どこまで飛ぶのかわからないけれど、返事がくるまで数日かかるはずだ。しばらくはここから動かないだろうな。

 ……退屈だな。

 紅茶を飲みながら、ボンヤリとそんなことを思った。なにもしないで、ただ待つだけとなったら退屈でどうにかなりそうだ。

 ちなみに夕食にはシチューのようなものが出た。さまざまな野菜がたっぷり入ったシチューには、だけど肉は入ってなかった。全員がそうなのか、私たちだけ肉を抜かれたのかは、わからないけれど、量も物足りなかったので肉を焼いて食べた。

 念のため用意された毛布にくるまって物置で寝たけれど、誰かが夜中に訪れることはなかった。隠し通路の手前に見張りがいて、夜中に交代したくらいだ。

「これは……しばらくは動きがないかもしれないなあ」

 そう思っていた時がありました。



「外に出ろ」

「おお?」

 まさか翌日の昼に呼び出されるとは思わなかった。しかも拠点の会議室みたいな所じゃなくて外?

 ……あ、多くの人が外に出てるって反応が【索敵】に。何事だろう。

 外に出ると、広場らしき場所に人が集まっていた。正確に言えば、一人が中央にいて、他の人がそれを取り囲んでいる。う~ん、これは……?

「マイ様、面倒事の匂いがします」

「やだなー」

 人の輪の中に入るよう言われた。うん、面倒事だ、間違いない。

「待ってましたよ!」

 中央で腕を組み、仁王立ちしていたのはリリロッテさんだ。訓練用なのか、革製の簡易な兜と鎧を身に着けていて、手には木剣を二本持っている。うん、帰りたい。

 リリロッテさんの後ろには、申し訳なさそうな表情のライラックさんがいた。目が合うと、目立たないように手を合わせられた。ごめんなさい、ということなんだろう。一体────。

「一体、何事なんですか?」

 なんとなーく予想はできるんだけど訊いてみた。するとリリロッテさんは、キッとこちらを睨みつけ、ズビシッと指を突きつけてきた。

「マイちゃん、ズルいですっ!」

「……は?」

 なにがよ?

 主語もなにもないのでわからない。そもそも、昨日会ったばかりの彼女にズルいと言われる理由が思いつかないんだけど。

 反応に困っていると、リリロッテさんはかまわず続ける。

「昨日からフリーデ様は、ずっとマイちゃんたちのことばかりお話しするんです。気配に敏感だとか、見た目に反して強いとか、何度も助けられただとか、その他諸々!」

「えっと?」

「私だってフリーデ様と別れてから鍛練に励み、頼もしい聖騎士を目指してきたのです。いつか再会した時、見違えたわね、と言ってもらえるようにっ!」

「いや、だから……」

「それなのにマイちゃんばかり褒められて、ズルいです!」

 八つ当たりじゃん!

 ライラックさんが私たちを褒めたのは、多分仲間に私たちに対する警戒感を解いてもらいたくての行動なんだろう。そうだとしたら素直に嬉しい。だけど、それでリリロッテさんが拗ねるのはお門違いだ。

「ああ……このままでは、私はフリーデ様に不要な子と判断されてしまいますぅ」

 ヨヨヨと泣き崩れるリリロッテさん。だけど、チラチラとライラックさんの様子を窺っているのが丸わかりだ。ライラックさんも苦笑しているし、誰もフォローしない。……多分、こういう性格なんだろう。

「面倒くさい人だなあ」

 思わずこぼした呟きに、コクコクとヨナも頷いている。

 しばらく泣きマネをしていたリリロッテさんだが、誰も慰めてくれないとわかると勢いよく立ちあがった。そして私に木剣を向けた。

「というわけで勝負です、マイちゃん! マイちゃんに勝って、私が成長したことをフリーデ様に認めていただくためにっ!」

 えー、ヤダ。

 滅茶苦茶、面倒くさいんですけど。

 ただ、誰も止めてくれない。むしろワクワクしている空気だ。あー、うん、娯楽もなかっただろうしね、こういうトラブルは歓迎なのか。……しょうがないなあ……でもやっぱり面倒くさいぃっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る